第3話 あの、全部聞こえてるんですけど

 キーンコーンカーンコーン


 チャイムの音が鳴ると、一人の碧眼の少女はカバンから弁当を取り出した。

 彼女の名前は千ヶ織 優香。

 やや釣り目で、凛々しい顔立ちの少女だ。

 

 そして彼女はこの学校の中で最も勉学の成績が良い。

 さらに容姿端麗。

 そのためクラスの中ではどこか浮きがちな、浮世離れした存在である。

 また、そんな浮世離れした雰囲気の通り、彼女自身あまり交友関係を築かない。


 とは言っても、彼女が交友関係を築かないのは彼女の性格的な問題・・・・・・・・・によるものだけではない。


 むしろ彼女は交友関係を築くのは得意な方である。

 築こうと思えばいくらでも恋人だろうが友人だろうが作れる。

 ではなぜ交友関係を築こうとしないのか。

 それは、彼女の社会的立場がそれを邪魔をし、皆から嫌悪されるからである。


「……時間ね」


 千ヶ織は、いつもの様に弁当を手に持ち、席を立とうとした。

 

「……子分を引き連れてきて何か用かしら、仙場君」


 すると、席を立とうとする千ヶ織の前に男子生徒3名が立ちふさがった。

 男子2名は1人に付き従っており、リーダー的ポジションの男子、仙場悠馬が口を開いた。

 

「千ヶ織 優香、ちょっと面貸せ」


 怒気を孕んだ声。

 有無を言わさず彼女を従わせようという意思が感じられる。

 

「ふん、私が何かしたというのかしら?」


「はっ、とぼけても無駄だぞ。お前の父親の事だよ」


「……」


 千ヶ織は、この男子の言わんとすることを理解した。

 父親の事と言われれば一つしか思い当たる節がない。 


(周りの生徒たちはざわざわとこちらを傍観しており、恐らく助けを求めても意味はないでしょうね。

 きっと父親の社会的立場クソ土産のせいでみんな嫌悪してるんだと思う。

 それに、助けを求めたところでこの男子たちが引いてくれるか、と言えばNOだわ。だから、ここは大人しく付いて行くいくしかないわね)


 そう判断した千ヶ織は渋々男子生徒たちに付いて行くことにした。

 仙場悠馬のあとを付いて行くと、校舎裏に辿り着いた。


 ああ、なるほど。

 何のために彼女は呼び出されたのか理解した。

 全く、幼稚な事この上ないわね。


 千ヶ織はそう思った。

 そして、仙場悠馬はおもむろに喋りだす。


「なあ、お前の親父、BLOCKとかいうふざけた組織を名乗って電槌の情報をリークしてるんだろ?」


「さあ、お父さんの事はよく知らないわ」


 ピシャリ。


 千ヶ織は容赦なくビンタを食らわされた。

 

 打たれた箇所を手で押さえ、彼女は仙場悠馬を睨む

 しかし、そんな彼女の様子にはお構いなしとばかりに仙場はペラペラと喋る。


「俺の親父はな、電槌の役員なんだがな……最近BLOCKとかいう組織のリーダーが電槌の重要取引情報や実験情報をリークしてるって噂を聞いたんだ。そして俺が調べてみたらお前の父親はBLOCKのリーダーらしい。

 薬物実験、違法な武器輸出、こっちにはバラされたら不味い情報が沢山あるんだよ。だからお前の親父に俺らの会社を嗅ぎまわられて情報をリークされるのはうっとおしいんだ。

 まあ、握りつぶそうと思えば握りつぶせるけどよ、敵対者にはその家族だろうとこうやって厳しくお仕置きをしなければな」


「へえ、電槌にはそんなバラされたら不味い情報があったのね。初めて知った──」


 ピシャリ。


 再びビンタを食らわされる。


「生意気な口をききやがって。こっからはビンタだけで済むと思うなよ?」


「……目が怖いわよ」


 変わらず憎まれ口の千ヶ織。


 そんな彼女の様子に激高したのか仙場は拳を振り上げた。




▽▲▽▲


 あの、全部聞こえてるんですけど。


 俺の耳、ダンジョンハンターになってから無駄に良くなったせいで校舎裏の会話まで全部聞こえてしまうんだが。


 1か月休んだせいで一ミリも分からなかった授業が終わって、ようやく休み時間だと思ったら、なんかゾロゾロと男子生徒たちが女子生徒一人の前に集まった。

 で、面貸せとか何とか言って教室から出て言ったら、こうして声が聞こえてきた。

 で、今に至る訳だ。


 うーん、これってどうしたらいいんだろうか。

 めっちゃ修羅場そうなんだが。 

 男子生徒の方なんてめっちゃ怒ってるし。

 

 んー、でもあの男子って誰だろ。


 俺は窓から身を乗り出し、そちらの方を凝視する。

 

 魔力を目に集中させ、ジッと見ていると、クラスメイトの仙場悠馬君と千ヶ織優香さんが見えた。


 仙場君はクラスの陽キャ。

 それに電槌の役員の息子だって噂もある。


 千ヶ織さんはクラス一の美人。

 成績優秀で容姿端麗。


 どっちも陰キャでコミュ障の俺とは遠い存在だ。

 だから、ケンカはやめた方がいいなんて絶対に言えないわけだ。


 言ったら俺みたいなカースト底辺はすぐさま抹殺されそうだからね。


 あ、ビンタ食らわせた。


 え、ちょ、これってマジで止めた方がいいやつ!?

 ただじゃれ合ってるだけの可能性も……。

 いや、じゃれ合いでビンタ食らわせるなんてあるか!?

 

 あー、もう、分かんねえ!


 取り合えずなるようになれだ!


 俺は机の上に集めていた消しかすを集め、ネリケシにする。

 そしてネリケシに魔力を纏わせて硬化させる。

 十分に魔力を纏わせたら、今度は指に魔力を集中。


 でも、あまり大胆に魔力を操作すると周りから様子が変だと思われるから最小限の操作にとどめる。

 しかしながら最小限とは言っても常人にとっては莫大な魔力であるため、威力はお墨付きだ。


 俺は指でデコピンの形をとり、ネリケシを弾く。


 パシュン!


 風を切る音と共にネリケシは凄まじい速度で正確に仙場君を打ち抜いた。

 さらに、人体の急所に当てたため、気絶とまではいかなくても全身がショックによって硬直する。


 バタリ、と仙場君は倒れた。


 これでヨシ。

 いやいや、ヨシ、じゃねえよ!

 威力は多少抑えたとはいえ、明らかに不味い事したと思うんだが!?


 いや、ま、まあ?

 仙場君は電槌の重役って噂もあるし?

 電槌はテックボルトのライバル企業だし?

 こうして俺が仙場君をスナイプしたのも、ハンター活動の一環と言えなくもない。


 てか、暴力は良くないし。 

 集団リンチは止めなきゃだめだからね。

 俺は何も悪くない。

 そう、俺は何も悪くないのだ。


 そして俺はそそくさと窓から離れ、いつもの様に弁当を食らうのであった。



▽▲▽▲


「ちょ、仙場君!?」


 目の前で仙場悠馬が倒れこんだ。

 倒れこんだ彼は、全身が硬直して動けない様子。


 殴られるかと思ったら、なぜかこうして目の前で勝手に倒れた。

 

 一体何が起こったのだろうか。


 千ヶ織は疑問に思った。


(何か鈍い音が聞こえた気がする……まさか、狙撃でもされたのかしら)


 でも、こうして致命傷にならない範囲で、硬直だけを狙って狙撃となるとスナイパーの腕は相当になる。

 それに、出血はないため弾丸ではない何かで彼は狙撃された。


 恐らく、魔力による硬化を使用したと思われる。

 しかしながら、魔力による硬化は、物質の性質そのものを変化させる術であるため、魔力を莫大に消費する。


 普通ならばこの距離であっても気配に気づくハズ。

 しかしながら、千ヶ織は気配を一切察知することが出来なかった。

 スナイパーは相当な化け物だ。

 きっとだが、人を殺すことに慣れているだろう。


 しかし、なぜそんな人間がこの学園に? 

 それも電槌の役員の子息である彼をスナイパーは狙った?

 まさか、この学園の裏で巨大な力が動いているとでも言うのだろうか。


 ふと、校舎の方を見てみる。


(……あれは?)


 フワリ、と美しい白色の髪が窓の外にたなびいていた。

 しかしながら、こちらに見られている事に気づいたのかそそくさと白色の髪は引っ込んでしまった。


(……まさか、クラスメイトの紅夜君かしら?)


 この学校であの様な特徴的な白髪など、彼くらいしかいない。

 しかしながら、彼はただの一般生徒だ。

 これまでの学園生活での彼の印象は”凡庸”。

 

 成績は可もなく不可もなく。

 交友関係はあまり広くない。

 今日、久々に学校に来たと思ったら、なぜか美少女みたいになっていた。

 

 千ヶ織が彼について知っていることは以上だ。


(でも、彼がこれをやったなんて……まさかね、あり得ないわ)


 それでもこんな的確なスナイプを彼がやれるとは思えないし、彼がこうしてスナイプしている場面が想像できない。

 故に、千ヶ織は彼はこれには一切関係ない、と結論を下した。


(というか、こんなこと考えてないでさっさと逃げることにしようかしら)


 と言う訳で、千ヶ織はそそくさと目の前で硬直した仙場と、それに駆け寄った2人の男子を無視して逃げることにした。

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