第31話 ワンタイム・クエスト

 休憩を終えた俺たちは、木々が生い茂る「魔力溜まりの森」を次の狩り場に選んだ。


 地形の影響によって魔力が溜まりやすくなっているこの森では、「淀んだ魔力溜まりの影響を受けて野生の動植物たちが凶暴化している」という設定となっている。


 中でもやっかいなのが、ミツバチタイプのモンスター「キラービー」だ。


 小型なうえに飛行型であり、なおかつ毒を持っているので、相手にするのが非常にやっかいなのだ。


 しかし、だからこそキラービーを相手にすることには意義がある。


 このモンスターを上手く処理することが出来るようになれば、それはライカにとって得難い経験となるだろう。




 ライカが「魔力溜まりの森」付近の地点をブックマークしていなかったので、直接テレポートスクロールで飛んでいくことはできない。


 近くの街から続く細い道を歩いていくと、やがて道が途切れて何も無い草原へと到達する。


 この草原を横切れば、その先には「魔力溜まりの森」が待っているだけのはずだった。


 そのつもりで草原を歩いていると、遠くに見えていた森の木々が次第に近付き、大きな存在感を放ってくる。


 そこで違和感に気づいた俺は、目を細めながらつぶやいた。


「あれ?あんな建物があったかな?」


 何も無いはずの草原と森の境目、その草原側に、小さな木造の民家らしき建物が見えてきたのだ。


「前に来たのは、いつなの?」


 尋ねるライカに、まだ緊張感はない。


「数ヶ月は経っている。アップデートで追加された建物かもしれないな」


 言いながらも、なにか違和感を拭えない。


 アップデートで新たなマップが追加されることはあっても、既存のマップにオブジェクトが追加されることは、今までの経験的に少なかったからだ。


 だが、近付いていくとすぐに答えが分かった。


 木造民家の玄関口あたりに、システムメッセージが浮かび上がっていたのだ。


「なに?これ」


 ライカはまだ事態を飲み込めていないようだが、無理もない。


 俺も見るのは初めてだ。


「これは、『ワンタイム・クエスト』の開始地点だよ」


 説明しながらも、内心では興奮が抑えられない。


「『ワンタイム・クエスト』って、あのレアイベントの?」


 さすがは先日「情報屋通信」を読み込んだばかりとあって、ライカはすぐに事情を飲み込んだらしい。




「ワンタイム・クエスト」は、ストーリーの進行とは関係なく開催されるランダムなイベントだ。


 シナリオ生成AIによって適宜作成されるイベントで、通常のクエストとは異なる特徴を持っている。


 最大の特徴は、なんといっても「一度きり」のイベントだということだ。


「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」のクエストは通常、条件を満たしていれば全てのプレーヤーが参加することが出来る。


 例えばゲーム開始のころ、「はじまりの町」ではレベル1のプレーヤーが「冒険者入門」というクエストを受けることができた。


 町はずれの訓練場にあるカカシを叩いて経験値を獲得し、レベルを2に上げるだけの簡単なクエストだ。


 このクエストでは、全てのレベル1プレーヤーが依頼者(この場合は訓練場の教官)に話しかけることで受託することができる。


 誰かがクエストに挑戦中でも他の誰かが並行して挑戦することが出来るし、誰かがクエストをクリアしたからと行って他の挑戦者のクエストがキャンセルになってしまうこともない。


 通常のクエストは、同時並行的に同じクエストを多くの冒険者が進めることが可能なのだ。


 それに比べて「ワンタイム・クエスト」は、たった1人、もしくは1パーティーのみがチャレンジ出来るクエストだ。


 結果が成功だろうが失敗だろうが、そのチャレンジが終了した時点でクエスト自体が消滅する。


 つまり、次の挑戦者が挑むこともできない。


 まさに一発勝負のクエストなのだ。


 発生する確率自体も低く抑えられているらしく、お目にかかること自体が稀なレアイベントとされている。


 そしてもうひとつの大きな特徴が、成功報酬の差が大き過ぎるということだ。


 とてつもなく強力なアイテムを獲得できたという話から、感謝の言葉だけが報酬だったという話まで、さまざまな体験談があがっているらしい。


 それらの話を信じるのならば、報酬はある種、くじ引きで決まるようなものなのかもしれない。


 もっとも「ワンタイム・クエスト」自体がレアなイベントであり、データの絶対数が少ないのだから、どこまで信じたらいいのか分からない話ではあるのだが。




「うん、あの『ワンタイム・クエスト』で間違いないよ。

 誰かに横取りされる前に、さっさと引き受けてしまうべきなんだろうが⋯」


 ここで、ふと考えてしまう。


 元の相棒であるバモとペアを組んでいた頃ならば、もしくは、俺が1人で単騎狩りをしていた頃ならば、一も二もなくこのクエストを受託するだろう。


 だがライカは、このクエストをどう思っているのだろう?


 おそらく「ワンタイム・クエスト」の難易度は、それが発生する狩り場のレベルに合わせて設定されている。


 そうであるならば、俺が単騎で挑むならクリアできる可能性は高いだろう。


 だがライカとペアを組んで挑むとなると、不確定要素が多すぎで状況をコントロールできる自信がない。


 ピンチの際に帰還スクロールで脱出するタイミングを間違えれば、彼女を殺してしまいかねない。


 ライカの意思を確認したくて、彼女の表情を盗み見る。


「心配してくれてる?」


 こちらを見つめる視線とかち合ってしまう。


 見事に見透かされていた。


「うん、まぁ、そうだね」


「最悪の事態って、死んで、クエストが終わっちゃう事だよね?」


「そうだと思う。死んだ時点か、あるいは帰還やテレポートで逃げた時点で、クエストは失敗扱いになる」


「シローから見て、私が足手まといになると思う?」


「う〜ん⋯」


 難しい質問だ。


「基本的には俺がメインで戦うことにして、ちょこちょこ加勢してもらうだけなら問題ないと思うんだ。

 ただ、『ワンタイム・クエスト』は何が起こるか全く読めないからね。イレギュラーな事があると、守ってあげられないかもしれない。それが怖い」


 正直に、思ったことを打ち明けた。


「私が死ぬのはいいのよ。この3日間、シローのおかげでガンガンレベルアップしてるんだから。

 1回くらいデスペナ(デスペナルティ)もらったって、お釣りがくるわ」


 強気な意見だが、デスペナルティで失うものは経験値だけとは限らない。


 確率は低いものの、所持品をロストする可能性もあるのだ。


「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、出来れば一緒にクリアしたいんだよな」


「一緒にクリアしたいなら、一緒にチャレンジするしかないわ。だから、はやく始めましょうよ」


 表情だけではなく、発言内容からも前向きな姿勢が伝わってくる。


 俺も覚悟を決めるべきだろう。


 運次第ではあるが多大な報酬を得られる可能性があるのに対し、マイナスのリスクは最大でもデスペナルティ1回分と挑戦権の喪失だけなのだ。


 冷静に天秤にかければ、チャレンジしないという手はない。


「よし、やってみよう」


 俺は覚悟を決めて、木造民家の玄関ドアに手をかけた。

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