第13話 相談

 とりあえず俺たちは場所を変えることにした。


 広場に残っても良いのだが、この場所から移動したいという気持ちがお互いにあったようだ。


 もともと直前に知り合っただけの仲だし、このまま解散するという手もあった。


 しかし異常事態となった今、やはり相談相手が欲しかった。


 そして俺は、バモとの短時間の触れ合いや会話を通して、この斧戦士のことを「理論的な話し合いができる相手」として認めていたのだ。


 相手も同じように思っていてくれれば嬉しいのだが⋯


 どちらが言い出したのかもあやふやなまま、とりあえず二人で広場を後にする。


 この街に広場は1か所しかないが、有料の宿や食堂もあるし、自由に出入りできる空き家や、大通り沿いにはベンチもある。


 フルダイブ型ゲーム機は味覚や嗅覚まで再現してくれるので、食堂に行くのも有力な選択肢だ。


 だが、もしかしたら所持金(ゲーム内通貨)は、後々貴重になってくるかもしれない。


(後から思い返してみれば、この時点で嫌な予感はあったのだ)


 少し考えた結果、街外れの空き家に腰を落ち着けることにした。




「シローです。ゲームを禁止された家で育ったんだけど、昔からゲーム全般に興味があって。

 いろいろとタイミングが重なって「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」をプレイできるようになったので、自由時間の全てをゲームに注ぎ込んでいる単騎プレーヤーです」


「バモです。同じく単騎プレーヤー。

 昔からゲーム好きで、「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」は公開前から楽しみにしていて、サービス開始と同時にのめり込みました」


 リビングテーブルに向かい合って座ると、お互いに簡単な自己紹介をした。


「しかし⋯」


 どう切り出せば良いのかわからないが、とりあえず会話の口火を切る。

「大変なことになったね。短時間で救出されれば良いけど」


 そう、まさに現実世界からの「救出待ち」なのだ。


「アドミニ(アドミニストレータ)の言うとおりなら、こっち側からできることは何も無いもんねぇ」


 バモの応答で、彼も事態を正しく把握していることがわかる。


 こうなった以上は、「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」の運営企業によってゲーム世界からログアウトさせてもらう他に手段は無い。


 あるいはもっと上層の、フルダイブ型ゲーム機の開発メーカーとか。


 あとはホワイトハッカーなんかも救世主になり得るのかもしれないが、俺のような素人の薄っぺらな知識では、よく分からない。


 とにかく外部からの助けが必要で、俺たちにできることが何も無いという事実だけは、確かなのだった。




「とりあえずさ、これからどうすれば良いと思う?」


 バモのほうから本題を切り出してきた。


 俺としても、まさにその件について相談したかったので丁度いい。


「バモはどう思った?」


 まずは彼の意見を聞いてみたい。


「待つことしかできないならさ、『ふつうにゲームを楽しみながら待てば良いじゃん』って思ったんだよね」


 俺はあいづちを打ちながら、話の続きをうながす。


「そういう気分じゃないなら、街中で時間をつぶすのも良いと思う」


「それも良いね」


「どのくらい拘束されるのかが分からないからね。なんとも言えないんだけど」


「そこだよね」


「僕の考えとしては、そんなところかなぁ。ゴメンね、ありきたりなアイデアで」


「いやいや、俺も、だいたいそんな考えだよ。それの複合技っていうか⋯」


「ああ⋯、適度に冒険したり、休憩したりってこと?」


「そうそう」


 そうなのだ。


 結局のところ、やる事はその程度しか無い。


 あとは、この胸につかえたモヤモヤを、知り合ったばかりのゲーム仲間に吐き出すべきかどうかなのだが⋯


「くだらない」と失笑を買うかもしれないし、「僕も気になっていた」と同調してもらえるかもしれない⋯


 少なくとも彼なら、あからさまにバカにしてくる可能性はごく少ない気がする。

(こんな異常な状況下だしな)


 俺は覚悟を決めて、口を開いた。




「小説でね、今の俺たちと似たようなシチュエーションに巻き込まれる話があるんだけど、知ってる?」


 バモは宙を見上げて目をつぶった。


 記憶を掘り起こしているようだ、⋯が、

「いやゴメン、知らないなぁ。もしかして、怖い話?」

 ちょっと警戒されてしまった。


 怖い話が苦手なのかもしれない。


「いや、怖い話じゃないよ。昔のライトノベルなんだ」


「ほうほう、『ラノベ』ってやつね」


「そうそう。それで、今のこの状況と同じような事故⋯、っていうか事件が起こるんだ。

 天才プログラマーがね、確信犯的にプレーヤーたちをゲーム世界に閉じ込めちゃう。

 もちろん、そのゲームはフルダイブ型のMMORPG」


「マジかっ!そのまんま今の僕たちじゃないか」


「俺らの場合、天才プログラマーのせいじゃないとは思うんだけどね」


「そう願いたいな」


「でね、その小説だと、ゲーム世界に閉じ込められたプレーヤーたちはね⋯」


 怖がらせたい訳ではないが、ちょっとタメをつくってみる。


「⋯ゲーム内でHPがゼロになると、現実世界の自分も死んじゃう、っていうルールを課せられるんだ」


「いや、なんでよ!?」


「天才プログラマーがね、そういうデスゲームを主催してみたかったとか、そんな理由だったかな?」


「マッドだな⋯」


「ゲーム機のヘッドマウントディスプレイからね、致死量のマイクロウェーブ?だか何だかが放射されて、脳が焼かれちゃう」


「天才プログラマー、なにやってんの!?」


「そんで、死なずにゲームをクリアできたら現実世界に帰れるぞ、っていう話なのさ」


「クリア条件は、ラスボス?」


「そうそう、最上階にいるんだよ。ラスボス」


「MMORPGなら、クリアまでけっこうかかるだろう?」


「確か、年単位でやってたな。2年くらいかかったんだっけな?」


「ぐはっ!その間、リアルの身体は寝たきりか?」


「寝たきり。国が面倒みてた。点滴とか打って」


「ゲーム機を外しちゃえばいいじゃん」


「外そうとした瞬間に、マイクロウェーブがドバーッっと」


「うへぇ⋯」


「けっこう画期的な話だったと思うんだよね。まぁ、SFとか詳しくないんだけど」


「面白そうではあるな」


「そうなんだよ。だから覚えていたし、ログアウトボタンが消えた時、すぐに頭に浮かんだんだ」


「ふむ⋯」


「だからどうしたって言われると、困るんだけどさ」


「うん」


「一応、いろいろ慎重になったほうが良いんじゃないかと思ってね。あの本のストーリーを思い出しちゃうと」


「わかるよ。起こるはずが無い事故が起きているんだ。ここからも、何が起こるか分からない」


「ありがとう」


「ちなみにさ」


「うん?」


「そのラノベで教訓になりそうなことは、デスペナルティがヤバイ、ってことだけ?」




「ああ〜、そうだなぁ」


 バモは俺の話をきちんと聞いてくれていた。


 単なるオタク話や世間話ととらえずに、教訓を引き出そうとしてくれている。


 それなら、望むところだった。


「結局いちばん怖いのは、モンスターより人間だったよ」


「ほう?」


「ギルド?だったかな?そういう集団同士の主導権争いで死人が出たり、集団の内部でも権力闘争があったりとかね」


「内部抗争でも、死ぬの?」


「確か、死んでた。主人公も殺されかけてたし」


「生死がかかっているとなると⋯、ねぇ。生き残る確率を上げるためには、他人を欺いたり、汚いマネをする奴もでてくるか」


「快楽目的でPKするヤツラも出てくるし」


「PKって、プレーヤーキラーか?」


「うん」


「リアルでも死ぬってわかってるのに?ヤバイな!?メンタル逝っちゃった末の?」


「あ~、いや。そいつらはちょっと特殊な要因があったり」


「今回は、そういう奴が居なければいいけどな」


「たぶん大丈夫だと思う。すげー特殊な設定のヤツだったから、ふつうはいないと思う」


「なら、とりあえずは良いか」


「小規模な人間関係でも、些細なことから崩壊したりしてたね」


「むむ?」


「嫉妬とか、恋愛感情とか、勘違いとか⋯。あと、小さなミスや油断でパーティーが崩壊したり」


「リアルにありそうだなぁ⋯。僕もちょっと自信ないかも」


「メンタルやられて自殺しちゃうヤツとかね」


「それはたぶん、大丈夫かな⋯。でも年単位とかだと、ちょっと自信ないかも⋯」


「そんなところかな」


「ありがとう。今回はリアルで死ぬわけじゃないだろうけど、人間関係が大事だっていうのは参考になる」


「うん。リアルでも死ぬとかシチュエーションが違いすぎるけど、参考になる部分があって良かった。ログアウトできたら読み返してみようかな」


「そうだな。今回リアルでは死なないから、ちょっと事情が違うけどな」


「そうだね。たぶんリアルでは死なないからね⋯」


「⋯たぶん?」


「⋯ん?」


「⋯、いや、大丈夫だろ?」

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