悪役令嬢は恋がしたい!~光速の聖女になって拗れた婚約を破棄した私、普通の恋がまったくできない~
れとると
婚約破棄して、聖女辞めます!
01-01.ヒロインと悪役令嬢
「ローレス公爵令嬢カルミア! 貴様との婚約は破棄だ!」
貴族学園の夜会の場に、クエス王太子の宣告が響き渡る。3か月ぶり、通算33回目の婚約破棄。
(やるならちゃんと破談にしてほしいわ……私を嫌うこの方と縁が切れたら、私だって普通の恋ができるかも、しれないのに。10年も束縛されたおかげで、恋愛なんてさっぱりわからない。おまけに)
参加している令息令嬢は、この恒例行事を耳にして蜘蛛の子を散らすようにホールの壁際へと消える。
(相変わらず、誰も味方はいない、か。それはそうね。私に味方をすれば、すぐ殿下の矛先が向く。私の幼い頃からの友も、そうやって……)
誰の視線も向けられていないことを確認し、カルミアは自嘲を押し隠し、冷たく透明な笑みを浮かべた。
「で。今回はどうやって私との婚約を破棄なさるんです? 殿下」
カルミアとクエスは、複雑な政治事情によって婚約を結んでいる。どれだけ嫌がっても、子どもの都合で破談になどできない。だがクエスは婚約当時からカルミアを嫌っているらしく、ことあるごとに婚約破棄を試みてきた。そんなことをすれば廃太子されそうなものだが、彼は功績を積み上げては周囲を黙らせている。
(優秀だけど、昔からイヤミな方だわ。この方のせいで、私は妃候補から逃れられず、周囲からも孤立して……もう人生めちゃくちゃよ)
最初は憧れの王子の妻になれると喜び、懸命に妃教育を受けていたカルミアも、ここまで嫌がられてはとうに愛情は果てている。王都から故郷にも帰れず早幾年。むしろ一刻も早く婚約破棄してほしいところではあったが、立場上それを言うわけにも、言う気力もない。そして毎度毎度カルミアに難癖をつけるようなクエスの試みは、控えめに言って浅はかで、大人が頷いた試しはなかった。
だが今回は。
「聞いて驚け。貴様の進学先は、高等部ではない――――聖女学院だ。この俺が、お前を推挙してやった」
「…………はぁ?」
「察しの悪い間抜けめ。聖女に選ばれれば、結婚することはできない。それくらい、頭の巡りの悪いお前でも知っているだろう?」
煽るように告げられたクエスの発言内容は、正しくはない。聖女は魔物から人の生存圏を守るため、無数にいる。結婚できないのは聖教会の認める上位の一部、頂点たる黄道十二聖女のみだ。貴族学園隣に建てられている聖女学院は、確かにその頂きを目指す聖女たちの学び舎ではあった。とはいえ狭き門であり、入学したからといって十二しかない座に至れるものではない。
(聖女……聖女?)
だがカルミアはこの指摘を……飲み込んだ。
(聖女になれば、もしかしたら私は――――)
ぐっと拳を握り締める。黒い手袋の布が、キュッと引き締まった。
「逆らおうなどと思うなよ?」
笑みを含んだ王子の声が耳に届き、カルミアは顔を上げる。
「貴族の女に自由など、ないのだからな!」
それはクエスお定まりの台詞であった。カルミアは表情を隠し……笑みを作った。
「――――分かりました。では殿下。しばしの、お別れですね」
スカートの裾をつまみ、優雅に頭を下げる。滑らかに踵を返し、カルミアはそのまま夜会場を後にした。
☆ ☆ ☆
「今度は聖女学院への推挙だって。行くわよ、ララナ」
「お嬢様……」
瞳に強く意思を宿すカルミアを、案ずるような専属侍従が迎える。
(――――これは、好機。あの方と離れなければ、私はいつまで経っても孤立したままだもの。それに)
逆らうなと言い切った、クエスの歪んだ顔が頭を過る。
(自由かどうかを決めるのは……私よ)
カルミアは一瞬赤い瞳を鋭くし、首を弱く振った。
(聖女学院に入るには、王族や聖教会の推挙が要るというし。良くしてくださる国王陛下、王妃殿下には申し訳ないところだけど。手回しを急がないと)
ララナの先導に従い、正門に向かいながら、カルミアはこの先の段取りを考え始めた。
(一度十二聖女になって、破談にする。務めをガッと果たして辞職! 改めて自由になって、誰かとめくるめく恋を……ふふふ。完璧なプランだわ!)
思い描いたバラ色の未来に、自然と拳に力がこもって……淡く光輝く。石畳を踏みしめた拍子に、一部が粉々に砕け散った。
「十二聖女になるのは困難。でも昔から私、とんでもない力があるし……これなら、きっと」
開いた門扉を潜ろうとしたカルミアは。
「ローレス公爵閣下のご息女とお見受けします」
正門の影から、呼び止められた。暗闇から薄暗い街灯の中に現れたのは、陰よりなお色深い外套をまとった人物だった。
「お話を聞いていただきたいのです」
細い手がとったフードの下からは、さらに深みのある黒い髪、黒い瞳が露わになる。辛うじて貴族の娘と察せられる少女であったが、顔に見覚えもなく、みすぼらしい。
「下がりなさい、無礼者」
不思議な印象にカルミアが足を止める一方、少女は侍従に推し留められ、それでもカルミアに迫ろうとしていた。
「クエス殿下に聖女学院の話をしたのは――私です! あなたと聖女になるために!」
(――――!)
王子を唆し、学院行きを勧めさせられる、カルミアの知らない令嬢。それが真実かどうかも、またその意図も判断がつかない。
だが、カルミアは。
(なに? なぜ? この子は、こんな私を、求めて――――)
直感めいたものを感じ、うろたえ、夜闇の中で頬を紅潮させた。
(どうして、息が? 体が熱くなるのが、止まらない……)
ハッとして弱く首を振り、気を取り直す。
(いけない……見ず知らずの者。先に見定めなくては)
カルミアは明かりの中の少女の顔をじっと見る。そしてその
(私をだまそうとする者は、話を聞いてほしくておもねる。媚びる。単に私に意見がある者は、感情が表に出る)
そこには、笑顔も穏やかさも剣呑さも敵意もない。強く輝くような黒い瞳が、カルミアをじっと見ている。
(これは――間違いない、救いを求める者の顔)
彼女はただ、真剣であった。
(下は乞食から、上は破滅しかかった貴族まで。これまで、何度も見てきた顔だわ。ならば見極めねばならないのは。この子が私の……味方足り得るのか)
カルミアは侍従の脇を滑り抜け、少女に歩み寄った。
「お嬢様!?」
「ララナ、控えなさい。私が話すわ」
メイドが己の影に控えたのを確認し、カルミアは進み出る。
「あ、あの?」
戸惑う少女を一瞥し、手を伸ばす。髪についていた木の葉を二枚、つまんで彼女に見せた。
「ぁ」
消え入る声を撫でるように、そのまま手櫛で少女の髪を整える。少し軋むものの、滑らかな黒髪。肩に当たる髪先が、少し跳ねている。襟を真っ直ぐに整え、それから両の肩を包むように手を乗せる。
「淑女たるもの、ここぞいうときは己の最も美しい姿をさらしなさい」
花開いていくような少女の顔つきを、カルミアは待ち望むように見つめる。
「カルミア、様」
「さぁ、その目をもっと良く見せて?」
カルミアは少女の顎に指を当て、少しだけ引き上げた。
(あなたは私にすがるの? それとも――――)
大きめの黒い瞳が、潤み。
(……美しい。どうしてかしら、予感がする)
星空の光を、宿した。
(この子と一緒なら、私もきっと――――人として、生きていける、と)
確信を得たカルミアは頷き、一歩引いてから口を開く。
「大変結構。いかにも、私はカルミア・マウンテンよ。自ら立とうとする淑女よ。あなたは?」
「っ。ジャスミン男爵の娘、プラムと申します。あるいは」
思うよりずっと優雅に、プラムと名乗った令嬢は礼をとった。
「〝乙女ゲームのヒロイン〟と、お見知りおきを」
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