第5話



 ベッドに潜り込み、眠れないにせよ、とにかく深く瞳を閉じて休んでいたシザは、インターフォンの音で、目を開けた。

 時計を見ると、AM2:11分。

 額を押さえて再び目を閉じ、しばらく動かなかったが電子音が鳴り続けるので、気怠そうに彼はベッドから降りた。

 寝室を出て廊下にある画面の前に立つと、くわぁっ、と大きな口が開いている。

 さすがに怪獣かと身構えると、すぐに怪獣が遠ざかって、横から顔を出す。


「……ライル……、」


 シザは脱力した。

「……何しに来たんですか」


『見てコイツ。美人だろ。新しいヘビ買って来ちゃった♪

 嬉しくてシザ大先生に見せびらかしに来たの』


 壁に寄り掛かり、シザは蟀谷を押さえる。

「……そうですか。じゃあ見ましたので帰って下さい」

『なんだよ折角訪ねて来たのに~』

「明日の昼間に来ればいいでしょう……今何時だと思ってるんですか」

『入れてくれないと、このヘビの名前ユラちゃんって名前にする』

 すぐにシザは解錠ボタンを押した。

 笑い声が聞こえる。

「迎え入れたんじゃありませんよ。殴りますからこっち来てください」

『アッハッハ!』

 玄関の開く音がして「お邪魔しまーす」と無遠慮な声が響く。

 シザは額を押さえて溜息をつくと、リビングの方へ歩いて行った。


「よっ。」


 入って来たライルが、ワインを二本入れた紙包みを掲げてみせる。

 縦長の紙袋から、ヘビがワインと一緒に顔を出している。

「何の用ですか……」

「いや~最初は俺の胸で泣いていいぜ相棒! って言おうかと思ったんだけど」

「喧嘩売ってるんですか?」

 予想通り嫌そうな顔をしたシザを笑いながら、ライルはどっかりとソファに腰掛けた。

「まー。あんたのことだから、こんな夜でも、一人で泣きながら眠るような可愛い奴じゃねえだろうなって思って」

 シザが碧の瞳を瞬かせる。

「でもどうせ、眠れねーんだろ? 飲むのくらい、付き合ってやるよ」

 グラス、と手を差し出して来る。

 シザは深く溜息をついた。

 食器棚に近づきグラスを持って来る。

 ライルがコルクを開けた。

 注がれる赤いワインを眺めながら、シザはソファの背もたれに頬杖をついた。


「……留置所のベッドってフカフカですかね?」


「そりゃ心配しないでって言えるほど快適じゃないわな。つーか留置所のベッドが天蓋付きでフカフカだったら逆にスゲー気持ち悪いだろ」

「連邦捜査局なんて偉そうに言って。気の利かない奴らですね!」

 吐き捨てるように言って、シザは注がれたワインを煽った。

「ユラをカチカチのベッドで寝かせるなんて、僕の脳内裁判ではもう即刻死刑ですよ」

 ライルが声を出して笑っている。

「……なんですか」

「いや。やっぱあんたもユラ君も、面白えなと思って。

 俺ならとっとと出頭して、無罪勝ち取って自由になるわ。

 それにこんな近親相姦で叩かれるくらいなら、あんただけドノバンの養子になりゃ良かったじゃん。そうすりゃ戸籍上の兄弟じゃなくなるんだし、堂々とデートとかもやりまくりだったのに」


「ユラと兄弟じゃなくなるなんて、考えられません」


「なんでよ」

「だってユラは、あんなに可愛くて美しくて優しくてピアノの才能もあって可愛いひとだから、この先、どんな奴が言い寄って来るか分かりません。僕はユラにとても愛されてますけど、苦しんだ過去とも結びついてる。ユラはいつかそれをもう忘れてしまいたいと願うかもしれない。

 そうしたら、僕と距離を置きたいと思うことだって、あるかもしれません。

 ……恋愛だけならそれで縁は終わってしまう。

 でも兄と弟であり続けたら、少なくとも恋人じゃなくても、僕は死ぬまでユラと繋がっていられる」


「可愛い二回言ったの気付いてる? ――あんたってさぁ……」


 ライルがワインを飲みながら、新顔の白いヘビを肩に緩く掛けた。

「愛し方スゲー、ねちっこいよね」

「情熱的と言ってくれませんか」

「いやねちっこい。きっと前戯とか愛撫もスゲーねちっこいんだろうね」

「喧嘩売ってんですか?」

「売ってねーけど。兄弟、ってあんたにとっては最大の保険なんだ」


「そうですよ。

 この世で一番確かに、僕とユラを結び付けてくれる大切な絆なんです。

 だから僕は、大切にします」


 ライルは笑った。適当に買って来た割には、まずまずの味がするワインだった。


「……ま、いいんじゃないの? 変わってるけどさ。

 人間なんか元々、人それぞれ。

 今日はよく我慢したじゃん。偉いよ。俺なら絶対暴れてたし」


 シザはライルの顔を見た。

「……貴方とは出来が違うんですよ」

「アハハハ! つーかなんかつまみでもないの? ついでにコイツになんか葉っぱくれ」

「自分で取って来て下さいよ。あんたが押し掛けて来たんだから。

 あとそこの観葉植物はユラが植えたものですからその怪獣に食べさせないで下さいよ。ユラが【グレーター・アルテミス】に戻ってきた時に葉っぱ全部無かったら可哀想ですから」


 ライルが立ち上がってキッチンに入って行く。勝手に冷蔵庫を漁り出した。


「アメフト見ようぜ。こんな夜はスポーツ観戦するに限る」

「勝手にしてくださいよ。僕は、寝たくなったら寝ますからね」

「おう」


「……ライル」


「ん?」

「気を遣わせて、悪かったですね」

 シザはそっぽを向いたまま、グラスを傾けてる。

 顔を上げたライルは吹き出した。

「いいけどよ……あんたなにビーナスみたいに横になってもうくつろいでんだよ」

「ワインと一緒につまみでも持って来るんですよこういう時は……。爬虫類なんか買って来ないでそういうもの持って来て下さいよ。気が利かないんだから」

「いや和むかなぁと思ってさ」



「和みませんよ! そんな白菜色のヘビ!」



「名前何にしよ~♪ やっぱ色白美人だからユラちゃんかな~」



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