第20話 G.P.S.覚書〈その8:邂逅〉



 夜 不寝番で焚き火の管理をしながら ノートに書き写してきた森小鬼モグルの生態について読み返し 少しでも皆様のお役に立てることはないか考えを巡らせます。



「魔術師殿 交代の時間だよ」



 テントから出てらっしゃったアイリスさんが 声を掛けて下さいます。

 もう少し ノートの確認をしておきたい旨をお伝えしますと 優しくたしなめられました。



「緊張するのは分かるけど 寝た方がいいよ。睡眠不足だと判断ミスを起こしやすくなるから」



 ……判断ミス。

 昼の森小鬼モグルとの遭遇戦での判断ミスについて お詫びを申し上げます。

 わたくしが 動揺したりせず 冷静に呪文を完成していれば 皆様を窮地に追いやることもなく もしかしたらフィンも怪我をせずに済んだのかもと思うのです……。

 アイリスさんが仕留めて下さったので 最悪の事態は回避できたとは思いますが 自分の実力不足を悔やまずにはおれません。



「それは違うよ 魔術師殿。もしキミ達が判断ミスをしているとしたら 敵と遭遇した時点で あたし達を呼ばなかったこと。あたし達を呼んでくれていたら より早く より確実にヤツらを仕留められる状況が作れてた」



 爆ぜる焚き火に 薪を足し入れながら アイリスさんが続けられます。



「あたし達はチームなんだよ。獣道探したり 遠くの敵を倒したりなら あたしだし 1対1なら 剣士君や先生の出番。そして 多数の敵を一気に無力化したりダメージを与えるのは 魔術師殿 キミの独壇場」



 赤く揺れる照り返しが アイリスさんの濃紺色インディゴの髪を染めます。

 焚き火の光を受けて 輝く瞳がわたくしを真っ直ぐに見つめます。

 わたくしのような若輩者に そんなことができるのでしょうか……。



「うん。キミならできるよ。今日1日 共に行動したけど キミの律儀で 皆のために行動しようとする人柄は よく伝わってきたし。そういう人間が戦場じゃ一番強い……先輩に何度も言われた。キミならできるって」



 アイリスさんの誠実そうな瞳で見つめながら励まされると なんだかわたくしにもできることがあるような気がして参ります。

 わたくしも 歳上の衛士さんの目を しっかり見つめ返し ゆっくりと頷きます。



「うん。頼りにしているよ 魔術師殿。さぁ 今 キミが 皆のためにできることは 身体を休めること。見張りは あたしに任せて 少しでも横になってきて」



 ………。

 ……。

 …。

 


 早朝 日の出と共に出発し 昼食休憩から 1刻ほど歩いたところで 先頭のアイリスさんが 歩みを止められます。

 キールさんへと目配せして 全員が戦闘準備。

 わたくしも 自らの魔導書グリモアをグッと握り締めます。


 わたくしの横には 機械式弩クロスボウを構えられたアイリスさん。

 前列中央には 聖印の丸盾ラウンドシールド棘付きの鉄球モーニング・スターを携えられたシスター・フィーナ。

 その右手側には短剣を抜かれたキールさん。

 盾側には 真っ赤な髪のフィンピジョン・ブラッドが片手半剣を構えます。


 林の向こうから 散開しながら向かってくるのは20匹近い森小鬼モグルの群れ。

 中には 人間の男性ほどの背丈に灰褐色の肌をした土小鬼ドグルの姿も 2匹ほど。



 わたくしの役目は 大多数の無力化。

 その為には 相手戦力の的確な把握と分析。

 森小鬼モグルの群れの様子をしっかりと見極めます。


 相手の群れは 大型の土小鬼ドグルが2匹。

 そして 森小鬼モグルが15匹。


 土小鬼ドグルは 2匹共に大きな棍棒を装備しております。

 森小鬼モグル共は ほとんどは棍棒装備ですが 数匹は短剣のようなものを持っております……要注意です。

 鎧のような装備は無く ボロ布を身に巻いている程度。

 盾を持っている者もおりません。



「天なる父と 城壁の守護聖人ロンバスの名において 我等を護る盾を授け給え〈防護プロテクション〉!」



 シスター・フィーナの祈りの声で 身体が白い微かな燐光に包まれます。

  


「うふふ。悪鬼共 裁きの時間ですわ。わたし 数日前から ウズウズして眠れませんでしたのよ……。フィーナ・ヒューガス 参ります!」

 


 シスター・フィーナは 鉄球の鎖を一度ジャラリと鳴らされると大きく踏み込んで一番手前にいた不幸な森小鬼モグルを一撃で血祭りに上げられます。

 そして 返しの振りで さらにもう1匹の頭を文字通り吹き飛ばされました。

 

 ……いよいよ 戦闘開始でございます。


 まず 無力化すべきは 2匹の土小鬼ドグル

 その為に準備すべき呪文は……そう考えはじめた時 はたと気付きます。

 敵の後方にいる1匹の森小鬼モグルの奇妙な動き。

 よく見れば 手にしているのは 棍棒ではなく杖なのかもしれません。

 さらには 首から獣の頭骨でしょうか 得体の知れない首飾りを下げておるように見受けられます。

 昨夜読んだ 森小鬼モグルに関する記述が脳裏に甦ります。

 そうです 百匹を超える群れには……。



「アイリスさん! あの一番奥の森小鬼モグル! アイツを殺ってっ! アイツ たぶん森小鬼の巫術師モグル・シャーマンっ」


「了解 魔術師殿!」

 


 ─── ビュンッ ───


 激しい風鳴りの音と共に太い弩矢クォレル森小鬼の巫術師モグル・シャーマンの喉笛に突き刺さります。

 1匹1匹は弱いとは言え 多勢に無勢。

 魔法など使われて こちらを弱体化されては 堪ったものでは ありません。

 敵のマジックユーザーを初手で屠ったのは 良手だった筈。

 

 逆に わたくしが戦闘不能になる事態は なんとしても避けたいところ。

 フィンも キールさんも 森小鬼モグルを倒すことより わたくしの方へ寄せ付けないことを主眼に戦って下さっている模様です。


 シスター・フィーナが たちどころに森小鬼モグルを2匹ほど倒したことで 敵も警戒したのでしょう。

 主力たる土小鬼ドグル2匹が シスターに肉迫しており 危険なご様子。


 この状況で 先ずわたくしが優先すべきことは ディフェンス・ラインを少しでも 長く維持して頂くこと。

 


「Jred afh gemdr……」

 


 キーワードに反応して 魔導書グリモアが開き 薄青色の燐光と共に展開された 小型の魔方陣にパラメーターを設定していきます。 


 ── ガチャリ ──


 わたくしが 呪文を組む横で アイリスさんが機械式弩クロスボウに脚を掛けて弦を引き上げ もう1発 太い弩矢クォレルを装填されたかと思うと 素早く構えられて 発射。

 右側の土小鬼ドグルの肩口に命中。

 戦意は失っていないようですが 後退致します。

 これで シスター・フィーナの負担が軽減される筈。


 次は お仲間全員とわたくし自身に援護を。



「ジーナが 皆のこと援護するねっ!いくよっ!〈筋力ストレングス〉ッ!」



 薄青色の魔方陣が 燐光を放って お仲間の方へと拡散致します。

 そして 魔素に導かれた霊子が 身体に入り込んでくるのが分かります。

 これで四肢に力が漲り 武器を振るうのが 楽になる筈。


 シスター・フィーナの〈防護プロテクション〉とわたくしの〈筋力ストレングス〉。

 準備は整いました。


 戦いは ここからです!

 

 





 

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