第12話 おはよう世界!

 隙間に挟まるのは得意だ。

 幼い頃、アルフォンスの計略により土砂崩れに巻き込まれ生き埋めになったことがある。あの時もこんなふうに、隙間に挟まって命拾いした。


 私はガウェインがガラティーンを放ったあの瞬間、瞬時に崩落する岩盤から安全地帯がどこかを予測し、その隙間にメナスとガウェインを連れて滑り込んだ。

 このあたりの岩盤は固く、土砂崩れとは違い巨石の崩落に近い形だったのが幸いして、私たちは比較的余裕のあるスペースに収まっている。


 私は気絶した二人の脈を確認すると、メナスの剣を借りて岩盤を掘り始めた。

 ガラティーンによる衝撃は凄まじいものがあった。そうでなくともダンジョンの岩盤が崩落しているのだ。おそらく外からもここで何かがあったことはすぐに分かるはずだ。

 ベイカー市は比較的規模の大きい都市だし、早いうちに救援が来ることだろう。


 私は岩盤に耳を当て、岩が落ちてこないように少しずつ掘り進めていく。

 二時間か三時間ほどして、岩から物音が聞こえて来た。

 馬の駆ける音だ。それから人の声が聞こえてくる。


「おい! 誰か埋まっているのか!?」

「ここだ! ここにいる!」


 私の声に外から人が集まってくる。

 私たちの埋まっている位置がどの程度の深さかここからは分からないが、声はギリギリ聞こえる程度の距離だ。


「そこに埋まっているのか!? 埋まっているのは一人だけか!?」

「三人だ! 岩を縄で括って馬で牽いて持ち上げてくれ!」

「わ、分かった! すぐに助けるから待ってろ!」


 それからしばらくして、私たちは地下から掘り起こされた。

 外には三十人程度のギルドの急難隊が集まっていた。


 私はメナス、ガウェインとともに木陰に移動させられ、水を渡される。

 渡された水を飲んでいると、ガウェインが目を覚ました。


「目が覚めたようだな」

「あたしたち、まだ生きてる……?」

「言っただろう、誰も死なせないと」


 ガウェインは上体を起こし、周囲を確認する。


「あの状況から全員生還するって、一体どんな魔法よ……」

「メナスと君を崩落してきた岩の隙間に詰め込んだ。過去に似た経験があったから、その時の経験が生きたのかもしれないな」


 それを聞き、ガウェインは笑う。


「あの崩落の中で岩の隙間に……? あんた本当に変よ! やっぱり、あたしが今まで見てきた人の中で一番変だわ……」


 彼女はしばらくおかしそうに笑っていた。

 それから、彼女は呟く。


「あたし、もうクレーディア王には仕えられないわ。今まであの戦いであたしは正しいことをしたんだって思ってたけど、その原因が王殿下にあるのなら、とんだマッチポンプだわ」


 父王の命令による実験が失敗して、巨獣が発生した。

 その巨獣の後片付けを父王が命じたのなら、それはたしかにマッチポンプだ。


「あんたさ、王宮で剣を投げた時に言ってたこと覚えてる?」


 なにかを叫んだ記憶はある。

 だが、あの時は必死だったし、それからもずっと必死だった。

 あの時なんて叫んだかなんて覚えていない。


「王になるって、あんた言ってたわよ」


 それを聞き、私は思わずふっと笑みをこぼしてしまった。

 アルフォンスとフレデリックがいる場でそれを叫んだのなら、それはもう大事故だ。今思えばすごいことを口走ったものだ。


 ガウェインは真顔で私のことを見つめてくる。


「なんだ?」

「きっと、あんたはあたしの王子様なんだと思う」


 彼女は私の手を取り、それからぎゅっと握り締めて言った。


「あたしは現王殿下に仕えるのは辞めるわ。今からあたしはあんたの騎士よ」


 あまりにも話が飛躍していて理解が追いつかない。

 だが、父王に仕えるのは確かにやめたほうがいい。あの男は危険だ。


「円卓の任務はどうするつもりだ?」

「別に円卓にいなくても一人でやるわよ」


 彼女は立ち上がり、それから私のほうに向き直った。


「だから、名前、教えてよ。あんたの本当の名前!」


 私はそう言われて、押し黙る。

 それからしばらくして、私は視線を地面に落として言った。


「私に名などない。私は何者でもない。私は今までトロイメライの影武者として生きるしかなかったからな。しかし、気にしてなどいない。名など無くても構わない。引き続きトロイメライと呼んでくれ」

「それじゃあ寂しいよ。じゃあさ、あたしが名前を付けてあげる!」


 私は思わず顔を上げた。


「私に……名前を? お前がか?」

「うん。名前がないなんて寂しいじゃない! それに、あんたはもう誰かの身代わりとしてじゃなく、これから自分の人生を生きるんでしょ? だったら名前なんてなくちゃダメよ!」


 朝焼けの黄金を背負った彼女は、そう言ってにこりと微笑む。


「そうね……あんたに似合う名前……。とっておきの……一番の……」


 それから彼女は腰を落とし、私の顔を両手で覆い、赤い右目を見つめて言った。


「ヴァーミリオン。あんたの名前は、ヴァーミリオンよ!」

「ヴァーミリオン……なぜその名を私に?」

「あんたの瞳の色の名前よ。この世で最も高貴な色なの!」


 私はそれを聞き、思わず息を飲んだ。

 今まで私はトロイメライと呼ばれてきた。

 だけどそれは自分ではなく他の誰かの名前だった。


 人は、生まれた時にプレゼントを貰う生き物だ。

 その最初のプレゼントを「名前」という。


 私は立ち上がり、彼女に問うた。


「苗字はどうする?」

「あんたの今までの人生まで無かったことにしたくないわ。この崩落でも過去のあんたの経験のおかげで助かったんだし。トロイメライを苗字にして、ヴァーミリオン・トロイメライでどう? いい響きなんじゃない?」

「ありがとう、そう名乗らせてもらおう」


 私はふっと微笑んで続ける。


「私の名だけ知られているのは不公平だ。円卓の騎士はその席次に応じて先代より名を受け継ぐ慣わしだと聞いているぞ。円卓を抜けるのなら、お前も本当の名を名乗ったらどうだ?」


 私は彼女のことを見つめる。


「私たち、お互いに名前も知らない同士だったのね」


 それから彼女は満面の笑みで答えた。


「サラ! サラ・フランベルジュよ!」

「いい名前だ!」


 私は両手を広げ、朝焼けの黄金に自らの名を宣言する。


「おはよう世界! 私の名はヴァーミリオン!」


 その名は赤き瞳に由来する。

 この世で最も高貴な赤色──。


「ヴァーミリオン・トロイメライだ!!」

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