第1話 尋ね人

 「お、おい大丈夫かお前!!」


 吹き荒れる砂嵐の中でうずくまる一人の人間を発見し、ニナミセ=ボッケンターケはそれに駆け寄って様子を確認しているところだった。


 何より、そこには新しい出会いが生まれる。


 外に出ることがままならず、限られた人間関係に鬱屈としていたニナミセにとって、新たな刺激を得るのに絶っこうの機会であった。


 そこに善意は感じられず、ただ餌を見つけてたかるハイエナのようであった。


 ニナミセは近寄り、体を揺するが、体温は感じない。


 それは返事をする代わりに、数匹の小蠅を飛ばした。


 死体だ。


 ある意味これも「刺激」出会ったが、一瞬でしかなく、ニナミセは肩を落とした。



「やぁニナミセ!」


「・・・シルルん!!」


 突如聞こえた聞き覚えのある声に顔を挙げると、そこには不細工なマスクを被った人間がニナミセを見下ろしているところだった。


 一瞬強盗かと思ったが、声と小柄な体でそれがニナミセの最近できたガールフレンド、シルル=ダイパージであることを理解する。


「はぁ・・」


「何?私じゃ不満???


 私よりその腐った死体の方が良いっていうの!?」


「そ、そんなわけないじゃないか。さぁほら、病気も怖いし、早く『バー』へ行こう。」


「そうだね。」


 ニナミセは声をかけてきた人物が見知った中であることに若干落胆しているのは事実であったが、失礼にも程があるので必死に否定し、さっさといつもの目的地へと向かうことにする。



「俺から離れるなよ!シルルん!」


「うん、になみん!!言われなくても、ボクはキミのものだよぉ!!!!」


 ニナミセとシルルは二人びっしりとくっついて横並びになって都市を壁傳に歩いていく。


 シルルはゲーム中のみ一人称がボクに変わる。


 理由はよくわからないが、一人の人間で二人の人間と関われている気がして、それ故にニナミセは刺激を多く得られそうな彼女に惹かれ、最近告白したのだった。


 見ての通り、最近は現実でも二人でイチャイチャしている時はこのボクつ子人格が発現するようになってしまっていた。


 理由はよくわからない。


「くそっ。今日はいつにも増して風がひどいなっ。マスクが割れちまいそうだぜ」




 惑星ヴォナシキでは、不定期に吹き荒れる砂嵐から身を守るため、人々は鋼鉄の素材で都市を何層にも分けて縦に長く、密集するように構築し、高い人口密度の中で、生活をしている。


 が、砂嵐は上層を除いて都市の内部にも入り込んでくるため、人々は都市を出歩くだけでも「マスク」をつけて強風の中、外を出歩かなければならない。


 それゆえに、高い人口密度でありながら昼間から都市の外に出る者は少なく、皆、鉄板でできた住居の中で物静かに暮らしている。


 物静かに、というのは一般的な話であって、もちろん例外もある。



「よし見えた!バーだぜシルルん!!」


「ボクもう歩けないからお姫様抱っこしろ!!!」


「え?無理だって!」


「なんで!」


「そりゃおも──」


「おも?」


「いや何でもないよ。ほらいくぞ!お姫様抱っこダァああ!」


「いだだだっ。足に砂が当たって痛いよ!やっぱおんぶに変更するんだになみん!!」



 特に酒場やバーなんかと言われるような場所は、都市の住民たちが集まり騒ぎ立てる、数少ない交流の場であった。


 しかし、それは夜の場合。


 大抵皆昼間は労働をしており、酒場は閉まっている──普通の場合は。



 ニナミセは砂でよく見えない、空に向かって伸びる巨大な鉄の建物の間に作られた鉄板の通路へ入っていく。


 相変わらず寂しい街並みだ。砂の風で建物の外に何か装飾を施しても、すぐに破壊されてしまう。


 故に誰も建物の外見に華やかさを求めず、ただ頑丈な壁で鋼鉄の壁だけが聳え立っている。


 時々、建物の隙間には砂嵐の風が吹くため、吹き飛ばされてさらに下層へ落下してしまわぬよう、ニナミセはシルルを背負いながら通路にある手すりに捕まり、目的地へと向かって歩く。


「おいこらになみん!!ケツをもむな!!」


「も、揉んでないって!落ちそうだから手を動かしただけだって!!


 うごっ───股間を蹴らないでくれよぉ・・・」


 枝別れした道を何回か決まった方向に進み続けているうちに通路はどんどん狭まっていき、やがて人が1人通れるほどの幅になる。



 ニナミセは通路がそうした幅の狭さになる頃に、砂が衣服の中に侵入しないよう、頭に被ったフードを押さえながら前方を見た。


 正面に続く通路はもう存在せず、建物に張り付くように作られている、通路というよりは足場と言った方がいいくらい簡素な通路が右手にはあった。


 ニナミセはそこまでたどり着くとその足場を使ってさらに少し歩く。


 しばらくするとニナミセの右手には行きつけの酒場の鋼鉄の入り口が現れた。


 扉には鉄板が二枚貼り付けられており、小さい方の鉄板には「15時まで貸切」、一回り大きい方の鉄板には「不良たちの第23次ゲーム大会(ドリリューマン主催)」とやや乱雑に、自虐的に書かれている。


 重い鋼鉄の扉を開けると、扉の重みとは対照的に、軽いベルの音がニナミセとシルルの入店を知らせた。


「やっほ〜〜みんなぁあ〜〜〜シルルちゃんだよぉ!!


 ・・・ん?」


 店には店主と、いつものメンバーがいる──はずだった。


 今日はそれらに加え、店内の右端のテーブルには見知らぬ二人の男女が立ちながら談笑をしているのが見える。


 特に女の方は脚部の露出が激しい格好───色のくすんだ縞模様のニーハイソックスを履いており、ニナミセは違和感を覚えた。


 砂嵐がひどい世界、肌の露出は控えて外出するのが一般常識だ。外出する時に被る防砂コートがカバーしきれない脚部は特に。


 でなければ当然肌がすごい速度で飛んでくる砂で傷だらけになってしまう。薄い布の素材でもダメだ。


 案の定、女の足は傷だらけだった。


 出血もしており、横に鋭く入った傷からはわずかだが血が流れている。


 が、彼女自体は気に求めていない様子だった。そもそも自分が出血していることに気づいていないのだろうのか。


 ニナミセがじっと女の傷だらけの太ももの部分を見つめていると、女の方もその視線に気づいたようでこちらをニヤリとしながら見つめ返してきた。


「なんだい少年?そんなに私の足が気になるのかい?」


 慌ててニナミセは視線を右に逸らす。


「い、いや違っ──」


 頭上から衝撃が走る。


 シルルがニナミセの頭を肘で殴りつけたらしい。


 背中が軽くなり、シルルの方を見ずとも、彼女がニナミセの背中を降りたことが分かった。


 シルルはニナミセから見て右側に立ち、殺気を放ちながらニナミセを睨んでいる。


「どぅわっ──ち、違うんだ。ほらあの人、足から血を流してたからさ──格好も随分変わっているし・・・・と、とにかくそういう意味じゃ──」



「あほ」


 シルルは、ニナミセのすねをけるとカウンターの方へさっさと行ってしまった。


 慌ててニナミセはシルルの跡を追いかける。


「あはははははっ」


 小馬鹿にしたような笑い声が背後から聞こえる。太ももから流血していた女の声だった。


「な、なんなんだよお前・・・」


 ニナミセは文句をその女にこぼしながらシルルの座ったカウンター席の隣へと座る。


「誤解だってシルルん!!」



 カウンター席には他にも大柄で赤シャツを着たの男───この酒場の集まりの主催しているドリリューマンという名の男と、痩せた眼鏡をかけた男も座っていた。



 見知った仲だ。


 いつもニナミセたちはここでゲームの大会に参加し、参加しないものはバーのテレビでプレイの様子を見守るといったことをしている。


 もちろんこの中だけで小さな大会も開いたりするが大体いつも大柄赤シャツの男がキレて中断される。


 ここは、この周辺で主に「UVB:S」というゲームをプレイする人間が集まる場であった。


 オンラインバトルロイヤルゲーム、ULTRA VIRTUAL BATTLE : SURVIVAL、通称「UVB:S」。


 フルダイブ型VRゲームの中で4大フルダイブ型対戦ゲームなどと呼ばれるものがあり、UVB:Sはその中の一つである。

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