第15話
二学期の中間テストの返却が終わって通常の学校生活が戻ってきたと同時に誕生以来、超健康優良児で知られる俺は、なんと高熱を出し学校を休むことになった。
温い風呂みたいな体温の身体を引きづって病院に行って鼻の穴を綿棒でいじくりまわされた結果はインフルエンザやコロナの類ではなく、シンプルな風邪の診断。
唾を飲むのもためらわれるほどに痛む喉、起きてる時間全てが苦痛でしかないほどの倦怠感。心配した中山と鳴海先生が部屋のドアにかけておいてくれた温めるだけで食べられるおかゆや経口補水液などを口にして凌いだ。
毎朝の体温を測っては学年主任の沢井先生に電話を入れるを四日繰り返して五日目は37度5分だったのでマスクをして出勤しますと言ってみたものの、大事を取るように言われてさらにもう一日休むことになった。
土曜日と日曜日はなんとか身の回りのことが出来るくらいには回復していたけど、それまで贅沢だと思って利用しなかった宅配サービスを使ってみた。
週明けの月曜日は久しぶりの出勤でたまってた仕事のに忙殺され、火曜日からは悪天候が続きあっという間にXデーはやってきた。
日花里が自分で決めた紙飛行機を投げる最後の日。
決着がついてもつかなくても屋上で紙飛行機を投げる最後の日。
その日はまだ薄暗いうちに家を出て、用務員の谷口さんから預かっておいた鍵で門と一階の昇降口を開けた。
職員室に荷物を置いて、缶コーヒーの温かい方を購入して屋上のドアを開けると、遠く山の向こうに黎明の空が朝の訪れを告げていた。
ポケットからスマホを取り出してロック画面に表示された時刻は午前5時20分。
待ち合わせの十分前。鍵を開けて場所を提供するだけなのに、俺の方がなんだか緊張してきた。
気を紛らわすためにまだ夜の気配をわずかにはらんでいる風を頬に感じながらたばこに火をつける。ゆっくりと吐き出した紫煙が風に流れてグラウンドの方へ伸びていくのを見ながら。
「ここからバックネットまでかぁ」
高校まで野球をやっていた身からすると100mという距離はついホームランをイメージしてしまう。球場により距離は異なれど100mはレフトやライトのポール際ならスタンドインする距離で、毎日のようにバットを振り込んだ奴が芯で捉えてやっと届く距離。
華奢なJKが折った紙飛行機の翼が上手く風を掴んだとしてもそんな距離を……
いやいや、ネガティブな考えはやめよう。
昨日の夜ネットで世界一の紙飛行機が88.31m飛ぶ動画を見たじゃないか。
無風の体育館ではなく、屋上で追い風ならあり得なくはない……はずだ。
フェンスの隙間からバックネットを睨みつけていると、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「おっはよーございまーすっ」
元気いっぱいの挨拶と共に現れたのはもちろん本日の主役の日花里。
「こんなに早く学校に来たの初めてだからなんかワクワクしますね」
「言っとくけど、これは特別だし。屋上は生徒立ち入り禁止だからな」
「ほんっとに先生は最後の最後まで頑固というか律儀というか」
「悪かったな、最後の最後に」
「体調は大丈夫なんですか。風邪ぶり返したりしません? 急に血を吐いて俺に構うな、しません?」
「アホか。俺が何するわけでもないし。ただ突っ立って紙飛行機が100m飛ぶのを見るくらいなんともない」
「100m飛ぶのを見る……ですか」
日花里は俺の言葉を噛み締めるように反芻しておろしたカバンの中から紙飛行機が入ったクリアファイルを取り出して。
「さぁ、投げましょうか。どこかの早起きがふらっと登校して来る前に」
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