【PV155達成】『星降る夜に、君の手を』

Algo Lighter アルゴライター

第1話 『星降堂の夜』


 月が雲間から顔をのぞかせた頃、私は「星降堂」の扉を押した。かすかに鈴の音が鳴り、店内に漂う古書の香りが鼻をくすぐる。


 「いらっしゃい」


 カウンターの奥、琥珀色のランプに照らされた青年が静かに微笑んだ。彼の名は一ノ瀬蓮。この不思議な書店の店主だ。


 「今日からよろしくお願いします」


 私は深く頭を下げる。バイト募集の張り紙を見て応募したのは、夜しか開かないというその特異性に惹かれたからだ。そして、もうひとつ。「ここで本を買うと、その夜に運命の相手の夢を見る」という噂を確かめたかった。


 「じゃあ、早速だけど、最初のお客さんが来たみたいだよ」


 入口のベルが鳴った。現れたのは、スーツ姿の青年だった。肩の力が抜け、どこか疲れた表情をしている。


 「こんばんは」


 「いらっしゃいませ」


 青年は無言で店内を見回し、奥の本棚へと歩いていった。やがて、一冊の本を手に取る。表紙は深い青。タイトルは『星のささやき』。


 「これをください」


 「ありがとうございます」


 私は本を包みながら尋ねた。「この書店の噂、ご存じですか?」


 彼は少し驚いたように目を瞬かせ、やがて微笑んだ。「ええ。だから来ました」


 彼は財布からお金を取り出しながら、ふと窓の外に視線を向けた。


 「……僕は、恋を諦めたんです」


 その言葉に、私は息をのむ。


 「でも、もし……もし本当に夢で誰かに出会えるなら、それで十分だと思ったんです」


 一ノ瀬さんは黙って彼を見つめていた。


 「今夜、素敵な夢が見られるといいですね」


 彼は小さく笑い、本を抱えて店を出ていった。


 ◇◇◇


 翌晩——。


 再び店のベルが鳴った。扉の向こうに立っていたのは、昨夜の青年だった。


 「夢を見ました」


 彼の声は震えていた。


 「夢の中で、ある女性と出会ったんです。懐かしい香りがして……でも、誰なのか思い出せなくて」


 一ノ瀬さんは静かに微笑んだ。


 「それは、あなたが忘れてしまった大切な人かもしれませんね」


 青年は頷くと、ポケットから一枚の写真を取り出した。


 「今朝、部屋を探していたら見つけました。昔、大好きだった人です」


 そこには、穏やかに微笑む女性の姿があった。


 「探してみます。もう一度……彼女に会うために」


 そう言って、青年は夜の街へと消えていった。


 私は静かにため息をついた。


 「星降堂の噂って、本当なんですね」


 一ノ瀬さんは微笑みながら、店の奥へと歩いていった。


 「さあ、次のお客さんを迎えようか」


 その夜、窓の外には星が美しく瞬いていた。


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