ハズレスキル【見かけ倒し】を極めた結果、いつの間にか魔王みたいになってました〜最強の騎士たちが真の主はあなたですとか言ってくるけどどうすればいい?〜

『偽物』

第一章 『追放編』

第1話 誰の為の人生

 私にとって、世界というものは居心地の悪い場所だった。


 クレーディア王宮には現在三つの派閥がある。

 長男であり王位継承権第一位のアルフォンス・クレーディア。

 次男であり王位継承権第二位のトロイメライ・クレーディア。

 三男であり王位継承権第三位のフレデリック・クレーディア。


 全員が異母兄弟であること、そしてその母親が全員揃って近隣諸国の王家の血筋であることがこの国の王権争いを複雑かつ血生臭くしている直接の原因であり、つまるところ、この三人は相手のことが邪魔で邪魔で仕方が無いのだ。それは本人にしてもそうだし、周囲の利害関係のある大人たち全員にしてもそうだ。


 長男のアルフォンスに足蹴にされつつ三男のフレデリックから虎視眈々と暗殺の機会を狙われる、王位継承権のちょうどど真ん中に位置する可哀想な次男のトロイメライ。彼が暗殺されるのを恐れ、身代わりとして用意された瓜二つの影武者、それが私だ。


 幼い頃からトロイメライとして王宮で暮らしてきた私も十二か十三になる頃には自分が本物のトロイメライでないことくらいは察していた。アルフォンスとフレデリックを蹴落として私が王位に就いたとしても、その時点で私はお役御免となり、メイドだか執事だか、それとも専門のアサシンだか、とにかく誰かの手によって私は暗殺され、本物のトロイメライが本来の王位に就くことになる……。という、まあ、私の将来というものはどう足掻いても手詰まりで八方塞がりでどうしようもなく袋小路に閉じ込められていて、何の希望もない、無意味で不自由な人生なのだ。


 宵の宴のために衣服と髪を整え、私は鏡の前に立つ。


 肩甲骨のあたりまで伸ばした癖が強く巻いた黒髪。

 目は切れ長で、左右で色の違うオッドアイ……。


 私は幼い頃にこの真紅の瞳を呪われた魔眼だと占われ、幼い頃からずっと眼帯で隠してきた。周囲の大人は、トロイメライ様には右目に酷い怪我がある、だからそれを気にして眼帯を外そうとしない、無礼にあたるから絶対に外させようとしてはならないと話していた。実際はそんな怪我はない。

 ある時、偶然魔眼の専門科にこの右目を診てもらったことがある。医師いわくこれはただのオッドアイだった。医師はそのあと謎の不審死を遂げている。それと時期を同じくして、私は一度だけ本物のトロイメライを見たことがある。


 彼の瞳は両方とも漆黒だった。


 鏡の前、私は自分の左目を手で覆った。

 私を私たらしめるものは、この赤い瞳だけだ。

 私には名前すらない。物心付いた時には、私は既にトロイメライだったから。


 十八の今、今さら何者かになれるはずもない。

 私は何者でもないまま死んでいくのだ。


「トロイメライ様、ご準備は整いましたでしょうか?」


 ドアのノックとともにメイドの声が聞こえてくる。

 私は右目に眼帯を付けそれに応じた。

 

 自室から出て階下へと降りると、既に宴は始まっていた。

 見た目には絢爛豪華、しかしその内実はどろどろとした駆け引きに満ちた、気色の悪い人間の群れ。その中央にアルフォンスとフレデリックが互いの従者を引き連れて杯を酌み交わしているのが見えた。


「やあ、トロイメライ!」


 いち早く私に気付いたフレデリックが声を上げる。


「どこにも姿が見えないから心配したよ! もしかして気分が優れないのかい?」

「いや、少しめかしこんでいただけだ。今日の宴はアルフォンスとフレデリックに久々に会える珍しい機会だったから、とても楽しみで」


 適当な嘘を吐いてにこりと微笑むと、アルフォンスがワインを勧めてくる。


「話したいことは沢山あるが、まあひとまず乾杯でもしようぜ」


 アルフォンスはそれから無駄に長ったらしい演説染みた乾杯の句を詠み、周囲に乾杯を促した。グラス同士をぶつける音が室内に響き渡り、私も、アルフォンスやフレデリックたちとグラスをぶつけあった。


 グラスの匂いを少し嗅ぎ、それから口元にグラスを近付け、それを傾け、唇に酒が付くか付かないかのギリギリで元に戻す。周囲にはごく自然に飲んだように見えたはずだ。こういう小賢しい演技は十八年間の王宮生活を生き抜いた文字通りの処世術だ。この兄弟たちから手渡しされたグラスなど不用心に飲めるはずがない。


「それはそうとトロイメライ、聞いたかい? アルフォンス兄さんの戦場での大手柄の話は!」


 聞いている。

 この国……というよりはこの国の周辺諸国は二年ほど前の魔物の大量出現と飢饉を発端にして全体的に政情が不安定な状況が続いていて、小さな戦争や紛争、小競り合いが頻発しているような状況だ。


 そんな中でアルフォンスは父王殿下を説き伏せ、周辺国に援軍を率いて魔物退治に参戦し、続々と勝利を収めているという。

 対するフレデリックは父王殿下に付き従い内政を学んでいる。


 アルフォンスは大衆受けの良い闘争に身を投じ周辺諸国への影響力を強め、フレデリックは王宮内での人気や知名度を上げているという状況だ。


「アルフォンス兄さんの武勇は私の耳にも届いているよ。本当に自慢の兄さんだ。それにフレデリックも父王殿下に付き従って、有能だと話を聞いている。優秀な兄と弟に囲まれたことが私の唯一の幸福かもしれないな」


 そう言って私は右目の眼帯をそっと撫でた。

 これは私のクセのようなもので、私は兄弟の王権争いに出来るだけ巻き込まれないために、可能な範囲で無能な男を演じている。その無能の一環として、病弱設定がある。


 兄のアルフォンスは出兵の際に私のことも誘おうとした。しかし私は自らの病弱を理由にその誘いを断った。戦場なんて危険な場所に赴けば暗殺など容易い。私の人生はどん詰まりだが、わざわざ見えている罠に引っ掛かってやるほど投げやりに生きているわけでもない。


 私が眼帯を触ると、周囲は私の病弱設定を思い出す。


「トロイメライ……」

「悪いが席を外してもいいかな……少し外の空気を吸ってくる……」

「ああ、構わないぜ」


 席を外し、バルコニーで夜風に当たりながら、耳に手を当てる。

 二人の背中に気付かれないように貼っておいた呪符から会話が聞こえてくる。


『それはそうと、例の件についてだが……』

『ああ、分かっているよ』


 アルフォンスの声にフレデリックが応える。


『僕と兄さんの間では一時停戦ということにして、目障りなハエを最初に叩き落とす。いくらトロイメライが無欲な男とはいえ、彼の派閥の人間が全員無欲というワケじゃない。特にメイド長のメナスは目障りな女だよ。彼女が暗躍しているうちはトロイメライ派がどう動くかは全く分からない。トロイメライを殺すというよりは、トロイメライ派を排除する……という言い方のほうが正しいかもしれないね』


 メイド長のメナスが優秀なのはこの王宮の中では誰もが知る事実だ。彼女はトロイメライ派の中枢メンバーの一人だが、まあ、偽トロイメライの私からしたらメナスも彼らと同じく最終的には私の死を願う一員なのだが……。


『これまで幾度となくトロイメライの暗殺は計画してきたが、アイツの悪運は尋常じゃない。千里眼の持ち主、弓の王のルピアに大金を積んで射させた矢は全て風に流されたし、私室に猛毒の瘴気を充満させても何故かピンピンしてやがった。国内一の呪術師の呪いも効きやしない……』


 たぶんこれもメナスがどうにかしてくれたのだろう。

 私が暗殺されれば次の影武者を見繕うのにまた難儀する。王位に就くまでの間は、あくまで彼女は私を殺させない。


 兄弟全員が集まる今夜のパーティーには何かが起きるとは思っていたが、まさか二人が共謀して私の暗殺を画策しているとは。もう私の人生もそろそろ幕切れが近いのかもしれない。


「トロイメライ様……今夜は一騒動ありそうです……」


 背後からメナスの声が聞こえてくる。


「分かっている」


 分かってはいるが、今回こそはもはやどうしようもなさそうだ。


 私はバルコニーから外の景色を見渡す。

 今までの経験上から来る勘……とでも言うべきだろうか。暗殺者がどこに隠れるのかは何となく目星が付くし、実際、私の目から見て怪しいと思った場所に既に人の気配を感じる。


「城の外に四人、中に四人、屋根の上に四人、計十二人の気配がある」

「そうなると、相手は円卓の騎士かもしれませんね」

「そんなわけがあるか。いくらなんでも冗談が過ぎる」


 円卓の騎士。

 父王に忠誠を誓う十二人の最も優れた騎士たちの総称だ。

 もし本当に円卓の騎士が総出で私の暗殺を目論んでいたとしたら、それはもうどうしようもない。


 私の主な戦力はメナスだけだ。そのメナスも流石の円卓の騎士には手も足も出ないだろう。

 メナスが無理なら、私自身はもっと無理だ。私は複数の剣の師範から剣技の才能が全くないことを宣言され、格闘術も身につかず、魔法の適性も全くない。


 使いどころの見当たらないハズレスキルならひとつだけ持っている。


 しかしそれもとても実戦に使えるものとは思えない。たぶん、というか絶対に何の役にも立たないことが名前からして明らかなのだ。こんなスキルを持っていると周りに知られることすら恥ずかしくて、名を明かしたことすら一度もない。


「トロイメライ様、私はあなたに伝えなければならないことがございます」

「なんだ?」


 メナスの声はいつになく真剣だった。

 私は思わず振り返り、彼女の覚悟の決まりきったような顔色に思わずたじろぐ。


「私は今までトロイメライ様に嘘を吐き続けてまいりました。あなた様ならとっくのとうにお気づきでおられましょうが、しかし、今ここで私はあなたに、自らの口で罪の告白をしなければなりません」


 メナスは頭を下げて言った。


「トロイメライ様、あなた様は影武者でございます」


 知っている。

 それよりもなぜメナスが急にそんなことを言うのかのほうが謎だ。それに、なぜ頭を下げるのか。


「私は今まで、本物のトロイメライ様に忠義を尽くしているつもりでした。しかし、この十八年の間に考えを改めました。私が尽くすべきは本物のトロイメライ様ではございません。ましてや彼の派閥などでもない。我が主は紛れもなく『あなた様』でございます」


 メナスの言葉に私は眉根を寄せた。


「どうして……そうなるのか聞かせてもらえるかな?」


 メナスは顔を上げ、真っ直ぐな瞳でこう答えた。


「私の信念は『弱肉強食』にございます。弱者は強者に従い、強者はこの世の全てを支配する。トロイメライ様の母方の家系はアリステシア帝国にルーツがあります。アリステシア王の強靱な血を受け継いだトロイメライ様こそ王位に就くに相応しいと考えたからこそ、私はトロイメライ派の従者として今まで尽くして参りました。しかし……」


 彼女は続ける。


「本物のトロイメライ様より、あなた様のほうが強い……強すぎる!!! 圧倒的強者!!! 圧倒的カリスマ!!! 圧倒的支配者!!! その素質があなた様にはおありなのです!!!」


 私はワケが分からず困惑した。

 私が強者だと? 一体どこをどう見てそんなことを宣うのか。

 剣の才能はなく、体術の才能もなく、魔力もなく、魔法適性もない。

 こんな私が強いはずがない。


「メナス……一体お前が何を言っているのか私にはさっぱりだ」

「もはや多くを語る時間はありません」


 メナスは空を見上げた。


「真の達人は一目見ただけで相手の力量で見抜くと言われます。私自身、達人の自覚がありましたが、あなた様の隠されたる真の力を見抜くには時間がかかりました。そして、その実力を知った私は、人生の最後に真の忠誠をあなた様に誓いたい。その上でひとつお聞きしたいことがあるのです……」

「なんだ……。その聞きたいこととは……」


「なぜ、あなた様は自らのお力をお隠しになられるのですか? その力があれば……」


 瞬間、目の前に火花が爆ぜた。

 メナスに押し飛ばされた私は、顔を上げその光景に思わず絶句する。


「円卓の騎士が一人、我が名は氷剣のランスロット──推して参る!」


 一瞬にして、幾重の閃光が瞬く。

 メナスの剣とランスロットの剣が互いを弾きあい、壮絶な爆音が周囲に轟く。

 その剣撃はもはや目視のかなうものではなかった。


 氷剣のランスロット。

 円卓の騎士最強と名高い氷の剣士。

 金髪に碧眼、白銀の甲冑を身に纏い、手にする剣は氷剣。

 高い氷魔法の適性があり、無数の氷の剣をその場に錬成し一人で軍隊をひとつ壊滅させたことすらある、化け物。


 たかが私を殺すためだけに連れて来ていい相手じゃない。

 ランスロットは『暗殺者』じゃない。

 軍隊を鏖殺するために使われる『絶対兵器』だ。


 今まで見たことも遭ったこともない異常な状況に私はその場で頭を抱え、うずくまることしか出来ない。少しでも頭を上げたら、剣と剣のぶつかる衝撃だけで首が千切れてしまうだろう。


「トロイメライ様! 生きてお逃げくださいませ!! 私は死に場所を見付けました!!」

「このランスロットを相手にまだ口を利く余裕があるとは! トロイメライ派の懐刀、思ったよりもやる!」


 ランスロットの回し蹴りを受けメナスは壁にめり込み、周囲は阿鼻叫喚に包まれる。メナスは血を吐きながら壁の中から歩み出て、もう一度剣を構えなおす。


「ほう! まだやるか……!」


 閃光。

 ランスロットの剣がメナスの剣を一方的に蹂躙している。どちらが勝つかは分かりきっている。それでも、メナスがあのランスロットを相手にここまで戦えるとは知らなかった。


 私は立ち上がり、しかし歩くことは出来ずに立ち竦む。


 メナスに加勢するか……?

 しかし、加勢してどうなる?

 私には何の力もない。仮に人並みの力があったとして、相手は円卓の騎士最強のランスロット。勝てる見込みなんてどこにもない。


『私は、人生の最後の忠誠をあなた様に誓いたい』


「……」


 目の前の戦いを見つめ、メナスの言葉を思い出す。

 私は今までずっと一人だった。アルフォンスやフレデリックや多くの人に死を願われて生きてきた。トロイメライ派の人間は本物のトロイメライの味方で、偽物の私の味方ではなかった。私にとって、世界の全ては常に敵だった。


「それでも……」


『我が主は紛れもなく『あなた様』でございます』


「それでも!」


 気が付いた時、私は走り出していた。


 王位継承権なんて知らない。

 影武者だろうが関係ない。

 この世のすべてが敵だったとしても、

 私を認めてくれる人が一人でもいるのなら……。

 私はその者だけの──。


「王になる!!!!!!」


 拾い上げたのは、広間に飾られていた一本の剣。

 それも飾りのための模造品で、切れ味なんて無いに等しい。

 偽物の私が、偽物の剣で戦う。

 勝ち目なんて度外視で。


 いいじゃないか、この戦いは私の人生そのものだ!


 私のぶん投げた剣はランスロットの肩にあたり、今まさにメナスを貫こうとしていた刃を僅かにブレさせた。

 かつん、と軽い音を立て模造剣はその場に転がり、ランスロットは私のほうに振り返る。


「不意打ちとはいえ、このランスロットに剣を投擲し当てただと……?」


 メナスはその場に倒れ込む。

 あのランスロットとあれだけ打ち合ったのだ、どんな達人でも体力がもたないだろう。


「トロイメライ様は剣術が苦手であられると聞いていたのだが……」


 私は眼帯を外して見せる。

 私の赤い目を見た周囲は思わずどよめく。

 ある者はそれを魔眼だと思い目を逸らし、ある者はトロイメライの顔に噂の傷がないことに困惑し、ある者は隠していたものが暴かれ苦虫を噛んだような顔をする。


 私はトロイメライ・クレーディアではない。


 そう宣言すると、ランスロットは眉根をしかめ、それから肩を竦めた。


「私の任務はトロイメライ殿下の暗殺……だったのだが……」


 ランスロットは後ろのほうで震えるアルフォンスとフレデリックのほうに視線をやって言った。


「どうやら人違いだったらしいぜ? どうするよ?」


 二人はしばし顔を見合わせる。

 そして、二人の意見は一致したらしい。


「殺せ! 殺してその赤い目を潰せ!」


 もはや道理も何も通じないようだ。

 何が目的かも完全に見失っている。

 そりゃそうか、今までずっと兄弟だと思ってた人間が赤の他人だったのだ。

 ワケも分からず拒絶もしよう。


 ランスロットが剣を構えると同時、メナスが走りアルフォンスの首元に刃を押し当てる。


「交渉だ! 退け! 退かねば貴様の主人の首を落とす!」

「ひっ……ヒィッ!!!」

「おいおいそりゃ卑怯だろ」


 ランスロットはメナスのほうを見て笑う。


「でも殺せって命令だしなぁ」

「アルフォンス様、命令を撤回しろ」

「て、撤回する! ランスロット! それに他の騎士も全員退け!!」


 アルフォンスがそう叫ぶと、部屋の一角に飾ってあった甲冑がひとりでに動き出し、へらへらした口調で喋りだした。


「でもまあ? 影武者だったとしても殺したほうがよくねえか? もしかしたら本物かもしれないし、本物だった時後悔するぜ~? ここで今殺しておくべきだったって! なあ、フレデリック?」


 全身を甲冑で覆われた男はフレデリックの背をぽんぽん叩いてさらに軽口を叩く。


「もしアイツが本物だったら。ランスロットがトロイメライを殺して、そこのメイドがアルフォンスを殺して、フレデリック、お前が王位継承権一位になれるんだぜ?」


 フレデリックは甲冑の男の言葉に「え?」と呆けた声を出す。


「だから、俺たちに命令を出したのはお前ら二人だろ? アルフォンスは撤回するって言っても、フレデリック、お前は命令を撤回せずランスロットにアイツを殺すように命令を出す権利があるって話をしてんだよ。そしたらお前の勝ちって話だ」


「え? ……え?」


 フレデリックは極限の選択を迫られ汗だくになり、視線が泳ぐ。

 アルフォンスは奥歯を噛み絞め、フレデリックを必死の形相で睨む。


「フレデリック……お前だけ勝ち逃げするのか……? もしそうなったらここにいる全員がどう思う? お前を卑怯者だと思うぞ。お前を正統の王とは認めない者も出てくるぞ……それでもお前は……」


「え? え?」


 アルフォンスのドスの利いた声音に、フレデリックは頭を抱え、涙目でランスロットのほうに呟いた。


「め、命令を撤回する……全ての騎士はこの場を退け……」

「あーあ。タマなし野郎。お前そんなんじゃ一生王位には就けねえぞ」


 甲冑の男はランスロットのほうに視線を向ける。

 ランスロットは肩を竦めて言った。


「では我々はここで退くとしよう」


 甲冑の男は立ち上がり、アルフォンスとフレデリックを見下ろして言う。


「命令を撤回したのはお前らだ。報酬はしっかり払えよな」


 そう言って、ランスロットと甲冑の男は去って行った。

 あの甲冑の男もたぶん円卓の騎士なのだろう。そして、この辺り一帯にあった十二人ぶんの人間の気配……。


「メナス、アルフォンスを離せ」

「いいのですか?」

「私はもう王位争いとは無関係だ。そいつが生きようが死のうがどうでもいい」

「そう……ですか……」


 メナスはアルフォンスを解放し、それからその場に座り込む。

 限界まで戦って、もう立っているのも辛いのだろう。

 だが。


「どうした、何をそんなところに座っている」

「え? ……いえ、トロイメライ派としての役割は既に果たしましたから」

「違うだろう?」


 私の声にメナスは顔を上げる。


「お前の主は誰だ。トロイメライか?」


 メナスはふっと笑う。


「そういえば、離反したんでした」


 彼女は立ち上がり、私の隣まで歩いてくる。

 私はアルフォンス、フレデリック、それから王位継承権に関わる全ての面倒な輩に宣言する。


「金輪際お前らのお遊びに関わるつもりはない。もうこれ以上、誰も私に関わってくるな」

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