TUTTOFARE -ある便利屋の日常-
洗濯うさぎ
第1話 窃盗犯
窃盗犯 1
「まだ分からないの!? 早くしなさいよ!」
女性の金切り声が部屋中に響いた。
絵画やタペストリーで豪華に装飾された部屋を、シャンデリアの蝋燭が照らしている。
若いメイドは狼狽え、その隣で初老の男性が頭を抱えている。2人は先ほど怒鳴り声を上げた人物を恐る恐る盗み見た。
怒りに震えた女性が、部屋の中央に立っている。彼女が睨んでいるのは、扉の前にいる2人の男。
アレッサンドロ・ディ・マルティは大きな目を見開き、黒髪の癖っ毛を手でゆっくり撫で付けた。
彼は今し方、ヒステリーな声を上げた女性をまじまじと観察している。
この屋敷の女主人だ。年齢は30〜40代といったところ。化粧は濃く、ショッキングピンクのドレスを着て薄茶色の髪の毛をバレッタで留めている。
彼女から目を逸らした後、チラリと自身の隣に立つ男を見た。
背の低いディ・マルティとは違い、見上げるほど長身の男が、無精髭の生えた顎を触っていた。
無造作な黒髪、タレ目の青い瞳が場違いなほど柔らかい印象を与えている。
何か話したそうな仕草をしている男に対し、彼は眉間に皺を寄せ首を横に振った。
「なに!? ダンマリなわけ!? お金を受け取ったくせに何も出来ないなんて、とんだ無能を雇ったものね!」
ディ・マルティはその言葉に眉を上げると、咳払いをしてから全員に向き合った。
「わかりました。誰が宝石を盗んだのか、これからお話ししましょう」
「さっさと教えなさいよ! 一体誰がやったの!?」
「結論から言いますと、犯人は今この部屋の中にいます」
「わ、私じゃありません! ずっとキッチンにいました!」
「私も違うぞ!? 今日はたまたま、姪の様子を見に来ただけなんだ! 本当だ!」
慌てて代弁し始める2人に、ディ・マルティは優しく笑いかける。
「みなさん、落ち着いてください。今、犯人は盗んだ宝石を所持しています。すぐに分かりますよ」
「だったら身体検査でもなんでもしなさいよ!」
女主人がまるで正気を失ったように怒鳴った。
そんな彼女に振り返ったディ・マルティは、人当たりの良い笑顔で答える。
「ではまず、あなたから身体検査を始めましょうか」
「はあ!?」
女主人は予想外の言葉に裏返った声を上げた。
驚きに見開いた目は次第に吊り上がり、乱暴な足取りで彼に近づいた。
「なに寝ぼけたこと言ってるの!? アタシは依頼人なのよ!? 盗むわけないじゃない!」
彼女は怒りで声を荒げ、手を窄め上下に振っている。
その様子にディ・マルティは怖気付く様子もなく淡々と答えた。
「あなたが先ほど支払ったこの銀貨は、そこにいる叔父さまのものですよね? 依頼人だと威張りたいなら、ご自分で支払ってからにしてください」
ピシャリと図星を突かれた女は唇を噛み締め、初老の男性は後ろめたそうに狼狽え俯いている。
「ご婦人。そのドレス、煌びやかで素敵ですね。とてもお似合いです。ただそれに比べて靴が随分と汚れてますね」
女は彼の言葉に顔を引き攣らせ、息を呑んだ。
その反応を確認した後、ディ・マルティは部屋を観察するように見回している。
「この部屋も一見とても豪華に見えますが、よく見ると日用品は安物ばかり。失礼ですが、金銭的な問題を抱えているのでは?」
「な、なんてこと言うのよ! 私は被害者よ? ピッキングの跡だって残ってるでしょ!?」
「その件については、ウチの助手から話があるみたいで」
『助手』と呼ばれた高身長の男はいそいそと前に出ると、人懐っこい笑顔を浮かべながら弾む声で話し始めた。
「ふぅー、やっと喋れるぜ。どーも、みなさん。俺はジジ。ディ・マルティ社長の助手でーす。気になる点が何個かあんだけど、まず一つ目。鍵穴にすげー傷がついてるんだ」
ニコニコと明るく話すその口調はこの場に全くそぐわないのだが、本人は気付いてない。
「こんな雑なピッキング、見た事ないね。盗みをやるような奴らは慎重で、手慣れてから犯行に及ぶんだ。だからこんなのあり得ない。犯人がよっぽどの間抜けじゃない限り!」
笑いながらふざけ出した助手の背中を、ディ・マルティが力一杯叩いた。
「あと鍵穴っていうのは一度ピッキングされたら鍵が入りにくかったり回しにくくなるもんなんだけど、この鍵穴はすんなり入る」
「ほら!」と言いながら、ジジはドアノブを握ると、鍵穴に鍵を入れて全員の前で何度も施錠している。
「そもそもこんな簡単な構造の鍵が開けれない泥棒なんていないって。わざと傷跡を残して盗まれたように細工したんじゃねーか? ってのが俺の見解でーす。以上」
そう言い放った助手はペコリと頭を下げてから後ろ歩きで退いた。
女主人はドレスの裾を力一杯握りしめている。そんな彼女を横目で見た後、ディ・マルティは初老の男性に向き合う。
「あちらに置いてあるカバンは貴方の物ですよね?」
「え、ああ、そうだ」
「お手数ですが、不審なところがないか確認してきていただいてもいいですか?」
不思議そうに首を傾げた男性は、ディ・マルティの言う通り自身のカバンを取りに行った。
「ん? おかしい。カバンが開いている」
「こちらのご婦人が開けたと思われます」
ディ・マルティがそう言うと、女性はギョッとして体を後ろに引いた。
「な!? なっ、なに言ってるの!?」
「宝石を盗まれたと自作自演し、それを彼のカバンに忍ばせる。盗んだ濡れ衣を着せて、更に金銭的援助を強請るつもりだったんですよね?」
「で、デタラメよ! あたしがっ、そんなことっ……」
否定的な言葉とは裏腹に、彼女は明らかに狼狽えていた。焦りを宿らせた目を泳がせ、額には汗が滲んでいる。
その様子に、ディ・マルティが容赦なく追い詰める。
「結局上手くいかずヒステリーになった、というところでしょうか」
「……」
「ピッキングの偽装なんてしなくてもドアノブを壊せば良かったのでは? まあ、そうなると修理費がかかりますけどね。節約家のあなたのことだ、ためらったのでしょう」
ディ・マルティはメイドに向かってウインクをする。
彼女の制服は裾がほつれ、ボロボロになっていたからだ。
「アンジェリーナ」
初老の叔父はジッと女主人を睨み、低く怒りのこもった声で呼ぶ。
その表情を見た女主人は歯をガタガタと震わせ、ついにその場にしゃがみ込んだ。
「ごめんなさぁい、おじさま……どうしても欲しい指輪があったのぉ……」
彼女は観念したように、ドレス腰元の内側に隠していたそれを取り出した。
美しく磨かれた翡翠に光る石は、蝋燭の火に照らされてその美しさを強調している。
その様子を見届けたディ・マルティは、にこりと笑って全員に話しかけた。
「解決ですね。あとの事は皆さんにお任せいたしますので、領収書にサインをお願い致します」
叔父はディ・マルティが差し出した万年筆と小さなメモ帳に氏名と日付、支払った金額を書き、不思議そうな顔で彼を見た。
「それにしても、なぜ宝石をまだ持ってると分かったんだ?」
「ああ、それは俺が……」
「あはは、企業秘密ですよ。彼の得意技なんです。それではこれで」
彼はメモ帳とペンを受け取ると、急いで助手の腕を掴み、力ずくで部屋から出た。
玄関ホールに置いておいた黒いコートと荷物を素早く手に取ると、そのまま外に飛び出したのだった。
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