第11話
ヴィルヘルムが成人して数年、アンジェが成人したばかりの頃。
国境では隣国と蛮族が手を組んでおり、時に彼らが手を組むものだから、諍いは絶えない状態だったのだ。
そんな中、まだ辺境へと赴任したばかりのヴィルヘルムが軍の総指揮を執ることになった。
――形式上ではなく、実際に。
もちろん彼の武人としての個の能力は、圧倒的に他を凌駕するものだった。何度か戦闘・戦争経験はあり、大隊程度の指揮までなら執ったことはある。
一人の兵として武勲を立てながら戦場を生き延びることは、ヴィルヘルムにとって容易かった。
だが、総指揮となれば別だ。
霧と摩擦の全てを把握することは不可能だが、全てを網羅する気持ちでいないといけない。
自身の状況判断次第で人の命が軽々となくなってしまうかもしれないのだ。
軍務というのは、基本的には知識や技量だけではなく経験値がやはり必須である。
(総指揮を執るための経験値が、今の俺には圧倒的に足りねえ)
――赴任したばかりのヴィルヘルムには、まだ兵や指揮官たち個々の能力を全て把握し、まとめられている状態ではなかったのだ。
だが、今までこの場所の守りについていた、名だたる将たちは全て王都や別の辺境へと送られてしまっている。残ったのは扱いづらい指揮官ばかりだった。
挙句、配置できる戦闘人数は敵勢力の十分の一しか回せないとまで言われてしまった。
(通常の戦闘力配置じゃねえ。王族達の嫌がらせにしちゃあ、度が過ぎてるな。最悪、俺が負けて、その責任を取らせて……王位継承からも外すつもりか?)
――明らかに負け戦だ。
兵達の士気も低かった。
(だが、人命がかかってる。俺がどうにかしねえといけねえ)
そうして――気負ったまま、彼は総指揮を執ることになった。
けれども、予想通りというべきか、完全に相手方に押される格好となった。
戦争は民も一丸となって戦わないといけなかったが、それすらも、ままならない。
(このままじゃ、全滅とまではいかねえが……相当な被害だな……)
自身が前線に立って戦えたらどれだけ楽だろうか――?
だが、総指揮を執る立場にいる以上、指揮の場から席を離れるなど許されない。
兵站部隊といった後方支援部隊として活躍してもらいたい兵や民達の協力も得られなかった。
人の命が失われることで、じりじりと焦燥だけが募っていく。
死地に立っている時以上の緊張を覚えた。
手先から感覚がなくなってしまうような――自身が失われてしまうような感覚に襲われる。
そんな時、情報部隊から声がかかった。
『申し上げます。その……ヴィルヘルム様についてきていた元侍女のお嬢さんが、砦の皆に色々と訴えかけているようでして……』
『アンジェが……?』
砦の民達に『ヴィルヘルム様を信じてほしい』と言いまわっているのだという。
情報・衛生・兵站部隊の皆にも、色々と声を駆けまわってくれているそうだ。
『あと、こちらをヴィルヘルム様にと……』
騎士から渡されたのはアンジェからの手紙だった。
イベリスの花も添えられている。
――このまま自身が判断を間違え続ければ、アンジェの命も失われてしまう。
(考えろ、どうしたら良いか……)
徐々に頭が冴えてきた。
少しだけ指先が震えていたが、持っていた手紙を開く。
『大好きなヴィルヘルム様へ。
ヴィル様は一人でも、とっても強いです。
オモチャが言うには余計なことかなとも思いますが……
皆と一緒なら、もっと強いと思います。
後ろの方でアンジェも頑張りますね。
アンジェ』
ヴィルヘルムは固く目を瞑る。
そうして、再び開いた。
『――一人で全てはこなせない。奢るな、自分を偽るな。認めろ、俺にはまだ力が足りねえ』
深く息を吸った後――近くの伝令に伝えた。
『――指揮官の皆に頼みたいことがある』
扱いづらいとされた部下たちに助言を求め、彼らの提案に耳を傾けた。
机上で地図を見ているだけでは分からない情報を元に、強敵を避け、時に逃げることも良しとしながら、相手がたの騎兵と弓兵を打ち倒し、部隊の中央を挟み撃ちにして混乱させた。最後は狭い隘路での戦いに追い込んで各個撃破しながら、退路に機動を集中させて全ての敵を倒していった。
そうして――結果、十分の一の戦力で敵を撃破することに成功した。
『アンジェ……』
勝利を手にした時、ヴィルヘルムの頭の中に真っ先に浮かんできたのは、彼の大事なオモチャの笑顔だったのだ。
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