2 帰り道

「――ねえねえ、見なさいよ、この輝きを」


 ルーペを目に当て、ルビアが宝飾品を眺めている。


「お嬢、目が悪くなるぞ」


「わかっているわ。でも、いいじゃない。これはわたしのものなんだから。まずはさ、台座から外して――洗浄が必要かしら――台座は溶かして――かーらーの、次にこっちのリングにいくわけね――」


 と一人で盛り上がっている。


 パルはドアを開けて運転室へと入った。


「こっちの話を聞いちゃいねえよ。まったく、何がわかっているんだか」


 運転席のトルマンが笑った。


「いいじゃないか。お嬢が喜んでいるなら、それはそれで」


「まあ……な」


 とパルは助手席に座り、頭の後ろで手を組んだ。


 雪上車は荷物を引きながら、エリア7へと向かっていた。モニターに映る信号を頼りに、自動操縦でひたすら真っ白な平地を進んでいく。


 空には星が光り始めていた。


「にしても、あの箱にまさかあんだけ入っていたとはな。お嬢の引きの強さには恐れ入るぜ」


 金庫には24K100gと刻印された金のインゴット二つと、銀のインゴット500g三つ、他にも宝飾品がリング、ネックレスなどの十二点、拳銃一丁、弾倉、手帳二冊が入っていた。


 パルは拳銃を構えてみた。


「どうだ?」


「いいねえ。雰囲気あるよ。使えそうなのかい?」


 トルマンが電子タバコを吸っている。


「どうだか。整備してみたら、いけるかもしれないが、あまり期待できないかもな。火薬も湿気ているだろうし」


「僕はそういったものは専門外だから、どうするかはきみに任せるよ」


「ん、ああ。――で、あとはこいつか」


 パルは手帳を広げた。


「手書きか……。どうやら、これは日誌みたいだぞ。ほら、見てみろ」


 手帳を受け取ったトルマンは、しだいに目を細めた。


「……えっと、これは暗号か何かかな?」


「いやいや、普通に書いてあるだろ」


「……もしかして、きみはこれを読めるとでも?」


「たしかに少し癖のある文字だけどよ、読めなくはないだろ」


「少しって……。すごいなあ、見直したよ」


「どういう意味だよ」


「いやいや、純粋に褒めているのさ。どうやら選ばれたのは、きみのようだ」


 トルマンは日誌を返してきた。


「……選ばれた、ねえ」


 日誌はだいぶ古いもののようだが、保存状態が良かったのか、紙の劣化があまりない。ページを大雑把にめくってみると、二冊とも文字がびっしりと書かれている。


 パルは改めて最初の一冊目から読み始めた。


 持ち主は農業を営んでいたらしく、最初は畑の状態など日常を書いた普通の日誌であった。


 あるときから世界が急速に冷え込みはじめ、農作物ができにくくなった、と不安を文章として残している。


 やがて世界的な食料不足となり、農作物の値が高騰し始めたそうだ。


 直接食料を手に入れるために、見知らぬ者がいきなり訪れて金品を置いていった。だが、そのような常識をもったものであればよかった。盗難が多発しだし、治安は悪化していった。


 殺人が近隣で起こり、恐怖に怯えるようになるには、そう時間はかからなかった。命を自身で守るために銃を手に入れた。


 ――希望はあった――地下都市が開発されているそうだ――安全な場所にいけるかもしれない――もう限界だ――遺伝子のレベルとは――条件に満たされないために除外された――神はこの世界に存在しないのか――。


 ここで日誌が終わっていた。


 パルは目を指で押さえた。


 雪上車が停まり、トルマンが着いたよ、といった。


「僕は補給してくるから、パルはおやっさんに帰るって連絡しといてくれよ」


 とトルマンは運転席から立ち上がった。


「あいよ、了解」


 パルは日誌を閉じ、二人はいったん生活スペースに移動した。


「外に出るけど、お嬢はどうする?」


 トルマンが訊くと、ルビアは答えた。


「あんたたちに任せる。わたしは忙しいの」


「だそうだよ」


「へいへい、そうですかい」


 と二人はヘルメットを被り、プロテクトスーツで全身を覆うと車外へ出た。


 パルは電波塔である高床式の建物へ上るため、リフトに乗ってボタンを押すと、ゆっくりと上っていく。


 下ではトルマンが、水タンクを背負ったAIロボットからホースを伸ばし、雪上車へと接続している。水は飲料の他にも雪上車の燃料にもなるのだ。


 過去に人類は化石燃料を使用していたが、技術の発達によりエネルギーの問題を大きく改善した。これにより、資源不足の世界であってもエネルギーだけは十分に確保できるのだ。


 AIロボットは六体おり、周辺の雪や氷を補給し、水へと溶かしてタンクに溜めている。


 電波塔の内部に入ると、モニターに映る女性のAIが出迎えてくれた。


 パルは手をあげた。


「よう、少し設備を使いたいのだが」


「――認証をお願いします」


 マイクロチップリーダーにパルは左手をあてた。親指のつけ根あたりにマイクロチップが埋め込まれている。


「――ギャザラーのパル様ですね、――認証いたしました。どうぞご利用ください」


「ありがとよ」


 パルはモニターの前に座り、エリア7のトパズへとメッセージを送った。


 本来の電波塔の役目はこの地上での目印のようなものだが、賢く使えば地下都市への通信として利用することも可能なのだ。


 ギャザラーが地上で活動するために、採集現場への道が不可欠だ。しかし、地上の通信インフラは既に機能しておらず、現在位置の特定も困難な状況にある。そのため、各地に設置された移動のできる高床式電波塔が、雪上車の頼りとなるのだ。


 実際には遠回りかもしれない。だが、どこも同じような雪と氷の風景であるため、電波塔を目指さなければ見当違いの方向へと進み、最悪の場合、生存圏に戻れなくなる。


 別大陸では衛星が生き残っていると話もあるが、そのうわさの真偽も出所も定かではない。


(……何か目新しい情報は)


 キーボードを叩き、地上に出てからの得ていなかったエリア7の情報を調べた。資源の価格推移、食料生産率、あとは事件や事故などだ。


 そのなかに気になる情報をパルは見つけた。


「――おいおい、まじかよ」


 モービルドライバーのアダマスが、レース中の事故に巻き込まれて、大怪我をしたとのことだ。


 公営の賭け事であるモービルレースで、彼は生きる伝説と呼べるほどの実力をもつ人物であり、多くの大会で結果を残していた。


 蓄えた豊かな口の髭がシンボルであり、イメージをロゴとしているアパレルブランドは一部の層で強い人気を誇っている。


 パルはため息をついた。


 AIへ適当に礼をいって、その場を後にした。


 リフトを動かすと、下ではAIロボットたちに囲まれているトルマンの姿が見える。


 地上へと降り、雪を踏みながら近づいた。


「遊んでないで、さっさと出発するぞ」


 パルがいうと、トルマンがAIロボットの隙間から顔をのぞかせた。


「少し待ってくれよ。彼らと話をしているから」


「話って、またか。お前な、こいつらは機械なんだぞ。いったい何が楽しいってんだ」


「彼らは人間みたいに嘘をつかないし、記憶も曖昧じゃないからね。実に楽しい。聞いてくれよ、彼らは彼らなりに大変みたいなんだ」


「あー、わかったわかった。お前が愚痴でもなんでも聞いてやってくれ」


 パルは雪上車に乗り込み、ヘルメットを外した。


 車内ではルビアがキッチンに立っており、湯を沸かしていたようである。


「お疲れ。――飲むでしょ?」


 ルビアは手に持った缶を振った。


「ああ……、そうだな。頼む」


 お湯を注ぐと、人工コーヒーの香りが車内に漂う。


「トルマンは?」


「楽しそうに機械と喋っている」


「そっかあ、好きだね」


「まったく、あいつは……」


「いいじゃない、別に誰に迷惑をかけているわけでもないし。――はい、どうぞ」


「ありがとよ」


 カップを置かれ、パルは喉を潤した。ほのかな苦みと香りが余韻に残る。


「ねえ、あんた少し元気ないわね。どうかした?」


「ん、ああ。……どうやら、アダマスがレースで怪我したらしい」


「なにそれ?」


「ほら、プロモービルの」


「――ああ、わかった。ひげの人ね。あんたがいつもいっている」


 ルビアは両手の人差し指を鼻の下にあてた。


「怪我って、ひどいの?」


「さあ、そこまで詳しくはわからなかったが」


「ふうん、そうなの。ひどくないといいわね。――ていうか、あんたまた負けたんでしょ」


 ルビアが笑みを浮かべた。


「……レースは、勝ちとか負けとかじゃなくてだな」


「何いっているの。賭けているのだから、それしかないじゃない。ギャンブルの才能無いんだから、ほどほどにしときなさいよ」


 パルはなにもいい返せず、カップを口へと運んでごまかした。


 しばらくすると、トルマンが帰ってきた。


「ごめん、遅くなったよ。つい話が盛り上がってしまってね」


「お前が楽しそうで、なによりだ」


「ねえ、トルマンもコーヒーいかがかしら?」


「いただこうかな。あっ、そういえば、彼らから良い情報を手に入れたんだけど――」


 三人はテーブルを囲み、人工コーヒーの香りを楽しんだ。

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