第18話 報いの時※ヴィヴィアン視点
王宮地下の牢獄は、冷たく湿った空気に満ちていた。壁を伝う水滴の音が、単調なリズムを刻んでいる。
ヴィヴィアン・ヴァンローゼは、石の寝台に腰掛け、膝を抱えていた。かつての艶やかな金髪は、もつれて汚れ、絹のような肌は垢にまみれていた。華やかなドレスの代わりに身につけているのは、粗末な囚人服。
「もう。どうして、こんなことになったのよ」
彼女の囁きは、牢獄の静けさを破った。
一週間前、彼女はウィンターフェイド家への襲撃計画を練っていた。今や、彼女は事件の首謀者として、この暗い牢に閉じ込められている。
「おかしい。絶対におかしい」
ヴィヴィアンは立ち上がり、鉄格子に歩み寄った。
「聞いて! 私はヴァンローゼ家の令嬢よ! こんな扱いを受ける筋合いはないわ!」
彼女の叫びは、廊下の彼方へと響いていった。
「黙ってろ!」
「またかよ」
「こんなイカれたやつ。頭が、おかしくなりそうだ」
看守の怒号と文句が返ってくる。彼女の絶え間ない叫びに、看守たちはうんざりとしていた。初日から、彼女は繰り返し喚き散らしていたから。それで状況が変わるわけもないのに。
「何かの間違いよ! 私が悪いなんてあり得ない!」
ヴィヴィアンは格子を掴み、顔を押し付けた。瞳には混乱と怒りが渦巻いていた。
隣の独房には、ジュリアンが収監されていた。彼もまた、彼女の共犯者として捕らえられていた。
「ジュリアン! あなたからも言ってくれない? 私たちは何も悪くないって!」
返事はない。ジュリアンは初日から沈黙を守り、彼女の問いかけに一度も応えなかった。彼は捕まった瞬間に諦めていた。もう何を言っても無駄だと。頼りにならない男。彼女の心の中で、ジュリアンへの最後の期待も消え去った。
「お父様とお母様は? 私を助けに来ないの?」
両親もまた、姿を見せなかった。状況から察するに、彼らは自分を見捨てたのか。爵位剥奪の危機に瀕しているヴァンローゼ家には、娘を助ける余力はないというの。
頼れる者は誰もいない。
孤独の重さが、彼女の肩に覆い被さった。ヴィヴィアンは再び寝台に座り、膝を抱いた。思考は過去へと遡る。
「エドモンド様」
彼の名を口にした途端、胸が苦しくなった。彼の力強く威厳ある姿が脳裏に浮かぶ。あの日、彼女が婚約を破棄したことが、全ての転落の始まりだった。やっぱり、あの選択が間違いだった。
彼女は両手で顔を覆った。
あの力強い姿を見たら、絶対に手放すべきじゃなかった。本当に愚かだった。
後悔は彼女の心を蝕んでいった。しかし、同時に別の感情も湧き上がってきた。姉エレノアに対する激しい嫉妬と恨み。今、彼と一緒になっているのが姉の方。その事実が、彼女には耐えられなかった。それが、とんでもなく許せない。
「こんなことになってしまったのに。私に譲るという気持ちもないの」
ヴィヴィアンの声は低く、歪んでいた。彼女の心の中で、理不尽な怒りが燃え上がった。
「嘘だったのなら、元通りにしようと言ってくれたらいいのに」
こんな状況になった私のことを、姉は笑っているに違いない。許せない。
彼女の思考は論理を欠いていた。自分からエドモンドを拒絶したこと、エレノアを虐げ続けてきたこと、そのどれもが彼女の意識からは消え去っていた。
「元通りにしてくれないから、こんなおかしなことになってしまった」
彼女はまた立ち上がり、牢の中をうろつき始めた。
「本当に、なんでこんなことになってしまったのか」
彼女の思考はループする。他人を責め、自分は悪くないと自己弁護を繰り返す。反省の色はまったく見られなかった。
数日後、牢獄の扉が開いた。
「ヴィヴィアン・ヴァンローゼ、出て来い」
厳しい声に、彼女は顔を上げた。数人の兵士が、重々しい表情で彼女を見下ろしていた。
「やっと分かったのね。私が無実だって」
ヴィヴィアンの顔に、わずかな希望の光が灯った。しかし、兵士たちの表情は一切変わらなかった。
「手を出せ」
彼女が差し出した手首に、冷たい鉄の手枷がはめられた。
「ちょっと、これは……?」
十分に反省した。ちゃんと檻の中に入っていた。こんな酷い場所で何日も過ごしたんだから許されると思ったのに、彼女の声が震えた。何かが違うと感じ始めていた。
「連れて行け」
城の裏手、人目につかない小さな中庭だった。そこには台座と、黒づくめの執行人が待っていた。
「ヴィヴィアン・ヴァンローゼ。ならず者を集めて王国を騒がせようとした騒乱罪、及び殺人未遂の罪により、死刑を執行する」
兵士の冷たい声が、中庭に響いた。
「や、やめて! これは間違い! 私は無実よ!」
彼女は必死に抵抗したが、力の差は歴然としていた。彼女は台座へと引きずられていく。
「やっぱり、こんなのおかしい。誰か助けて!」
執行人が近づいてくる。彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「謝るから。ちゃんと謝るから」
彼女の懇願は、冷たい風に吹き消されていった。その言葉を聞く者は誰もいなかった。
「どうして……。悪いのは、あの女なのに」
それがヴィヴィアンの最後の言葉だった。彼女の意識は黒に染まり、二度と目覚めることはなかった。
彼女たちの悪行と処罰は詳細に記録され、王国の歴史書と教訓書の中に残された。ヴィヴィアン・ヴァンローゼの名は、嫉妬と傲慢の象徴として、後世に語り継がれることとなる。将来の世代が、「このようなことはしてはならない」という反面教師として学ぶための記録として。
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