センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか? 【コミカライズ版二巻発売中!】

二上圭@じたこよ発売中

真面目系屑ノ自虐的防衛理論   第一部

01

 現在、我が家では自宅警備員を雇用している。


 張り紙を見て連絡したのでもなく、求人を出していたわけでもない。得てしてこの手のものは、身内や知り合いを通じるか、インターネットを介した赤の他人から、縁が生じるものだ。


 自分の場合、その両方が当てはまった縁から、


『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』


 と、ある日突然、雇ってくれと連絡があったのだ。


 今まで画面を通じ交流してきた、五年の付き合いはある友人だ。名前も顔も歳も、そして性別もわからない。


 元はネトゲから繋がった縁だ。ネトゲプレイヤーの中身は百パーセントが男。女なんていない。絶対にだ。ネトゲで仲良くなった相手とオフ会したら、実は美女や美少女だった、なんてシチュは端から期待などしてはいけない。


 だから、今日も出迎えてくれた先でスマホをポチポチし、


『お仕事おつっす』


 と、メッセージを飛ばしてくる自宅警備員が、巨乳JK美少女であることなど、世間に死んでも言えないのであった。




     ◆




 自宅警備員を雇用した経緯を語ろう。


 その日は残業もなく、平和に終わった仕事帰り。


 金曜日の夕飯は、駅構内の立ち食い蕎麦屋で済ませるのが恒例となっていた。蕎麦が大好きなわけでもなければ、家で飯を作るのが面倒だからでもない。安い、早い、そこそこの味で、軽く腹に溜められるからだ。


 ではなぜ腹に溜めなければならないのか。これには深い理由がある。わけではない。空きっ腹に酒を流し込むと、アルコールの血液中濃度が急上昇するからだ。


 酒を飲めるようになったばかりの準大人ならともかく、社会の酸いも甘いも噛み分けてきた社会人として、みっともない酔い方をするのは恥ずべきこと。ならばその予防対策を講じることは、大人のマナーとも言える。そのくらいみっともなく、がぶ飲みする予定なのだ。


 入るお店も決まっている。BARことバーである。


 行きつけのバーに一人で入り、マスターと小粋な会話を弾ませながら、お洒落にお酒を嗜む。そんな中、初顔の女性客を見つければ「あちらのお客様からです」をやり、「え、いいんですか?」となり、「どうぞ、少しお話しませんか?」なんてキッカケを作り、会話をリードした果てで一晩の恋を育むのだ。


 なんてことはない。


 そのバーは幼き頃からの友人の店であり、友人価格で酒を飲ませてくれるのだ。そこで仕事の愚痴やらなんやらを吐き出しながら、ああでもない、こうでもないと、みっともない話を聞いて貰っているのが現状である。


 なにせ俺には、気軽に飲みに誘って、愚痴を吐き出せる友人がいなかった。高卒後すぐあてもなく上京し、なんとなく就職した男の末路だ。


 職場での人間関係は波風立てずやっているが、所詮は底辺集団。どれもこれも陰キャ上がりであり、オタクやチー牛が絶えない職場である。イケメンなんてうぬぼれたことはないが、我が顔面偏差値は彼らによって引き立てられているのだ。


 社会人らしく身なりをキッチリとして、清潔感を保つ。それがどれだけ大切なことであるかがわかる、優越感に浸れる素晴らしき環境であった。


 底辺でどれだけトップを独走していようと、職場での出会いはゼロ。女性と交流を持つ場に積極的に赴かない。そんなだから我がグングニルは未だかつて、振るう戦場に恵まれたことはないのだ。


 だからといって金を払って戦場訓練の場に赴くのも、負けたような気がする。ベテラン相手の模擬戦は絶対に嫌だ。グングニルを振るう初戦場は、清らかな戦乙女と肩を並べるときだと誓っているのだ。


 一兵卒未満の分際で、身の程知らずに程がある。戦乙女の白昼夢にして監獄に囚われ続けた男はこうして、理想ばかりが高くなり、現実の女性せんしたちを受け入れることができなくなったのだ。もっと言えば、今更夢から覚めたところで、人生経験値が足りず歯牙にもかけてもらえないだろう。


 友人もいなければ彼女もいない。そんな男がではどうやって、日々の糧を得ているのか。なにを楽しみに生きているのか。


 二次元とネットである。


 人生の情熱を持ってそれらに傾倒しているのならともかく、残念ながらほぼ惰性だ。


 かつてはワンクールごとに二十本以上と追い続けてきたアニメも、今や精々追うのは五本くらい。はいはい、いつものあれね、と一話切りする作業が、三ヶ月ごとにやってくるのだ。


 ネットもネットで、動画投稿サイトでゲーム実況やら、アウトドア、猫や料理、果てはクソザコフリスビー改良などと雑多に、ランキングで上がってきている物をつまみ食いする日々である。


 そんなことをしながら、五年ほど付き合いが続いている顔も知らぬ友人と、文字だけで語りあう。つまみを兼ねた夕飯をパパっと作り、晩酌しながら一緒にネトゲを興じる。


 これが模範的に将来性がない成人男性、二十五才だ。


 一年前、バーのマスターたるガミと再会するまで、マジでろくでもない日々を過ごしてきた。いや、一切マシにはなっていないので、変わらずろくでもない日々を過ごしていた。


 日常と非日常の境界線たる重厚な扉。それを開いたのは開店時間の三十分前。


「おいすー」


「あら、今日は早いのね」


 雨があがっていたのね、くらいの興味でもたらされる、麗しき美女の出迎え。


 モデル顔負けのスラッとした体躯に、キリッとした凛々しい顔立ち。マダムやママと呼ぶには若すぎるが、大人の女性と呼ぶに相応しいカッコよさがあった。


 その者は友人に雇われている存在ではない。なにせこの店はマスター一人の手で運営されているのだ。


 そう、彼こそが二十歳を迎えるなり人体改造を施し、美男子から美女へと生まれ変わった、ガミその人であった。


 一年前、帰宅途中に、


「あら、もしかしてタマじゃない?」


 近所の猫みたいに声をかけられたときは驚愕したものだ。


 俺をタマだなんて呼ぶのは、幼き頃からの友人であるガミだけ。高卒以来、すっかり疎遠となっていた友人が、数年ぶりに再会すると見る影もなくなっていた。まさか性的倒錯者以外の意味で、変態の熟語を扱う日が来ようとは思わなんだ。


 最初こそ疑ってしまったが、昔の思い出と免許証を引っ張り出されれば、こちらも観念してこの美女がガミだと信じるしかない。


 もちろん、なぜ人体改造を施したんだという話になる。実は性同一性障害だったのか。はたまた女に目覚めたのか。


 問いただすと返ってきた答えは、


「二十年も男をやったんだもの。そろそろ飽きてきたから、ちょっと女をやってみたくなっただけよ」


 ソシャゲの性別変更の感覚で、人体改造を施したようだ。


 昔から奇抜なことをして、周りを巻き込む変な奴であったが、まさかここまで突拍子もないことをするなんて……まあ、ガミだしな、と納得する自分がいたのであった。


 しかし幼き頃から、一度も教室を違わなかったガミとは、つくづく奇妙な縁がある。


 まさか我が家の最寄り駅に店を構え、示し合わせわけでもなくこうして再会するなんて。


 高校時代まで築いてきた友人との縁は全て切れたと思ったところにこれだ。気持ちが落ち着いてからの内心は、それはもう愉快なものであった。


 ガミもガミで、目の前に転がっているかつての縁を、手元に置いておこかとくらいに思ったのか。友情を感じてくれているかは知らぬが、気にかけるくらいの温情はあったようだ。


 友だち価格で飲ませてやるから、ちょくちょく顔を出せと言われて以来、こうして遠慮なくタカリにきている。


 なにせ千円払えばベロンベロン。宅飲みするよりよっぽど安い。


 ガミにとって、この店は趣味にすぎない。本当はその千円もいらないのだろう。だがそこは友人として、施しではない一線を引いた結果がこれなのだ。


 だから金曜日はガミのもとへ顔を出す。この一年の間、それがすっかり習慣となっていた。


 カウンター席に腰をかけていることから、開店作業はもう終えているようだ。


 開店前にも関わらず、ガミはカウンター内へ回ると、ビールを注ぐ準備に取り掛かった。俺の最初の一杯である。


 所定位置のカウンター奥へと腰掛けると、それはおしぼりより先に差し出された。


「おつかれ」


「おう、サンキュ」


 なんてねぎらいを交わし、一気にそれを呷るのをキッカケに、この一週間溜めてきた愚痴、ああでもない、こうでもない、なんてくだらない話を始めるのだ。


 そういう意味ではここまでがいつもの日常である。


 新たな非日常の扉が開く一報は、二杯目のグラスが残り僅かの頃にもたらされた。


 日本人がスマホを扱う上で必須である、緑アイコンのメッセンジャーアプリ。ではない。その後塵を拝する、三番手くらいのメッセンジャーアプリ。たった一人のためだけにいれているアプリによって、スマホの通知音が鳴ったのだ。


『センパイ、オフ会しましょう』

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