6 名前で呼んでくれ

オリンピアの練習場横、報道関係者用のカフェブースは、酸素濃度をわずかに高めに設定してある。

ルシーダ・コルサはその片隅で、タブレットを指ではじいていた。

「また、俺の“嘘”について取材?」

セロ・イグナートは、紙カップに注がれたコバルト色のスポーツドリンクを飲み干しながら、椅子に浅く腰かけた。

「今回は、ちょっと違うテーマ。」

「テーマ?」

「あなたが火星で一番最初につけられたあだ名は?」


セロは呆れたように笑う。

「ダイバーに決まってるだろ。」

「それ以外の名前を知りたいの…たとえば、弟のナシール君はあなたを何て呼ぶ?」

「昔は“兄ちゃん”だったけど、今は、“嘘つきブラザー”かも。」

ルシーダは微笑んだ。

「じゃあ、私が新しいのをつけても?」

「なんだよ、怖いな。」

「ルーレットマン!」

「だっせえ!」


ふたりは同時に吹き出した。


セロは財団を立ち上げた。

弟のような、児童労働の影響で健康被害に悩む子どもたちを救済する活動をスタートさせた。

前所属チームに支払われた、セロの移籍金から活動資金を引っ張ってくるなど、立ち上げには、チームメイトのヴィーダが協力してくれた。


その日の午後、ルシーダはセロをレストランに誘った。

取材という体だが、オシャレな椅子に腰かけたセロはそわそわしている。

「火星の創作グルメといったら、ここ!再構成食品がぶっ飛んでるの。」

出てきたのは、発酵藻と昆虫タンパクを融合させたパテを挟んだバーガー。

バンズには月面小麦と火星由来発酵酵母、そして謎の「あなたの味」ソースがたっぷり。

「ごめん、こんな…定住民の来るようなレストラン初めてで。」

「あら、私も初めて来たのよ。一応、国内3位の有名店。未来っぽさで3位。」

セロはバーガーと呼ばれたモノに、かじりついてみた。

「母親のステーキソースの味だ…。」

「あなたの味ね!脳に作用して想い出の味を再現するのよ。」

懐かしい味わいに感動していたセロが説明を聞いて眉をひそめる。


続いて出てきたのは減圧調理された「無重力パフェ」。

泡立ちすぎたクリームがテーブルに浮遊している。

「なんだよこれ!」

「火星名物、重力に逆らう甘さ。」

二人は笑いながらスプーンで泡を追いかけた。


ルシーダは、セロを見据えて真剣に聞いた。

「ねえ、本当は…自分のこと、なんて呼ばれたい?」

セロは少し考えてから答えた。

「そうだな。セロがいいな。誰かにちゃんと呼ばれるの、久しぶりだから」

ルシーダの胸の奥が、わずかに震えた。


ルシーダは取材メモにこう記した。


─火星リーグに最低で最高のマリーシアと革命を持ち込んだ「セロ」。彼は自分の「名前」を正しく呼ばれたかっただけなのかもしれない。―


その文字を眺めて、ルシーダは頬が熱くなるのを感じた。

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