血月の誓い 〜生贄の一族と吸血鬼の花嫁〜
桜塚あお華
第1章 迷イ路
第01話 帰り道の異変
(……今日もめんどくさい一日だったな……人付き合いも、騒がしいのも苦手だし。修学旅行なんて、疲れるだけだ)
車内は、修学旅行の帰り道らしい浮ついた空気に包まれている。
笑い声やカメラのシャッター音が飛び交い、それが余計に彼女の気分を重くしていた。
「ねえ、篝。さっきの写真、見る?」
隣から軽やかな声がかけられる。双子の妹、
彼女のスマホにはクラスメイトたちと並んだ記念写真が映っている。
明るく笑う灯と、嫌そうに目をそらす篝――対照的な表情がそこにあった。
「……別に」
ぶっきらぼうに返す篝に、灯は肩をすくめる。
「も〜、ほんと冷たいんだから」
「それより、シートベルトは?」
「はいはい、ちゃんとしてるよっ!」
篝の腕にしがみつきながら、灯が笑う。
昔から変わらない距離感だった。
篝にとっては煩わしくもあり、同時に日常の一部でもある。
「ねえ、帰ったらまた一緒に映画観よ? 最近サバイバルホラーにハマっててさ」
「……好きにしろ」
言葉と裏腹に、篝は妹の髪を軽くくしゃりと撫でた。
――そのときだった。
バスが突然、ガクンと揺れて止まった。
「きゃっ……」
「……?」
エンジンが一度うなりを上げ、すぐに沈黙する。
篝と灯は顔を見合わせた。
「先生、どうしたんですか?」
「……わからない。運転手さん?」
教師が前の座席から身を乗り出す。
運転手は何度かキーを回すが、エンジンはうんともすんとも言わない。
青ざめた顔で教師を見る。
「すまん……故障したようだ。少し待ってくれ」
車内にざわめきが広がる。
「え、マジ?」
「圏外じゃない?」
灯が不安げに窓の外を見る。
山道が果てしなく続き、木々が無言で立ち並ぶ。
空はすでに灰色がかり、太陽の気配すらない。
「……このままだと、夜になるかもな」
「えー、篝とイチャイチャしようと思ったのにぃ」
「やめろ」
そんなやり取りを交わしていると、教師が決断を下す。
「仕方ない。徒歩で町を目指す。道なりに進めば、どこかに出るはずだ」
「ええ〜!?」
「夕方なのに!?」
不満の声が爆発するが、しぶしぶ生徒たちはバスを降りる。
篝は竹刀の入った袋を肩にかけた。
「今さらだけど、なんで修学旅行に竹刀持ってきたの?」
「何かあったとき、振り回せるだろ」
「ほんと、剣道バカ……」
灯が呆れたように笑う。
けれどその笑みにも、どこか頼もしさがにじんでいた。
外はひんやりとしていた。湿った落ち葉の地面が、靴底の下で重たく沈む。
歩き始めてしばらく経った頃――
「ねえ、霧……濃くない?」
誰かの声に、皆の足が止まる。
いつの間にか、白い靄があたりを包み込んでいた。
霧は深まり、遠くの景色が霞んでいく。
「山だからだろ」
そう笑う男子もいたが、その声には微かな不安が滲んでいた。
前に進むしかない。
だが霧は、まるで意志を持ったかのように、足元を這ってくる。
そのとき――篝が足を止めた。
「……鳥居?」
霧の中に、黒ずんだ柱が浮かび上がっていた。
かつて朱塗りだったのだろう鳥居は、今や朽ち果て、苔に覆われている。
傍らには、石碑がひとつ。
灯に「待ってて」と声をかけ、篝は石碑に近づいた。
そこに刻まれていたのは、ただ一言。
――夜を迎えるな――
「『夜を迎えるな』……?」
その瞬間、背中を氷のような寒気が走る。
「なにこれ……」
「気味悪……」
誰もが足を止めた。すると――
「先生、道が……!」
生徒の叫びに、全員が振り返る。
そこには、道がなかった。
バスが停まっていたはずの場所が、霧に呑まれている。
「戻れない……の?」
篝は、背後の霧をじっと見つめる。
その奥から、何かが――こちらを見ているような気配を感じた。
(まずい……このままじゃ、本当に……)
静寂があたりを包み込む。
見えない『何か』が、近づいていた。
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