滅亡一直線の組織(幕府)を押しつけられました
岩槻はるか
第1話 江戸城中奥 楓之間
「じつは、少々難航しておってな」
徳川第十代将軍・家治は、物憂げにそうぼやいた。
「こたびの縁組に、
『こたびの縁組』というのは、先日、言い渡された家治と
主殿こと老中・
じつは、田沼家と一橋家はズブズブな関係で、意次の正妻は一橋家家老の娘。意次の弟・
そのうえ、意次は政権基盤を固めるため、ほかの幕閣数家と縁組をしており、老中のほとんどが田沼シンパなのだ。
こっちの世界でも、豊千代の西ノ丸入りはほぼ確実と思われていたが、ダークホース(おれ)の出現で、意次が意図した『一橋家に恩を売って、次代でも権力の中枢に!』という目論見はついえた。
意次ら田沼一派が、この降ってわいたような養子話に抵抗するのは当然だろう。
「政権内に禍根を残す恐れがあるのなら、わたくしはご辞退させていただいてもかまいませんが?」
ゴチャゴチャもめるようなら、ムリに世嗣なんかにならなくても……。
そうすれば、おれもめんどうな重責から解放されて、親父たちとキャベツやトマトでも作って、のんびり暮らせるし、願ったりかなったりだわ。
「それはならぬ!」
「「なりませぬ!」」
スローライフに思いをはせる少年の夢を打ち砕くオッサンたち。
「なぜですか?」
つい気心の知れたやつらをジト目でにらむ。
今回の養子話で、小田原藩主・松平上総介
今日は、養父(仮)に突然呼びだされたので、ふたりにもついてきてもらって、現在、江戸城中奥最深部に建つこの『楓之間』 ―― 小姓連中でさえうかつに入れない小部屋で、密談中なのだ。
「なぜだと? 決まっておるではないか、一橋の者を将軍にするわけにはゆかぬ!」と、じいちゃんが吠え、
「忠長さまのお血筋から将軍を出すのが、当家創設以来の悲願ゆえ」と、上総介が迫り、
「この歳で諸学を修め、施政についても老中顔負けの識見をもつ得難い人材を手放すなどありえぬ」と、家治までもが退路を断つ。
「施政……」
そりゃそうだ。
前世では、二十年ちかく政治を主導してたんだ。
叔父の松平忠輝は内政は苦手らしく、もっぱら荒事担当で、家光期の政策決定のほとんどにおれはかかわっていた。
学問にしたって、過去にあらかた習得済みで、武芸も実戦経験豊富な武将たちにガッツリしごかれて基礎は完璧だ(その技を、使えるかどうかは、また別な話だが)。
そういえば、家治から派遣された幕府お抱えの儒者から、学力調査のための口頭試問を受けたとき、おれがサクサククリアしたものだから、
「国松さまはいったいどなたからご指導を?」と驚かれて、うっかり、
「林羅山や天海から」と答えて、絶句されたっけ。
そのあと、「い、いや、当家では代々、林らの教えを相伝で学んでおり……」などと、しどろもどろで苦しい言い訳をしたのは記憶に新しい。
ちなみに、林は百二十二年前の明暦の大火直後に、天海は百三十六年前に死んでいる。
「それならば」
いいかげんかったるくなってきたおれは、渋面をつくるオッサンたちに、冷めた目を向けた。
「いっそのこと、家光の出自から将軍位継承の儀まで、洗いざらい公表してはいかがですか? 御三家・御三卿全員を招集したうえで」
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