第2話 鬼

 鬼が出るという噂があった。




 鬼はH市のはずれにある中学校の校庭に、夜な夜な現われるということであった。



 鬼といっても昔話で語られるような剽軽ひょうきんなものではなく、『今昔物語集』に出るような人を食う死霊の類であるそうだ。

 


学校側は噂を事実無根のことと否定し続けたが、鬼見物に訪れる人が後を絶たず、夜中に校門を乗り越えて入り込む者も少なくなかったので、デマの沈静化をねらって「鬼の不在を実証する集い」を行なうことにした。



 当日、夕方頃から校庭には人が集まり始め、集いの開始時間である8時には40人ほどがカメラやビデオを手に集合していた。

 その後も人の数は増え、校長が挨拶をする頃には100人を越えていた。



 見物人を前に居心地悪そうに演壇に登った校長は、鬼が出現したという証拠は何もなく、目撃証言も伝聞ばかりで、自分の目で見たという人は1人もいないということをぼそぼそと語り、曖昧に頭を下げるとそそくさと壇から降りた。




 それからしばらくは何も起きなかった。



 見学者の携帯の画面が人魂のようにぼんやりと光るばかりで、生臭い風も不気味な声も聞こえなかった。




 ついに鬼が姿を見せたのは、十時を回った頃のことだった。




 変に周囲がしいんとしたのが、その始まりだった。



 続いて、校庭の中央に白い湯気のようなものがもやもやっと浮き上がった。


 誰もが緊張して息を止め、気体の変容を見守った。


 白い気体は小型の入道雲のように盛り上がり、2メートルほどの大きさになると、ぶわぶわっと校庭に落ちて溶けたアイスクリームのような塊になった。


 それから、再び盛り上がると、ほぼ等身大の人の形になった。


 人の形といっても、綿飴で作ったマヌカンのようなもので、顔も髪もなく、関節のありかもはっきりしなかった。

 人の形をしたものは、壊れたおもちゃのようにくきくきとぎこちなく手足を動かした。



 すると、固唾かたずを呑んで見守っていた人々の間から、ふっという笑い声が漏れた。


 笑いはあっという間に周囲に感染して、どっとした哄笑こうしょうになった。




 その時、鬼が「くわっ」と叫んだ。




 叫んだだけで少しも動きはしなかったけれど、見物者たちはしいんとなった。


 1人いなくなったような気がしたのだ。


 見物人の中から、誰だかわからないが、1人が鬼に喰われていなくなったように感じられた。




 再び鬼が「くわっ」と叫んだ。




 また1人、いなくなったようだった。



 誰かが「きゃー」と声をあげた。


 人々は恐怖にかられて我先に校庭から逃げ出した。





 校庭には白くぼんやりとした鬼だけが残された。



 鬼はぼんやりとした曖昧な顔で「ふぉふぉふぉ」と笑った――という噂だ。

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