② チュートリアル&ハローワールド
――時は西暦2075年。
それは国家間の戦争の主舞台が、鉄と火薬で命を奪い合う戦場から、あらゆる手段で機密データを奪い合うインターネット上にシフトした時代。
軍事機密、社外秘の新技術、果ては政界財人から著名人のスキャンダル等……それらのデータは時に政治目的で、時に金銭目的で奪い奪われ、その影響力は国家経済を傾けるほど。
そんな大電子戦時代において、人類はひとつの発明を生み出した。
それは専用の
名を、電脳世界〈
総
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電脳座標A-417。
夜を裂くようなネオンライトで彩られた摩天楼の群れ、その威容から隠れるような電子の世界の路地裏に、少年の悲鳴じみた絶叫が響いた。
「
少年の名はカギヤ。
そんな彼に詰め寄られている少女の名はアリス。電脳の海を思わせる青い瞳を持ち、緩く波打つ金髪を背まで流した、西洋人形を思わせる可憐な少女。
カギヤの鼻息荒い様子とは対照的に、彼女は耳馴染みのない言葉に首を傾げた。
「えっく、すたー?」
「〈
そんなの聞いたことも無い、とばかりにキョトンとした顔のアリスの様子に、カギヤは大きく溜息ひとつ。
数分前、この細い路地裏で起こったひと騒動――黒装束のアバターたちに襲われていたアリスを、『
「はぁ……『報酬』ってのは『SNSで〈
「は、はい……」
「ちえ。結構良いアバター使ってんだから人気者だと思ったのになぁ。頼れるヒーローとして紹介してもらったことをキッカケに大バズり、そのまま人気者になるというオレの完璧な計画が……」
ブツブツと小さく溢す少年の声は努めて無視して。
アリスは曲がりなりにも自分を助けてくれたカギヤの雄姿を思い出し、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございました」
「……おう。あー、どういたしまして?」
「(なんで疑問形?)」
カギヤの歯切れの悪い返事を最後に、路地裏に沈黙が下りる。
多少の気まずさを感じながら、アリスはカギヤに言われた通りに『ログアウト』しようとして……はたと気付く。
「……あの」
「うん?」
「その……『ログアウト』ってどうやるんですか?」
やり方が分からない。
その言葉に、カギヤは虹色の目を白黒させた。
「――あんた、〈
「は、はい。というよりここはどういう所なんですか? それに、さっきのカギヤさんが出してた剣や、襲って来た人達が撃ってた銃みたいなのは一体……」
「マジ? 全然知らねーの? 〈
何も知らない様子の初心者・アリスに対し、カギヤは意気揚々と先輩風を吹かせて語り出す。
ぴ、と彼は人差し指を立てた。その先にある夜空に浮かぶのは、星ではなく
そう、この世界は
「ここは電脳世界〈
そこまでを聞いて、アリスは頷く。ここまでの説明に違和感はない。現実と似た、現実とは違う仮想の世界。それはこれまでの短い経験で体感として理解できていた。
だから、問題はここからだ。
「……あの、ならさっきのは何なんですか?」
「さっきの?」
「私を追いかけて来た人達……アバター? たちのことです。それに、彼等が持っていたあの銃とかは一体……」
アリスの疑問。それは自分を集団で追い銃のようななにかで襲って来た黒ずくめの集団の事。
ここが『仮想の世界』だと言うなら、あの『銃』やカギヤの『剣』に一体何の意味があるのか、ゲームなどと同じで斬られようが撃たれようが実際に何か被害があるわけではないのではないか……そんなアリスの疑問に、カギヤは「オレにとっては常識だけどそれもそうか」みたいな顔で語り始めようとする。
「ああ、アレは
『――
「え」「!」
が。
上から降る、声。
同時、振り向いたアリスの視界を眩い閃光の礫が埋める。
先のと同じ『光の銃弾』――それに
バチィ!!
銃弾の雨霰を防ぐは半透明の
そんな半透明の壁越しに、カギヤは銃弾の発射先である上を見上げる。
「噂をすれば、か」
「……!」
「チュートリアルだ初心者様。アレが『
路地の壁の上、建物の屋上。
こちらを覗き込んでいたアバターが、タンと床を蹴って飛びふわりと目の前に着地する。
そのアバターは、一見して
身長は3mにもなるだろうか。長身の割にいやに細い枝のような胴の上に乗るのは、黒い帽子を被った男の頭。影になった顔、鋭角で人間離れしたそこに張り付いているのは、獲物を見つけた猫科の肉食獣のような嗜虐的かつ不気味な人相。正にギリギリ人型と言える怪物の如き異様な威容……そこまでを見てやっと、アリスは目の前のアバターが、既視感のある黒ずくめの装束に身を包んでいることに気が付いた。
何故なら、その身長よりも人相よりも、圧倒的に目を引くものをそのアバターは持っていたから。
それは、腕。
胴と同じく細く長い四つの腕が、蜘蛛が巣を張るように四方に広げられている様は、まるで今にも獲物を絡めとらんとするような圧があって――。
ざ、とアリスを庇うように前に出るカギヤ。彼は異形を前に微塵も怯む様子なく、寧ろ楽し気に口の端を吊り上げる。
「見てろよアリス、そして出来れば拡散ヨロシク! そんな最低の悪者を、超カッコよく成敗するオレの雄姿をな!」
ダッ、と。
圧に固まってしまったアリスの脇をすり抜け、駆け出したカギヤが倍近くの身長差を物ともせず四つ腕男に飛び掛かる!!
「
呼ぶ声と同時、徒手だったハズのカギヤの手の中にはかの『光の剣』が顕現し。
黄金閃光軌跡を描き、不意を打たれた異形を斬る!!
SLASH!!
斬撃は空中にありありと残光を残しながら、躱しきれなかった細い胴体を袈裟の形に切り裂いた。
斬られた四つ腕の体から、血のように吹き出す真っ赤な『ERRER』ウィンドウ。
『
同時、細い四つ腕が独立した機械のように蠢き、蛇が獲物に狙いをつけるようにアリスの方へと向いた。その手のそれぞれに握られているのは、黒づくめたちが持っていたのと同じ、銃。
「!」
引き金が引かれ、銃火閃き、咄嗟に反応などできないアリスへ銃弾が喰らい付かんと空を奔り。
「危ねッ!」
咄嗟に追撃を諦めたカギヤが再度展開した『
ざ、とカギヤと異形の間合いが開く。
重心を下げ――とは言ってもその頭はアリスの視点よりも余程高いが――油断なくこちらを睨む四つ腕二つ脚の巨大昆虫じみたアバターを前に、カギヤもまた『防壁』を展開した姿勢のまま、手元に現れた半透明の
「なるほど、オマエ、さっきの奴等――
『
「一緒にすんな
『
言って、捻った首を戻した異形のアバター……カギヤ曰く『バー・クー』と言う名の男は、虫じみた体を不気味にいからせ一歩接近。ずあ、とその異形の長身から放たれる圧が更に増し、アリスを庇って立つカギヤを睨み付ける。
『
「イイね、部下と違って話が早くて――来いよ悪党、ド派手にやろうぜ!」
だが、その圧をカギヤは軽々と跳ね返し……いや、寧ろ嬉々として受け止めて啖呵を切り。
ばちり、視線がぶつかって不可視の火花を散らし。
そして両者は、同時に叫んだ。
電脳の世界にて敵を討つ、己の武器を呼ぶために。
『兵装四機同時起動、〈
「演算領域限定解放、『
バー・クーの四つの細長い腕、その先に握られていた四丁の光の銃が全て、一層禍々しい形状に変化する。
対し、カギヤの突き出した掌の先に展開されていた半透明の
異形の銃と多層の盾。
矛盾の結果は、果たして――。
銃口が鋭い閃光を吐き、光弾の悉くが防壁に激突。ギャリギャリと硬いものを削るような異音が輪唱し、その度路地を銃弾の断末魔のような光が照らす。
先程アリスが抱いた印象が「雨粒と傘」なら、此度は「濁流と防波堤」だった。荒れ狂う銃弾の群れは強固な壁に絶え間なく襲い掛かり、弾かれ退けられても諦め悪く次の波として押し寄せる。
今にも防壁が破られてしまうのではないか……そんなアリスの印象に反して、しかし重なった壁は最初の一枚目さえ破られていなかった。
そんな中、己の優勢をアピールするかのようにカギヤが口を開く。
「チュートリアルのついでに教えとこう。解説その一……『
『
それは電脳世界〈CLONE〉にて"形を得たプログラム"、その一例。旧来のインターネットにおけるハッキングツールが電脳世界のシステムに適応し、剣や銃などの攻撃的な
その能力は細部こそプログラムの内容にも寄るが、基本は同じ……任意のアバターを『攻撃』してそのアバター内のデータに違法干渉する、電子戦ならぬ電脳戦を行う為の『武器』である。
つまりこの『銃弾』に被弾すれば、自分の意志に関わらず銃手にデータを操られる……そこまでを理解して、アリスはぞっと身の毛がよだつ思いだった。何故ならそんな危険なものが、己に向かって雨霰と降り注いでいるのだから。
しかし、そんな恐怖の『銃弾』を防ぎ弾き霧散させる――カギヤが展開する、多層の防壁。
「そして解説そのニ。『
『
こちらは旧来のインターネットにおけるファイアウォールが、半透明のバリアやアバター内面の鎧としての形を得たもの。
その能力は見ての通り、『
「分かりづらいならゲームかファンタジーに当てはめてくれればいい。
「は、はい!」
「さっき逃げ回ってたのは正解だぜ。『
急に名を呼ばれて驚いたアリスは、先の対応を褒められて更に驚いた。あんなものはただ怖くて必死で逃げただけだ。それを『
そんな彼女と同じように「予想外」に直面していた者がこの場にはもうひとり……そう、未だ防壁の一層目も突破できていない、銃型
『
「当たり前だ、Dos系は対策してんだよ(まあ防壁の
『
「当然だろ。プロのハッカーってのは、
『
銃撃が止む。
同時、フッ、とバー・クーの四つ腕の全てから銃が幻影のように掻き消える。
銃を手放した……しかし、それは攻撃の中止を意味しなかった。
すらり、と虚空から剣を抜くように。交差した四つ腕は敵対者に見せつけながら、新たな武器を招来する。
『
抜かれたのはカギヤのそれと同じような『剣』の
瞬間、閃くは刃。
うねる異形の肉体が同時に振るった嵐のような四刀が、カギヤの展開していた
踏み込みはアリスには見えぬ程
ぴしり、と
ギャリギャリギャリ!! と鉄を擦るような斬撃音が路地裏に飽和する。長い四つ腕による苛烈なまでの連撃は、最早異形の嵐であった。疲労の無いこの世界において、斬撃の切れ間など今無い以上いくら待とうがやってこない。例えあったとしても、その前に――ピシリ、と防壁に入った罅が、連撃に耐え切れずいっそう大きくなる。
「(剣型の
ちら、とカギヤが見やるのは、後ろで怯えるアリスの姿。
「(オレが防壁消すとアリスを狙われる! 初心者だから
カギヤは浮かんだ疑念のままに、あと少しばかり時間稼ぎの効果を期待し叫ぶ。
彼が見る限り、アリスは何も知らないただの初心者だった。
そんなカギヤの上げた叫びに、バー・クーは斬撃を続けながらもどこか呑気に反応する。
『
「知らねーよ! なんせテメエの部下がロクな情報持ってなかったんでな!」
『
だが、今はそれについて思案を巡らす時間など無い。電脳防壁の一層目は斬撃の連打に耐えられず、今にも砕けてしまいそうだ。
内心滅茶苦茶に焦りつつ……カギヤは脳内でふたつ作戦を思い付き、確実な方を素早く選んでこれしかないと叫ぶ。前ではなく、後ろに。
「――アリス! あんた、ログアウトできるか!?」
「え?」
「10秒なら絶対耐えれる! その間にログアウトしてくれ! 連絡は
それがカギヤの作戦。自衛の手段を持たないアリスが居なくなり自分1人になれば、こんな
「で、でも私、やり方が……」
「『ログアウト』って言えばいい! そしたらウィンドウが出て来るからそれを操作してくれ!」
「は、はい……『ログアウト』っ」
剣の嵐が壁を削る音が響く中、アリスは言われるがままにそう叫び。
何も、起こらない。
「あれ……『ログアウト』! 『ログアウト』!」
「(? 音声認証が反応しない? 言語設定の問題か?) あっと、ウィンドウ開いてそっから操作できるか!? ウィンドウの開き方は同じだ!」
「は、はい。『ウィンドウ』」
ヴン、とアリスの手元に半透明の
「……あの、カギヤさん! ログアウトボタンってどこにあるんですか!?」
「メニュー開いてすぐ、左下だ! なるはやで頼む!」
「は、はい……」
左下、左下……とアリスはメニュー画面の中を探し、そして今度こそ『ログアウト』ボタンを――。
ない。
メニュー画面の左下にあるのは、ドキュメントだの設定だのの項目だけで……肝心の『ログアウト』が見当たらない。その代わり、それらの項目の一番下に、タップしても何の反応もない不自然な空白がある。左下のここに『ログアウト』ボタンがあるのが一番収まりが良い気がするのに、何故だかそこには空白しかない。
「アリス、どうした!?」
「え、えっと……」
どう答えたものかと口籠るアリス……そんな彼女は聴いた。
バキン、と。電脳防壁の一層目が、遂に剣戟に耐え切れず砕け散った音を。
残りの壁は三層――否、今二層になった。何故ならカギヤが、一層分のリソースを使いこちらも『剣』を出したからだ。だが、その剣が向く先は。
「しゃあねえ、オレが外から直接『ログアウト』機能を起動させる! それでいいか!?」
「え、っと――」
「大丈夫、他のデータには一切見ないし触らねえから! 頼む、そろそろ限界……いやサブプランもあるにはあるけど、そっちは間に合うか微妙なんだ! ハックさせてくれマジお願いしますなんでもするから!」
「は、はいっ!」
そして。
斬撃の嵐が防壁を打ち付ける中……カギヤは『強制ログアウト』のため、
外見上は猟奇的な展開に、アリスは思わず身構えて目を閉じ……1秒、2秒、痛みや違和感を感じず目を開ける。確かにその腹はカギヤの『
「(――意外と何も感じない? 刺されてるのに痛くない、どころか触感もない。幽霊みたいにすり抜けてる感じ……見た目はショッキングだけど、あの血みたいな『ERRER』のウィンドウも出ないし……)」
「よし、予想通り
ブツブツと早口で独り言を呟いていたカギヤ、その表情がやにわに固まり。
瞬間、彼の手元の『剣』にノイズが走って――。
「うわ!?」
ばちん、と。
アリスを貫いていた『
予想外の展開に何が起こったか分からず固まるアリス。しかしカギヤの驚愕は、その何倍も大きかった。
「――は? オレの
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
横殴りに襲い掛かって来た二本の刃がカギヤの胸と胴とを強かに打ち、その体を路地の壁まで吹き飛ばしたからである。
下手人は勿論、四つの『剣』を細長い四つの手にて踊らせる異形のアバター、バー・クー。
「カギヤさん!」
『これは
「(やらかした……!
激突した壁に背を預けたままのカギヤは、まるで言うことを聞かない、輪郭の揺れる己の体に歯噛みする。その体から出る真っ赤な『ERRER』ウィンドウは、駆け寄ったアリスに絶望を悟らせるには充分だった。
そんなアリスを見下ろしながら、糸にかかった獲物を追い詰める蜘蛛のように、異形のアバターは四つ腕を広げて近付いて来る。その様は小さな蟻を追い詰める巨大な毒蜘蛛の如く……迫る怪物は冷血な捕食者にも、喜悦に噎ぶ悪人のソレにも聴こえる感情を抑えきれない声で嗤う。
『
「――え?」
「……なるほど、ね。そういう、ことか」
ともかく、アリスもカギヤも碌に動けず。
怪物は四つの剣による包囲網をじりじりと狭めながら、呆然とするアリスの
「――なあ」
ふと。
立ち上がる事すらできないカギヤが、動けぬままに声を上げた。
「バー・クーって言ったっけ。気になるんだが、アリスを襲ってアンタに何の得がある?」
『
不可解、とバー・クーが異形の胴に乗った長い首をぐにゃりと傾げ。
対し、カギヤはそれこそ悪役のように、底意地悪くにやりと嗤った。
「決まってるだろ――ただの時間稼ぎだよ」
瞬間。
飛来した青色の流星が、異形のアバターに突き刺さった。
長身の端から端まで波及する、衝撃。
「
叫ぶ間もなく。
細長い胴が衝撃から「く」の字に折れ、そのまま大きく吹き飛ばされる。
呆気にとられたアリスの眼前で、ばさり、藍色の髪が翻る。
青い流星と見紛うほどの速度でバー・クーを吹き飛ばした、否殴り飛ばしたのは――両腕にカギヤの『剣』に似た青い光を纏った、髪の長い人型のアバターであった。
「ギリギリセーフか……ったく、待ちくたびれたぜ」
カギヤの『
そんな仲間の1人、3m越えの巨体を殴り飛ばした――この世界に重さや膂力という概念があるのかアリスには見当もつかないが――アバターが、たんと軽い音を立てて着地する。
それは機械のようなデザインのマスクで顔の下半分を隠した、細身の人間に見えるアバターだった。身長はカギヤより少し高いくらいか……立ち姿が堂に入っているせいか、随分とスタイルが良く見える。長い髪の下から覗くのは、ぞっとするほど怜悧な目。
日本刀のように昏くギラつく、見るもの全て切り裂くような鋭い視線がアリスを見やり……通り越してカギヤを見つけると、「にこ」と一瞬前の鋭利さが嘘のように柔和に微笑んだ。
「――カギヤ、大丈夫?」
「まあ見ての通りだ。助かったぜ――
Ego、と呼ばれたそのアバターは、カギヤに手を貸し立ち上がらせながら……こてん、と首を傾げた。
「ごめんカギヤ……『見ての通り』って言われても、僕は
「いやその……今のはさぁ、無様にミスったオレの精一杯の強がりじゃん! 適当に流して欲しかったっつーかなんつーか……!」
「あ……ごめん」
「(な、なんだろうこの微妙な空気……ていうかこの人、男の人? 女の人?)」
マスクで顔の下半分を隠しているからか、乱入者Egoの性別は判然としなかった。声もまた男とも女とも取れるような美麗さと凛々しさが入り混じったもの。
一瞬で路地裏を包んだいたたまれないような空気に、そして外見でも声でも絶妙に性別を判別できない乱入者にアリスが戸惑っていると。
『
バー・クーが吹き飛ばされた方向から、叫び声と共に銃弾が飛来。反撃の乱射がアリスらに喰らい付かんと迫り――。
「――
凛と声、響く。
瞬間、虚空より真紅の薔薇が現れ――それは半透明の赤き壁となり、迫り来る銃弾を弾いてアリスらを守った。
今の防壁を張ったのはカギヤではない。そんな素振りはなかった。
それを証明するかのように、カツン、と声のした方から足音が響き、もう1人のアバターが姿を現した。
それは「女性」と言うよりは「少女」という呼び方がしっくりくるような華奢なアバター。完璧なモデルウォークだが、モデルというには身長が足りておらず可愛らしい印象の方が強い……が、そんな印象を打ち消すようにヘルメットのようなごついヘッドギアを装着し、目元含めた顔の上半分を隠している。全体的な色の印象は赤と黒で、服装と白い肌との対比が眩しい。ぴょこん、とスタイリッシュなヘッドギアの隙間からふたつ飛び出た金の束は、ツインテールの房だろうか。
そんなアバターはカギヤの前でヒールを鳴らして立ち止まると、あまりにも苛烈に言い放つ。
「ハッ、今日はまた一段と無様ねカギヤ」
「おまえはなんでいっつもオレの敵みたいな言動なんだよ――ロゼ」
ロゼ、と呼ばれた少女は、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
……何と言うか、怖い。言動に宿るのは反抗期の子供が照れ隠しするような微笑ましさではなく、最早敵意まで感じる気がする殺気立った刺々しさだ。未だに赤い
そんな彼女の態度に慣れているのか怯む様子なく、カギヤは軽い調子で罵倒を流し腕を回す。
「……よし、動き戻って来た……データも問題なし。もういいぜ、ロゼ」
「あっそ。じゃあ
「金とんのかよ!? しかもイヤに現実的な範囲の高額さだし! オレら一応仲間だよな!?」
「(……仲間、なんだよね?)」
仲が良いとはとても思えないやりとりに、だんだん不安になってきたアリス。
そんな彼女の方を思い出したかのようにカギヤが振り向き。
「安心してくれアリス。こいつらはオレの仲間……宇宙最強銀河席巻の、世界一頼れるメンバーだ」
そして彼は再び前に出る。
「ロゼ、Ego。アリスを頼んだ」
「任せて!」
「はいはい。特別に
アリスを置いて。アリスを庇う位置に立った2人を置いて。
復活を果たしたカギヤは、あちらも不意の襲撃で崩れた姿勢を立て直したバー・クーの前に1人立つ。その顔に、背後からでもそうと分かる程の笑みをありありと浮かべて。
「さて――改めて
『……
援軍にアリスの守りを任せる事により成立した、正真正銘の一対一。
……当然、バー・クーは気付いている。アリスの傍に控える性別不詳と少女の2人が、カギヤを援護する可能性に。だが……目の前の、勝気を超えて不敵な少年の笑顔が、その言葉に嘘が無い事を何よりも雄弁に語っていた。
――
異形の巨躯は不敵に笑う少年を前に居住まいを正し。じり、と西部劇の決闘の如く、路地裏に空気を焦がすような緊張が走る。
片や構えなき余裕の無形。片や四つ腕を交差させ逆側の腰に当てる居合の構え。膠着が爆ぜる瞬間を今か今かと待ちわびる虹の瞳と、気圧されぬよう睨み返す黒づくめの間で火花が弾け。
奇しくも彼我の動き出しは、鏡写しの如く同時――。
『
「
虚空より剣を呼び、残光刻みて刃奔る!
絢爛なりし黄金の剣を迎え撃つは、輝きで劣れども数で勝りし異形の四刃。長く細い腕はその利点を十全に発揮し、倍以上の手数と
一つ当たれば隙ができ、二つ当たれば動きが止まる。三つで遂に脱出不能、四つ目でアバターは四散消滅。
そんな猛毒の斬撃が四つ、寸分違わず同時に奔る――狙いは右上、左上、右下、左下。
四方からの刃は檻のように、回避能わぬ絶対不可避。
を。
「
ガキン!! と。
カギヤの檄に呼応して現れし半透明の防壁が、衝突音響かせながらも押しとどめた。
鍔迫り合ったのは約1秒。
その僅か1秒は、ハッキリと彼我の明暗を分ける値千金の1秒であった。
――1秒の間に、カギヤの
恐れ知らずの吶喊か、計算ずくの行動か、それを問うことに意味は無い。
刹那。
敵に肉薄するその手の中で瞬くは、今悪を討つ金色の光――!
「お、らあ――ッ!!」
『
眼前に迫る眩い敗北を前に、しかして恐れを振り払い。獲物を取り逃がした四つの刃が、諦め悪く強引に軌道を変えて獲物の背後より猛追する。
変則的な攻撃を成立させるのは、異形のアバターを十全に扱う修練の果てに習得した技術。
刃に乗るのは矜持の重み――
だが。
そんな
常勝を謳う黄金の切っ先は、微塵の揺れも迷いも無く、乾坤一擲の気合と共に突き出され――。
STAB!!
一撃貫通――金の閃光、正義纏いて悪を貫く!!
黄金の剣の
『
大量の『ERRER』ウィンドウを鮮血のように、輪郭の揺れる
そんな彼を貫いた姿勢のまま、カギヤはその野望を一刀両断するように告げる。
「エラーコード404だ。テメエが大金を手にする未来はもうこの世のどこにもないぜ、
『
そしてカギヤは、敵に突き刺した黄金の剣を、鍵でも回すみたいにがちゃりと捻り。
それで、バー・クーの異形の体はポリゴンになって爆発四散……細長い巨躯の
決着。
勝者――正義のハッカー・カギヤ。
宣言通り、一撃必殺の瞬殺であった。
呆気にとられるアリスの方に、カギヤはくるりと振り向くと……その顔に浮かんでいた真剣な表情はたちまち霧散した。
「ふぅ……どうよ今の決め台詞! カッコよくね? これ投稿すれば大バズり確定じゃね? なあEgo!」
「あ、ごめんカギヤ。録ってなかった」
「え、マジ? じゃあオレは一体何のためにカッコつけたん!?」
「まあ良かったじゃない。大バズりじゃなく大恥かかずに済んで」
「おいロゼどういう意味だそりゃ!?」
「普通の理解力があれば確認は不要だと思うけど?」
わいわいぎゃあぎゃあ。
訊きたいことが山ほどあるのに口を挟めない、とアリスが逡巡していると。
「あの、えっと……」
「アリス! あんたはこのカッコよさが分かるよな!?」
カギヤがこちらに会話の矛先を向けて来た。
正直あんまり聞いてなかった話題を振られて答えに窮するアリスを見て、ロゼが会話をぶった切りカギヤに確認する。
「それで、彼女が?」
「ん、ああ。久々の依頼人で、ログアウト不能の被害者だ」
そこだ。
アリスが尋ねたいのはそこである。カギヤも自分に訊きたいはずだ。
だが。
「お互い色々訊きたいことはあるけれど……話は後よ」
「?」
「まさか」
ロゼが上を指させば――仮想の夜空に点滅する赤。ファンファンと遠くから聴こえてくる、段々と近付いて来るサイレンの音。
それだけでカギヤは何事かを察し青くなった。
「げ、『
「え? え?」
カギヤがアリスの手を取って走り出すのと、真っ白な服を着たアバターが路地の中に建物の屋上に現れるのは同時だった。
『こちらB班、
「やべ、見つかった!」
『そこの四人組、止まれ! 我々は治安維持のため
「へっ、止まれと言われて止まる馬鹿がいるかよ、ってな!」
「あ、あの!? カギヤさん、これは一体――」
『集合!』『総員、鎮圧用
次から次へと訪れる急展開に混乱するアリスへ、カギヤは一言。
「言い忘れてたな初心者様――ようこそ、電脳世界〈CLONE〉へ!!」
ばっ、とカギヤらが地を蹴って路地を脱出し――。
気付けばそこは空中であった。路地の先に道は続いておらず、ただ断崖があるのみで。
ふわり、体が浮く。アバターが仮想の重力に囚われ落下を始める。
「――」
それでもアリスの口から悲鳴が出なかったのは……眼前に広がる光景を前に、呼吸すら忘れてしまったから。
競うように乱立する摩天楼は、地の底もまた突くかのように浮かびネオンライトを撒き散らす。
縦横無尽に交差する空中道路に行き交うは、多種多様な無数のアバター。
空を走る車の群れは賭けレースのデッドヒート中、下を飛ぶ竜や鯨は大企業の広告を腹に背中に映し仕事に励む。
右を見ればビルの壁面にどっかの歌姫のライブ映像、左を見れば空中に浮かんだ巨大
見上げれば先程まで居た路地裏の街が、建物の根が突き出た地下を晒して遥か遠くへ。そして落ちていく先は、現実の大都会の何倍ものビルと光と活気で満ちたサイバーシティ。
そこでは天も地も境なく、天は地であり、地もまた天であった。
情報の洪水による処理落ちで声が出ない――。
そんな
彼女の手を取ったまま、自称正義のハッカーは新人を歓迎するように笑った。
ここは電脳世界〈
10億人が蠢く眠らぬ街にして、あらゆる奇跡が日常へと堕とされた非現実の空間。
高度に発展した
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