第9話 数字じゃない! 人だ!

「私の名前はゼン・アッシュフォールド。以後、お見知りおきを……」

「アッシュフォールドだと?」


 アッシュフォールド家はクレーディア家の分家だ。

 つまり彼は公爵ということだ。そういえばこの顔、一度だけ見たことがある。

 彼は魔物の生態を研究する学者だった。


 ゼンはガウェインのほうに視線を向けて微笑む。


「これはこれはガウェイン卿、二年前の魔獣戦役では後片付けして頂き誠にありがとうございます。いや、あの戦いであなたは正式に円卓入りしたわけですから、逆に私が貸しを作った形になるのでしょうか?」

「貸しって、どういうこと……?」


 ガウェインはゼンの言葉に眉根を寄せる。


「あんた、あの戦いに何か関係がある人なの……?」

「ええ、前回の実験では機器の出力を上げすぎて失敗してしまいました。しかし今回は上手く行きそうでしてね……」

「実験だと?」


 私の呟きにゼンはにぃっと口端を上げて、両手を広げて言った。


「造ったのですよ、ダンジョンを人為的に! そしてこの巨獣も私の愛しい我が子なのです。二年前の失敗作たちとは違う、本物の、最高傑作の我が子……」

「あんた、まさか……」

「お察しの通り、二年前のあの大災禍の原因はこの私です。とはいえ、それもトロイメライ殿下、あなた様の父上からの命令があってのことですがね」


 ガウェインは拳を握り締め、奥歯を噛み絞める。


「あんたは……いや、貴様は……あの戦いでどれだけの民間人が犠牲になったか知っているの……?」

「はて、たしか一万と三千…………」

「14,869人だ!」


 ガウェインの怒号が空気を揺らした。

 今の彼女は殺気を帯びている。

 当然だ。目の前の男は自らの手で大災害を発生させ、多くの命を奪い、その上なんの反省の色も見せずに同じ事を繰り返そうとしているのだ。

 ガウェインは二年前の戦いで惨状を目の当たりにした当事者だ。

 彼女の怒りは想像を絶するもののはずだ。


「そんな細かい数字なんてどうだっていいじゃないですか」

「数字じゃない! 人だ! それぞれに命があり暮らしがあり人生があった! それを、貴様は、よくも……ッ!」

「誰にでも失敗はあるものでしょう? 私だって失敗したくて失敗したわけじゃないのです。科学には犠牲が付きもの。その一万四千人の方々も分かってくれるはずです」


 ゼンはへらへらと笑いながらガウェインをおちょくる。

 それに対しメナスが答えた。


「怪我人や難民も無数にいました。膨大な数の被害者が出たんですよ」

「知ったことではありませんよ。私はあくまで王陛下からの指示に従い実験を行っていたに過ぎません。文句があるなら王陛下に直接申し上げたらいかがですか?」


 一連の会話を通してゼンの人柄はよく分かった。

 コイツには他者への思いやりや共感性がなく、自分の罪の重大さを軽く見積もり、責任感がなく、人の命を何とも思わないような人間のクズだ。


「ゼン、貴様は自らの実験の危険性を分かった上で、もう一度それを繰り返そうと言うのか?」

「ははは、今回は失敗しませんよ! それに、万が一失敗してもそれは私の責任ではありません。何せ王陛下のご命令なのですからね」


「なるほど、貴様は生かしておいてはならない人間のようだ」


 私の右目がゼンを睨む。

 しかし、そこにメナスが割って入る。


「お待ちくださいご主人様! あの男の言っていることが本当なら、諸悪の根源はアーサー・クレーディア現王陛下にございます。生かして捕縛したほうが後々のことを考えると……」


 たしかに、ゼンは脅せば我が身可愛さのために父王のことも平気で裏切りぺらぺらと秘密を吐くことだろう。二年前の大災禍の証言を得るにはコイツの身柄は拘束したほうがいいかもしれない。

 私はしばし考え込み、それから結論を下す。


「一理あるな。ゼン・アッシュフォールド、貴様は生け捕りにして父王を玉座から引きずり下ろすための材料にする! それまでの間、貴様は!」

「っ! 意識が遠のく……これは精神干渉の類いでしょうか? しかし、距離さえ取ってしまえば……!」


 ゼンは懐から魔導具を取り出す。見たことのない魔導具だ。

 彼はそれを起動すると、すぐ真横に黒い霧が立ちこめた。


「お望み通りに気絶してあげましょう。ただし、ここではないどこかで……」


 彼は意識を失い、姿勢を崩す。


「ま、待て!」


 倒れた彼の体は黒い霧に飲み込まれこの空間から完全に消失した。

 まんまと逃がしてしまったらしい。

 しかも……。


 ダンジョンの地面が揺れる。

 ガラス管にヒビが入り、膨大な量のマナの奔流が迸る。

 ゼンは倒れる瞬間に機器のレバーを引いていた。


「気を付けろ! 巨獣が動き出すぞ!!」


 ガラス管が破裂し、四つ腕の巨人が立ち上がる。

 巨獣は都市ひとつを壊滅出来るほどの力を持った魔物だ。


 今ここで殺さなければ、二年前と同じ悲劇が繰り返される。


「メナス、ガウェイン! ここでコイツを食い止めるぞ!」

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