第42話 覚悟
朝食後に狩りをスタートさせてから昼の休憩まで「混乱の塔」にこもり続けるのが、チャレンジ初日である今日の目標だった。
それを達成できた大きな要因は、破毒のリングが与えてくれた恩恵によるものだ。
ダメージ毒を持つモンスターが多い「混乱の塔」の2〜10階において、このレアアイテムによって得られる「毒無効化」の能力は絶大だった。
直接的には、毒をもらわなければダメージコントロールが容易になるため、回復アイテムの使用量を減らすことができるし、危機に陥った際の生存率も向上する。
間接的には、解毒アイテムを減らした分だけ回復アイテム等の携行量を増やすことが出来るため、継戦能力も向上する。
他の冒険者に比べて有利な条件下での攻略であったため、これをもって「俺たちの実力がトップレベルの冒険者に並んだ」と捉えるのは尚早だろう。
それでもやはり、自分たちが「混乱の塔」で通用するだけの力を身に着けたのだという実感は、俺にとってのひとつの区切りを意味した。
この段階まで来たら、仮の相棒であるライカに確認しておかなければならない事がある。
ランチ休憩と消耗品の補充を行うと、午後の部として再び「混乱の塔」2〜10階を攻略。
ボスモンスターは10階に出現すると決まっているがポップする場所は不定、それ以外のモンスターの生息域については階数による区別はない。
つまり、ボスの有無を除けば2〜10階のエリアに攻略難易度の差異はなく、それゆえにこのエリア全体が「10階層」と呼ばれている。
ボス狩りには夢とロマンを感じるところもあるが、遭遇できるかどうかは運次第、出会えたとしても2人だけで討伐できる見込みは薄い。
そのうえ、夢とロマンを抱いてボスのポップ待ちをしている冒険者がいるため他の階よりも人口密度が高く、結果として狩りの効率は悪くなる。
なので俺たちは、主に2〜9階の間を徘徊し、マップの構成を頭と身体に叩き込むことに専念した。
モンスターを足止めできる狭い通路の確認や、最短で上階へ登るためのルート検索など、狩りと同時に実行するべき作業は多い。
俺たちは1日を費やし、「混乱の塔」10階層を攻略していった。
「ペアを組んで初めの頃に言ったこと、覚えてる?
100点を目指すか、その手前で満足するか、っていう話」
メイン料理を平らげ、空腹が満たされつつあるタイミングで、俺はライカに問いかけた。
このところ1日の狩りが終わると、ライカが希望する店で夕食をとるのが日課になっている。
今日の彼女は、首都に立ち並ぶレストランの中からお気に入りの1軒を選んだ。
初めての「混乱の塔」挑戦が上手くいったこともあり、少し贅沢を味わいたい気分だったのだろう。
「覚えてるよ〜。私が出した例え話だし」
配膳されたデザートに目を輝かせながら、ライカが答えた。
「破毒のリングを手に入れてから、あまりにも急ピッチで成長してきたからね。
確認する間もなく、今日まで駆け抜けてしまったけど⋯」
まっすぐにライカを見つめる。
ライカも俺の視線に気付き、見つめ返す。
「そろそろ決める時期だと思うんだ。これから先、ライカがどっちの道を選択するか」
ライカのレベルは、俺のすぐ下にまで迫っていた。
すでにれっきとした上級者⋯、冒険者の中でも上位数%に入る実力の持ち主にまで上り詰めているはずだ。
それ相応に、これからはレベルもなかなか上がらなくなってくる。
今日だって、最高難易度の狩り場に籠もっていたにもかかわらず、レベルアップに必要な経験値の5%程度しか獲得できていないだろう。
「それって、決めなければいけないことなの?」
単純にして、芯を捉えた質問だった。
「ここから先は、茨の道だ。
膨大な労力を費やして、ほんの少しの上積みを狙いにいく作業だ。
少しのミスが死に直結していて、苦労して得た経験値がデスペナルティで簡単に吹き飛ぶ」
「ここ数日で実感しているわ」
「人間関係も、これまでとは違う。
トップ集団の連中にとって、まわりの冒険者はライバル、競争相手だ。
今までの狩り場のように『仲良く助け合い』なんて精神は無いと思っていい。
みんな『自分がこのゲームをクリアするんだ』って考えてる連中ばかりなんだから」
実際、悪質な嫌がらせや、マナーを無視した専横などが横行していることだろう。
「今日も、ちょっと嫌な感じの人たちがいたもんね」
そうだった。
まるで俺たちを邪魔者でも見るかのような、そんな雰囲気で見つめていたパーティーがいた。
「ゲームクリアで全員がログアウトできるようになる可能性があるんだから、無理に自分でクリアを目指す必要は無いんだ。
誰かがクリアするのを待って、その結果を見てからどうするか決めたって良いんだから」
一部には「トップでゲームクリアした者たちだけがログアウトできて、他は全てログアウトできない設定だったらどうするんだ?」という話もあるが、ややこしくなるので今はあえて持ち出さないことにする。
「それでも最前線で戦うというのなら、その覚悟が必要だよ」
それが無ければ、精神の摩耗に耐えられずに脱落する事になるだろう。
そうなるくらいなら初めから100点を目指さずに、80〜90点あたりをキープして楽しくやっていたほうが良い。
「シローはどうなの?」
鋭い眼差しで、ライカが問い返した。
俺は無言のまま、彼女の視線を受け止める。
「シローは、その覚悟ができているの?」
あらためて問われる。
俺に、その覚悟はあるのか。
「わからないんだ」
ライカには偉そうに覚悟を問うておきながら。
「それが分からないまま、ここまで来てしまった」
元相棒のバモとペアを組んでいた頃には、確かにその気持ちがあった。
だが、情報屋家業を営む冒険者・ジョーホーヤと出会い、俺たちがただのAIであり、クリアしてもログアウトなど出来ないだろうというという推論を聞いてから、俺の決意は中途半端にぶら下がり続けたままなのだ。
「前はクリアする気満々だったんでしょう?
考えが変わったきっかけはあるの?」
答えられるはずがない。
俺たちが、実は生身を持つ人間ではなくただのAIかもしれない、という事など。
「きっかけはあったよ。でも、言えないんだ」
そう答えるしかない。
「そう。なら、私の答えを言うわね」
何かを決意する表情。
イスを引いて立ち上がり、宣言する。
「私はクリアを目指すわ!一番でのクリアを!」
そんな事を考えていたのか。
眩しいほどに、真っ直ぐに俺を見つめる瞳。
「シローにもいっしょに戦って欲しい!
私の隣に立って、いっしょに前を向いて歩いて欲しい!」
ライカは何も知らない。
真実を知った時に、彼女のメンタルはどうなってしまうのだろうか。
「なんで、俺に出来ると思うんだ?」
ライカが腰に手を当て、憤慨した様子で答える。
「出来るかどうかじゃないの!
私は、『あなたといっしょにクリアを目指したい』って言ってるのっ!」
ライカの言葉が、俺の心に染み込んでいく。
「ペアを組んでから今日まで、すっごく充実していて楽しかったの。
これから先も、シローがいっしょじゃなければ多分くじけちゃうわ。
その程度なのよ。私の決意なんて」
話を続ける声のトーンが、少し下がっている。
勢いよく喋ったことで気が抜けてしまったのだろうか。
しかし、ライカの宣言を聞いたことで、俺は心中にあったわだかまりが解けていくのを感じていた。
全ての未来は不確定なのだ。
であるならば、今できることを必死にやってみればいい。
その後のことはその時になってから考えれば、それで良いのではないか?
「ふぅ〜」
大きく息を吐きだし、決意を新たにする。
「ありがとう。俺も本気でやってみたくなったよ。
正式に、これからも俺とペアを組んでもらえるかな?」
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
ここで第四部が終了となります。
お読みいただき、ありがとうございます。
お前ら、もう付き合っちゃえよ!
ライカの成長が嬉しい!
ここからどういう展開が待ってるの?
などと思ってくださいましたら、
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