第20話 手紙
「象牙の塔」の屋上は中央部にクリスタルの台座が鎮座している他に目立った設備は存在しないが、ところどころに風景を眺めるのに都合の良さそうなベンチが設置されている。
古代の魔術師たちの研究機関だったという設定の「象牙の塔」なので、ベンチは研究者たちが思いにふけったり気分転換をするための設備だったのかもしれない。
俺たちは適当な一角に腰を落ち着けると、それぞれにコンソールパネルを開いて「手紙作成」のウィンドウを展開する。
眼前に現出した仮想キーボードを膝上に運び、万全な体制を整えた。
「基本的に、感謝の手紙でいいよね。あとは聞きたいこととか、書いて欲しい記事とか、その他なんでも良いから書いてみようか」
と俺が提案すると、バモも、
「シローは作文が得意そうだからなぁ。僕としてはプレッシャーを感じるよ」
と、本気なのか冗談なのかわからない不安を口にする。
文章作成が上手いか下手かは分からないが、昔から嫌いではなかった。
「好きこそものの上手なれ」などという言葉もあることだし、文章力が壊滅的だという事はないだろう。
まだ見ぬインフルエンサープレーヤー・ジョーホーヤに向けて、丁寧に言葉を綴っていく。
キーボードのタッチ音はデフォルトでは自身にしか聞こえない設定になっているので、横で指先を動かすバモのタイピング音は聞こえない。
タイピングをする指先のせわしない動きだけが、目の端に映る。
初めのうちこそ周りの環境音や肌を撫でる風の感覚が気になっていたが、集中力が増していくに連れてすべてが意識から遠ざかっていく。
はじめは自己紹介に始まり、日頃から掲示板や「情報屋通信」に目を通し、参考にさせてもらっている事への感謝へとつなげる。
そこまではある意味で定型なので、そこから先がオリジナリティの発揮されるところだ。
何を書くか悩んだ末に、先ほど話し込んだ疑問について書いてみることにする。
・最前線でゲームを攻略するよりも、裏方である情報収集に回った理由はなにか?
・真偽の確認などに手間がかかる中で、どのようにして記事の信頼性を担保しているのか?
・無料同然で情報提供をしてくれているが、資金の提供者はいるのか?
・個人で出来ることの範囲を超えているように見受けられるが、チームを組んでいるのか?
など、書いているそばから疑問が浮かぶので、そのまま文章を打ち込んでいく。
最後に全体のバランスをチェックして手紙としての体裁を整えると、達成感が湧き上がる。
集中が途切れた途端に周りの情報が押し寄せてきた。
頬を撫でる風が冷たさを増し、夕日のオレンジが消えて周囲が暗く染まっていく。
横を見るとバモの作業も終わったようで、さっぱりとした表情を浮かべていた。
多少の気晴らしにはなっただろうか。
「出来たみたいだね?」
仮想のキーボードを収納する動作をしながら、バモが声をかけてくる。
「ああ、先に終わってたのか?待たせて悪かった」
「いやいや、僕もいま書き終わったところ。けっこう時間がかかったよ」
「そっか」
もう送信してしまったのだろうか?
「お互いに添削してから送るか?」
と聞いてみる。
「いいよ、いいよ。下手な文章で恥ずかしい。暗くなってきたし、サクッと送信して帰ろうよ」
「オッケー」
2人でタイミングを合わせると、同時に送信ボタンを押す。
どこからともなく現れた伝書鳩がクチバシに手紙をくわえると、手元から勢いよく飛び立っていった。
ダンジョンなど一部の例外はあるものの、システム的に手紙は受取人の下へノータイムで届けられる。
今頃はジョーホーヤの手元に届いているはずだ。
「さて、クエストの残りは明日でいいかな?それとも最後まで終わらせる?」
とバモが尋ねてくる。
正直なところ、疲労のために下半身が重い。
現実の俺の身体は、疲れなどつゆほども感じていないと言うのに。
「明日でいいかなぁ」
と正直に答える。
「じゃあ、いつもの宿で良いかな?」
と、2人ともコンソールウィンドウを操作してテレポートスクロールを用意している、その時だった。
伝書鳩がどこからともなく現れると同時に、システムメッセージが表示される。
システムメッセージには、「ジョーホーヤから手紙が届きました」と記されていた。
俺は思わず、
「早すぎないか!?」
とつぶやき、同時にバモの、
「もう?」
という声が聞こえた。
バモにも同様の現象が起こったようだが、彼に向けて発せられた伝書鳩とメッセージは、彼にしか視認することが出来ない。
だが、俺とバモが声を発したタイミングから推察すると、手紙はほとんど同時に届いていたように思えた。
となればこの手紙は、複数あての同文メッセージということなのだろう。
テレポートスクロールを探す手を止めて、届いた手紙を取り出す。
手紙を開いてみると、それは確かにジョーホーヤからのメッセージだった。
本文には、「当方食事中、よろしければ来られたし」との記載があり、続けて街の名前と店名が添えられている。
有名人からの招待状だ。
バモが興味を示したので、俺に宛てられた手紙を実体化させてバモにも見せてやる。
どうせ同じ文面だろうに、確認せずにはいられない性分なのだろうか?
そして俺たちは、顔を見合わせてうなずいた。
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