第3話 ハズレスキル
メナスを抱きかかえ森の中を進む。
途中までは彼女も意識があったのだが、あんな激闘を繰り広げたのだから、疲れて眠ってしまうのも無理のない話だ。
それほど身体が頑健でない私にとっては、整備されていない森の中を、女性一人を抱きかかえながら進むというのは、結構な重労働だ。
心臓も肺も痛いし口の中は血の味がする。
それでも私は進まないわけにはいかなかった。
あんな騒動を起こしてしまったのだ。背後から誰かが追ってきていても何らおかしくはない。だから私はあえて歩きやすい獣道より、なんの道もない入り組んだほうに歩いている。
しばらく歩いていると、森が開けた。
根元で折れた大樹が横に倒れていて、もともとその大樹が覆っていたであろう場所は開け、月明りが差し込んでいる。
ずっと暗闇の中を暗中模索で歩いていた私にとって、その明るさは砂漠のオアシスのような気がして少しだけ気が休まった。
私は大樹の根元にメナスを下ろすと、自分自身もその場に座り込む。
あれから何時間歩き通したか分からない。
このあたりの森は比較的安全なほうではあるが、まれに魔物が出ることがある。これだけ深くまで逃げ込めば、たぶん捜索が再開するのは明日の朝以降になるだろう。
私は自分のただ一人の従者に視線を落とした。
長い茶髪を三つ編みでまとめ、左の肩から流した、こんな森には似つかわしくないメイド姿をした小柄な女性だ。メナスは私の一回り以上歳上で、歳はだいたい二十七くらいだと聞いているのだが、年齢よりかなり若く見え、十代と言っても誰も気づかないくらいだ。
私は彼女のことを侮っていた。
いくら剣の達人とはいえ、人間の強さはおおよそ体格によって決まってくる。メナスは小柄な女性で、正直なところを言えばあまり強そうには見えない。しかし、彼女は氷剣のランスロットを相手に数分に渡って時間を稼いだ。
正直、本当に驚いた。
彼女が強いことは知っていたが、あんなに強いとは知らなかったし、彼女の剣があれほどまでに苛烈に輝くのを、私は今まで見たことがなかった。
それこそ、あの時の彼女は、円卓の騎士にも入れるのではないかと思うほどの剣技を……。
そこまで考え、私は異変に気付く。
周囲のマナが濃い。
立ち上がり、辺りを見渡す。
魔物の群れに囲まれている。
「メナス、起きろ……!」
私はメナスを揺するがダメそうだ。
あんな戦いの直後で、彼女を起こしても戦力には出来ない。
「……」
獣たちは私たちのほうを睨み、グルルと唸ったり、シューシューと威嚇の音を立てている。四つ足の獣、狼型の魔獣だ。
私は木の棒を拾うと、それを構える。
瞬間、一匹の獣が私のほうに飛びかかってきた。
「ぐ……!」
私はなんとかそれを棒で受け、力いっぱい獣をはねのける。だが、今の一撃で既に私は身体が傷む。
「はぁ……はぁ……」
分かってはいたが、まさかここまで自分が弱いとは。メナスやランスロットなら、この程度の魔獣の群れ、ものの一瞬で片付けるはずだ。
獣たちは私たちのまわりをぐるぐると回りながら、どこから飛びかかるか見定めている。
私は月を見上げた。空はまだまだ暗い。
夜が明けて魔獣たちが諦めてくれる……なんて希望的な妄想は叶いそうもない。
魔物が飛びかかり、私はそれに押し倒される。噛みつこうとする牙をなんとか棒で受け止め、もがく。
私は歯噛みする。
こんなもの、朝がくる頃にはとっくに……。
私は獣を蹴り飛ばしてなんとか立ち上がる。
しかし体はもうもちそうにない。手も震えて、力が入らない。
さっき飛びかかられた時の衝撃で、足を痛めてしまった。
私はその場に膝をつき絶望に目を閉じる。
獣たちが私を嘲笑っている。
私は、こんなところで死ぬのか……?
メナスに助けてもらって、円卓の騎士から逃げおおせて、今までの人生から逃げ出して、それで、こんなところで獣に食われて終わり……?
「嫌だ……」
そんなの嫌だ。
絶対に嫌だ。
私は死にたくない。
ずっと死にたくなかったんだ。
どんなに苦しくても自ら死を選ぶことだけは出来なかった。
兄弟たちから毒の杯を受け取っても、惨めな演技でそれを躱してでも、私は生きていたかった。
「どんな醜態を晒してでも生きてやる……」
私が死ねば、私の死を願う奴らが大喜びするだけだ。
私のことが嫌いな奴らがほくそ笑むだけだ。
そんな未来、反吐が出る。
私を拒絶するこの世界全体に、いい思いをさせてたまるか。
「そうだ、スキル……」
今まで忘れていた。
私にもひとつだけ武器があるのだ。
こんな弱そうなハズレスキルでも、今の私は藁にも縋る思いだ。
どんな醜態を晒すことになろうと……。
何もしないまま死ぬよりはマシだ──!
「失せろ──!」
刹那、真紅の瞳から光が放たれた。
瞬間、獣たちの全身の毛が逆立った。全身の筋肉がこわばり、歯が噛み合わずガチガチと音を鳴らす。今までに経験したすべての痛み、苦しみ、恐怖、それらがない交ぜになって脳内を侵す。身体の芯が氷点下に晒されるような不快感に、獣たちは思わず震えあがった。
獣たちは悲鳴にも似た声を上げて、その場にうずくまる。
「なぜ動かない? 聞こえなかったのか……? 失せろと言ったのだ!」
獣たちはその声に飛び上がり、そのまま辺り一帯から一目散に逃げだした。
あとには情けない獣たちのうめき声が遠くから聞こえてくるだけだ。
「どうやら、私は賭けに勝ったらしい……」
全ての気力を使い果たした私は、その場にばたりと倒れた。
【見かけ倒し】
私の保有する唯一のスキルで、その性能はまだ未知数だ。
私自身、このスキルを発動したのは今回が初めてのことで、だからこそ、これがちゃんと発動してくれて本当に心の底から安堵した。
適性のあるスキルでも、その発動は一朝一夕では難しいと話には聞いていた。スキルとは技能のことだ。魔法とは違う。だから自分の身体がそれに順応し慣れていないと発動は出来ない。
毒杯を傾ける時のことを思い出す。
たぶん、日頃の『演技』が『見かけ倒し』の発動を糧となって助けてくれたのだろう。
私は猛烈な眠気に襲われる。
今は、もう考えるのはよそう。
今日一日であまりにも多くのことが起きすぎて、もう意識を保っていられそうにない。
すぐ横に横たわるメナスのほうを見つめ、私はその髪をそっと撫でた。
彼女のおかげで私はトロイメライを演じる偽物という人生から、本物の自分の人生を歩むための一歩を踏み出すことが出来たのだ。
この感謝の感情だけは、『偽物』でも、『演技』でもない、紛れもない『本物』だ。
まどろみの中に意識が溶けていく。
私は、今日という一日をやっと終わらせることが出来た。
いや、終わったのは今日という一日だけではない。
これまでの十八年間が、やっと終わったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます