第28話

「今日は一日ありがとうございました。護もすごく喜んでました」


「次は、水族館に行こう。ペンギンやイルカのショーなんか護が喜びそうじゃないか?」


「いいですね!」


帰りの車内、護は桐生さんに買ってもらったクマのぬいぐるみを抱きしめながらチャイルドシートに体を預けてぐっすりと夢の中だ。


「今日は護にとって最高の一日になったはずです」


「でも、ケーキもお祝いもそれらしいことをしてあげられなかったな」


「言われてみれば私も誕生日プレゼントを渡しそびれてました」


「じゃあ、明日の夜改めて護の誕生日会をやろう。ケーキは買って帰る。他にも欲しい物があれば連絡してくれ」


「分かりました。あっ、松ちゃんと一誠くんを呼んでもいいですか?二人に用がなければですけど」


「いいけど、どうして?」


「この間、ご飯を作るって約束してたのにかなわなかったので。あ、でも誕生日会ってなると、色々気を使わせちゃいますかね……」


「あの松だぞ?そんな気を使うはずないだろう。莉緒がいいなら俺は構わない。一応松に声をかけておくよ」


「ありがとうございます」


すると、桐生さんは突然こう切り出した


「そういえば、ずっと言おうと思っていたんだがその敬語もうやめないか?」


「敬語ですか?」


「そうだ。それと、桐生さんっていう呼び方も。もうすぐ莉緒も桐生になるんだし、おかしなことになるだろう」


桐生莉緒と桐生護……か。なかなかいい。


「確かにそうですね。じゃあ、尊さんって呼びますね」


「尊、でいい」


「……尊さん、で。敬語もすぐにはやめられないかもしれません。癖みたいなものだし」


照れ臭くなりながら言うと、尊さんは「松にはタメ語だろ」と不満を漏らす。


「松ちゃんは私の一つ年下じゃないですか。だから……」


「いや、アイツは莉緒と同い年だぞ」


「えっ!?」


変な声が出た。


「知らなかったのか?」


驚く私に尊さんは平然と言ってのける。


「だって、松ちゃん、姐さんって……」


「ずっとその言葉を使ってみたかったらしいぞ。だけど、桜夜の女のことは姐さんって呼んでないし、アイツにとっては親近感を持った呼び方なんだろうな」


極道の世界では自分より身分の高い兄貴分の奥さんや彼女のことを年齢関係なく「姐さん」と呼ぶらしい。


でも、尊さんは極道ではないわけだし……。



「だが、今回は松に色々と世話になったからな。五年ぶりに莉緒を探し出せたのも松のおかげだし」


「そうなんですか?」


「ああ。いろんなルートから莉緒を探してくれたらしい」


「松ちゃんが……」


もしも松ちゃんが私を探し出してくれなければ、私は尊さんと会えないままだったんだ。


そう考えると松ちゃんには感謝しかない。


「アイツは人探しのプロだからな。それで、一つ莉緒に提案がある」


「提案、ですか?」


「ああ。莉緒の叔父の初音修造と一度会ってみないか?」


「え……?」


困惑する。


まさか尊さんの口から叔父さんの名前が出るなんて……。


「叔父さんとですか?私、ずっと会ってないし……それに……」


「あの人は莉緒にとってたった一人の親戚だろう。莉緒が借金を背負わされたということも知っているが、一度腹を割って話してみるのはどうだ?だが、もし嫌なら無理強いはしない」


尊さんの口ぶりから人探しが得意な松ちゃんはすでに叔父さんの居場所を突き止めているに違いない。


「少し考えさせてください」


「もちろんだ。ゆっくり考えてくれ」


私に100万の借金を背負わせた叔父さんを私は今も許せていない。


このままずっと会わずにいてもいいと思っていた。


だけど、尊さんの言う通り私にとってはたった一人の親戚であり亡くなった父の兄弟だ。


叔父さんと叔母さん、三人で穏やかに暮らして高校生の時……確かに楽しい時もあった。


高校に通えたのだって叔父さんが学費を出してくれたから。叔母さんが急になくなったことで叔父さんは変わってしまった。


もし叔母さんが亡くなっていなければ、叔父さんが変わることはなかったかもしれない。


……私は心の底から叔父さんを憎むことはできなかった。


今まで避け続けてきた問題に、ようやく向き合う時が来たのかもしれない。



「それと、籍はいつ入れよう。俺はできるだけ早い方が良いと思っているんだが、莉緒は?」


「ワガママ言ってもいですか?」


「もちろんだ。莉緒のワガママならいくらだって聞くよ」


「じゃあ、8月8日にしませんか?」


「末広がり、か」


暦の上で大安にならぶ縁起の良いとされている日。


「実は、亡くなった両親もその日に入籍していて。一緒にできたらいいなって」


「分かった。じゃあ、8月8日に三人で役所へ行こう」


「……はい!」


しばらく走ると、心地よい車の揺れに瞼が重たくなってくる。


「事故渋滞みたいだな」


テールランプが無数に連なる車列に追いつき、尊さんはブレーキを優しく踏んだ。


「今日は疲れただろ?着いたら起こすから少し寝た方が良い」


「大丈夫です!尊さんだって疲れたでしょう?運転までしてもらってるのに寝ているわけにはいきません」


「無理しなくていい。俺にはどんどん甘えてくれ」


「でも……」


「それに俺はパパだからな。ちゃんとお前たちを家まで送り届けるから安心して休んでくれ」


「それ、パパって言いたかっただけですよね?」


「だったらなんだ」


からかうとむくれる尊さんが可愛くて私はふふっとはにかむ。


「じゃあ、お言葉に甘えて少しだけ……」


「ああ。おやすみ」


目をつぶるとすぐに意識が遠のいていったのだった。

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