第3話 親族会議②


 会議には、将軍後継者を出せる徳川姓の六家のほかに、立会人として小田原藩主、松平長行と、隠居の長頼も同席している。

 しかし、ふたりには賛否を口にする権限はないらしい。


 事前工作の結果、おれの養子縁組に確実に同意してくれそうなのは、親父、田安家、紀州徳川家の三家。

 尾張は初代・義直の時代から忠長一族を敵視しているし、一橋は自分の息子を将軍にしたいだろうから反対にまわるはずだ。

 清水家は立ち位置がよくわからないが、万が一一橋側についたとしても、三対三。

 そうなったら、最後は家治の意向で決まるから、おれの西之丸入りはほぼ決定。


 正直あまりうれしくないが、ここまで来たら腹をくくるしかない。



 会議開催が決まったとき、おれは養子話が流れてもいいと思っていた。


 登城の翌日は、奇しくも前世の親父・秀忠の月命日。

 駿河徳川家では、秀忠と忠長の月命日には、一家総出で霊廟に参拝に行くことになっている。


 秀忠の霊廟がある芝増上寺は、駿河藩上屋敷の南隣。

 増上寺本堂南側に建つ台徳院秀忠霊廟には、赤い総門をくぐって入る。

 中でもうひとつ門を入ると、右手に小ぶりな唐門があらわれる。これは隣接する崇源院(お江)霊牌所に通じている丁子門。


 おれたちは、さらに奥に進み、五重塔を背にして建つ奥院まで登っていく。

 最奥の覆堂内に納められた宝塔(墓塔)前でぬかづいた刹那 ―― 全身が固まった。


 ピクリとも動けないおれの周囲には、坊主の唱える読経がいくえにも重なるエコー音となって流れる。


 と、そのとき、坊主の声質ものとはちがう渋い重低音が脳内に響いた。


『わが唯一の嫡男』

『立ち上がれ』

『時はきた』


 ギャー!

 まちがいなく前世の親父だ!!


 フリーズしたまま、ダラダラ冷や汗をうかべていると、


『なるのです~ なるのです~ なるのです~』


 今度は、甲高い女声が。


『将軍に なるのです~』


 おふくろまでー!


(わ、わかりました! 全力で取りにいきますからっ!)


 心の中で絶叫した瞬間、金縛りが解けた。



 その後のことはよく覚えていない。


 ミニ日光東照宮みたいな霊廟からダッシュで帰宅し、すぐさま田安家に先ぶれを出して、宝蓮院とのアポイントを取りつけた。


 おれ的には「養子話が流れたらラッキー」と思っていたが、前世の両親は絶対にそれを許してくれないらしい。

 戦国乱世を生き抜いたあいつらは、おれや今世のヘナチョコ親父など足元にもおよばぬくらい残留思念が強そうだ。逆らったら、どんな恐ろしい報復を食らうか想像もできない。


 かくして、おれは心ならずも、多数派工作に走るハメになったのである。



 そして迎えた親族会議の日。


 今世の親父はあいかわらず、


「はぁ~、めんどくさ~、早く帰りた~い」な気だるいオーラを垂れ流している。


 まずは、一票。


 つぎに、一分の乱れもない裃姿で、キリリと前方を見すえる青年を盗み見る。


 田安家代表・松平定信で、二票目。


 最後に、細身の初老のオッサンをながめる。


 紀州藩主・徳川治定。


 なんでも、『天下の三賢君』のひとりといわれる名君らしい。

(ほかのふたりは、米沢藩の上杉鷹山と、熊本藩の細川重賢だとか)


 その治定は、というか紀州藩は、ある事件がもとで、上総介家に未来永劫逆らえない弱みをにぎられている。


 ということで、三票目。



 やれやれ、これで、なんとか勝ち筋が見えたぜ。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る