第38話 天照大御神の思惑
空気が重い地獄の門の前で天照大御神がふわふわと空中に浮かびながら、お気に入りのキセルをくわえて煙をふかしていた。神様であるがゆえ、吸う煙は周りの空気を浄化をする。ここは、地獄。天国と違って、皆精神的にも肉体的にも重く、生きづらい。そもそも、生きてるかどうかさえもわからない。天国に住み慣れた天照大御神の力では、とてもじゃないくらいのパワーが必要だった。どんなに頑張ってもここの空気を浄化ことは1人の神様だけでは無理かと半ば諦めながら、ため息をつく。
「ここに来たくて来てるわけじゃないんだけどねぇ……」
天照大御神はすぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだ。今は大好きな和菓子があっても重い空気ですぐに腐れてしまう。居心地が悪すぎた。
「いつになったら、来るんだか……まったく」
地獄の門番をつとめている赤鬼が槍を持ちながら、さっきからずっとグラマーな天照大御神を鼻の下を伸ばして見つめていた。
「あのぉ~……」
「え?」
「まもなく、地獄の門が開かれます。そこにいらっしゃいますと、吸い込まれてしまいますけど、大丈夫でしょうか」
「吸い込めるとな……
「私は貴方様のことを存じ上げないので……とてもスタイルはよろしいのは見てわかるのですがね」
「ほぉ……そうかって、どこ見てるじゃい!!」
持っていた大きな扇子をバシッと赤鬼の顔目掛けてたたきつけた。赤鬼は見事に地面に体をたたきつけられた。
「あぁ……あぁ。なんと、強烈……好きです」
「ああ?!」
「もっと……できれば、もっと……」
持っていた槍は地獄の門の開いた先の奥の方に飛んで行ってしまった。これから門が完全に開かれると、よからぬものまで引き寄せてしまう。そのための槍で防衛のはずだった。
「お前はマゾか!? 妾は要求しておらん!!!」
その言葉を発した瞬間、分厚くて重い赤い門が大きな音を立てて、開かれた。巨大扇風機でもあるかのような風が後ろから吹いている。みるみるうちに体が引きずり込まれそうだった。
「しっかり捕まらないと地獄に落とされてしまいますよぉー。私は、ほら、こうやって命綱がありますから」
赤鬼は、門の淵にしっかりと捕まり、飛ばされないように必死に耐えた。腰にはぐるぐる巻きのロープが巻き付けられており、先端は門の柱にがっちりと付けられていた。
「妾が自然界の風に負けるとでもいうのか? そんなことは断じてない!」
手に持っていた扇子を振り回して、強く吹く風を弱らせようとした。だが、人工的に作られた風の強弱は無理に等しい。
「な、なに。妾の扇子が効かぬだと!?」
扇子を持ちながら、天照大御神はひょいと地獄の門の淵で飛ばされないようにひっかけた。ひっかけたのは手のひらではなく、左手小指だ。自分の力の強さは小指で十分だとアピールしたいようだ。
「そ、そんなことをなさらずにしっかりとこの手でつかんでください」
「ええい! 妾の邪魔をするでない」
「あ、天照大御神様!!」
そこへ、赤鬼と青鬼に両足、両手を捕まれ、担がれた姫田 倫華がやってきた。逃げたくて仕方ないが、逃げきれていない。
「姫田 倫華。やっと来たか。待ち構えておったぞ」
「え、はい? どういうことですか」
まるでベッドの上にでもいるかのようなしぐさで軽く答える姫田 倫華に天照大御神は怒りを覚える。
「……妾の見立ては間違いではなかったわ」
自分自身の体も吹き飛ばされそうな天照大御神はあきれていた。
「おぬしはここで朽ち果てるのよ」
「え、え……嘘。嘘でしょう。ありえない。いや、違う。私は関係ないはず。ねぇ、天照大御神様ぁーー。私は神に近い存在のライトワーカーだって認めてくださったのではなかったのですか。ひどすぎます!!」
「…………」
冷酷な姿に変貌する天照大御神は魔力を存分に使い、吹き飛ばされるのを魔法で抑えた。目の前で赤鬼と青鬼に担がれた姫田 倫華はみるみるうちに地獄の門の方へ吸い込まれていく。もう助けようがない。ひょいっと投げ込まれて、見るに堪えない姿に変わってしまった。
姫田 倫華は地獄の空間へと吹き飛ばされていった。赤鬼と青鬼はごみを捨てるかのようなしぐさで手のひらをパンパンとたたいた。
「やっと……妾の仕事を終えた。心穏やかにして帰ることができるわ」
「よく言うよ。あんた、あの人、騙してたじゃないか」
勢いよく、地獄の門が閉ざされると、柱の横で腕を組んで一部始終を見ていた颯真がつぶやく。
「騙す? 何を言うかと思ったら……そうでもしないとあやつをここに連れてくるのは無理だろう」
「そこまでして、あの人を地獄に導きたかったのか。せっかく、貴方が味方になってくれて喜んでいたのに、かわいそうな方だ」
「……かわいそう。言葉にするのは簡単ね。あやつと一緒にいて妾に何の得があるというか。これですっきりしたわ。さーて、帰るとするかな」
何事もなかったように地獄の空間から立ち去ろうとする天照大御神の前に邪悪な気配がじりじりと近づくのが分かった。目の前に大きな影ができる。
「ん? 帰ろうとすると止めに入る者がおるなぁ」
「天照大御神、ただで帰らすことはできぬなぁ」
腕を組んで立ち憚ったのは、機嫌がものすごく悪い閻魔大王だった。
閻魔大王の肩にはコウモリの紫苑が乗っていた。
状況はさっきよりもかなり緊張感が増していた。
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