第43話
その晩はいつもの耳鳴りが酷く、オデットは苛立っていた。
それだけではない、小さな地震がなんども起こり、都には不穏な気配が漂っている。
最近は遅くなっても必ず家に帰ってきていたユリウスが、今夜に限っていつまでたっても戻らない。
「いやだわ……なんだか気味が悪い」
「……まだ、戻らないのか?」
ハンナに何度も問うが、首を横に振られてしまう。
「連絡もくださらないのは、おかしいですね」
「わたくしはまだしばらくここにいるが、ハンナはもう休め」
「そんなことはできませんよ。夫に騎士団まで確認に行ってもらいましょうか?」
「だったら、外にどうせ監視……ではなく警護が隠れているだろうから、使いに出せ。オリバーに頼んで探してもらってもよいか?」
普段は姿を見せないが、マクシミリアンはこの家の周囲に騎士を配置しているとオデットは推測していた。甘んじて受け入れているのだから、困ったときに役にたってもらってもよいだろう。
ハンナの夫のオリバーを外に送り出すと、彼はほどなくして血相を変えて戻って来た。熊のような大きな体躯の男を連れて。
突然現れた男は、オデットを見るとうやうやしく礼をした。
「第七騎士団の団長をしております。マルセロと申します。こんな夜更けにもうしわけありません」
その姿に見覚えはなかったが、声には聞き覚えがあった。ユリウスが公園で団長と呼んだ、野太い声の主だ。
「団長殿がわざわざどうしたのだ?」
ユリウスが帰宅せず、彼の上司が姿を見せる。嫌な予感しかしないが、オデットは冷静であれと必死に自分に言い聞かせた。
「ユリウスが消えました」
「消えた? どういうことだ……?」
「言葉通り、突然いなくなったのです。|御者《ぎょしゃ》もはっきり目撃しております。……その場に魔術師のサンドラがいて、少し揉めている様子だったと。その直後、ユリウスは忽然と姿を消したそうです。おそらく魔術の|類《たぐい》だと思われます」
「サンドラが?」
オデットは耳を疑った。あの女魔術師が、人を一瞬で消してしまえる魔術を扱えるなんて、聞いたことがない。それに、先日の二人は険悪な関係ではなかったはずだ。急に危害を与えてくるとは考えにくい。溢れかえった疑問が上手く整理できない。
「サンドラは今どうしている?」
「彼女も姿をくらましました」
マルセロは一度、分厚い唇を堅く結んでから、丁寧にここに来た目的を伝えてきた。
「そのことで取り急ぎ、オデット殿には宮殿にお越しいただきたい。マクシミリアン王がお呼びです」
「わかった」
あの赤毛の王がオデットを呼び出すには相当な理由があるはずだ。地震も酷い耳鳴りも偶然ではないのだろう。
マクシミリアンに会いたくはないが、他に事態を正確に把握する手立てがないオデットは、呼び出しに応じるしかなかった。
しかし、マルセロのあとについて歩き出そうとすると、ハンナがそれを引きとめる。
「お待ちください。私は旦那様のいない間、オデット様のお世話を任されております。旦那様の許可なくオデット様をお一人で屋敷の外に出すことは許されておりません」
刃向かうようなハンナの態度に、マルセロは怒りこそしなかったが、困惑の表情を浮かべた。
ただの使用人が王命に背くような発言をしては、ユリウスへの心証もよくはないだろう。
「ハンナ、大丈夫だ。団長殿には以前に助けてもらったことがある。信用していい。……団長殿、申し訳ない。ハンナはとても心配性なのだ」
オデットが小さく頭を下げると、マルセロは寛大な人物のようで、気にした様子もなく受け流してくれた。
「ご婦人よ。心配なら宮殿までは一緒に来てもらってもかまわんが」
「いや、だめだ。ハンナはここで待っていてほしい。きっとあの場所では良くないことがおこっている。わたくしにはわかる……たぶんわたくしのせいなのだ。お願いだ、安全な場所にいてくれ」
「オデット様……」
「今から出かけたら、帰って来るのは朝になるかもしれない。朝食は温かいスープがいい」
一度ハンナのふくよかな体を抱きしめてから、オデットはマルセロと共に屋敷を出て行った。
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