第7話「大学病院にて」


ここは山陰本線 二条駅 京都駅に到着する2つ前の駅だそこで降りると正面から路面電車で東へ5つ目の交差点にある京都大学付属病院は昭和の初期にドイツの

レントゲンシステムを日本で初めて導入し今まで外見や触診だけでは不可能だった骨格や内臓の状態がある程度わかるようになる設備であった。

操と駒吉はその巨大な倉庫のようなレントゲン室の横の処置室にいた。

レントゲン装置も巨大なモーターのような投影型で一枚一枚モノクロフイルムに放射線を検体に当ててそれから投影され影を現像するシステムであった。

担当医とレントゲン技師は何度も撮影版(印画フイルムが入った箱)を交換しながら操の喉を中心に上半身を撮影し肺と喉の状態を確認した そしてすべての撮影が終わり数時間後、担当医が検視結果を報告した。

担当医「お嬢様、操さまの喉の状態はあまりよくありません食道と声帯をつかさどる部分にしこりではなく明らかに何やら腫瘍のようなものがあります。

喉を切開しその腫瘍を取り除くことができるのですが気道縫合するときに肺の入り口を狭めてしまうので施術後将来何かの拍子に肺への気道が圧迫され呼吸困難になる恐れもありますそれでも施術されますか?」。

駒吉「先生それ取らないと操の声は出なくなるんですか?肺が今より苦しくなるんですか?」

担当医「幸いなことに声帯自体には異常が無いのでその心配はないですが気道近くのいわば「こぶ」だけを取り除くのですが肺の入り口のところに影響だ出る可能性があります

正常な場合食べ物や飲み物飲むときは食道をとおりますそして息をしたりしてはいたりするときはその途中の気道蓋によって普通は肺に食べ物や飲み物が入らないのですが、

その近くをの一部を切り取るためにその部分の機能が落ちてつまり何かの拍子にせき込むことが多くなるということなのです」。それを聞いて操は

操「お父さん私もう歌われへんの?」

操「喉しんどいけど声帯が開かんようになって歌われへんようになるのは、いやや」

駒吉「操、心配せんとき京大病院の先生たちは日本一の先生たちや、 先生どうかこの通りです どんな方法でもええから操の治るようにまた前のように普通に歌えるようにしてやってください」と深々と頭を下げた。

担当医「私自身も今回の案件は初めてなので臨床治療になります私どもは全力で治療します どうかお父様はお嬢様のそばについて見守ってやってください」

こうして操の手術は始まった手術は無事成功し1月近くに及ぶ喉の治療は終わり二人は再び山陰線で帰省した。

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