ピアノの音は雨の音

高田正人

第1話:雨の日が好きだった





 雨の日が好きだった。

 私は幼い頃から、雨が降ると窓の外を飽きもせずに眺めているような子供だったらしい。

 なぜそんなに雨が好きだったのか、と聞かれても応えようがない。今の私ならば、様々な理由をつけて自分の感情を説明するだろう。

 それが成長なのか、単に理屈っぽくなっただけなのか、私にはどちらとも言えないのだけど。


 加納修次かのうしゅうじという名前の著者を、書店で見かけたことはあるだろうか? 私の名前がそれだ。

 児童文学から絵本、それにちょっとした紀行文などを執筆し、普通に生活できる収入が私にはある。

 恐らく私個人が持っていた才能の成果としては、望外の好運だろう。私の本が売れた理由は、むしろ編集者や出版社の敏腕のおかげだ。





 私の住む町は、雨のよく振る町だった。

 この町の周囲は雨雲が停滞しやすい地形だと、テレビの気象予報士が以前言っていた。しかし、私はこの町が雨を引き寄せているように感じた。

 そして、この町の住民である私は雨が好きだった。仕事を終え、静かに降る雨の音に耳を傾ける夜は、世界そのものが寝静まっていくようで心が落ち着いた。


 私たちは、誰もが毎日を一日一日必死に生きている。それが人生なのだろう。いつか終わりを迎える日まで、ただ一歩一歩。

 振り返れば、その積み重ねがただ続いている。それに意味を見出せる人は、幸福に違いない。

 けれども、私を含めほとんどの人間は、日々の生活に追われてその意味を見つける余裕がない。


 だから、時には立ち止まって、自分が歩んできた人生を振り返ることも必要ではないかと思う。

 そのためのよすがとなるのが、きっと降りしきる雨なのだろう。雨の日の静かな夜にだけ、そんなことを思う。


 ――今日も私は小説を書く。


 それは、自分のためや誰かのためではなく。

 雨がただ空から降り、大地を潤して川となり、海に流れるかのように。





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