第34話

「できぬことはゆっくり学べば良いのです」


 ユリウスは当たり前のように諭す。この家にいてもそうだ。変化を求められていることはわかっている。身分を失った以上、きっとそれが正しい。でもオデットは、自分そのものを否定されているようで、素直には受け入れられない。それに、オデットには「普通」とは違う問題がある。


「……努力ではどうにもならないこともある」


 ナイトドレスをぎゅっと掴みながら、苦いものを吐き出す。

 なんのことを言ったのか、ユリウスはすぐに理解したのだろう。


「子ができぬ夫婦は大勢います」

「だが、伴侶を満足させられない妻は私くらいだろう」


 すっと、伸びてきた手を思わず振り払う。すると、それまで穏やかだったユリウスの瞳に怪しい影が落ちた。


「私を伴侶と認めてくださるのなら、もう、遠慮も手加減もしませんが


 ユリウスはその場で、突然自分のシャツを脱ぎはじめた。


「何を?」

「貴方は私の伴侶なのでしょう?」


 今まで一度だって、ユリウスは服を全部脱がなかった。だから彼の服の下に隠されていた、たくましい肉付きを目にしたのは初めてで、それだけで心臓に悪い。


「ほら、私が脱いだのだから、貴方も自分で脱ぐんです」

「……でき、ない」


 目のやり場がなく顔を横に逸らせていると、無防備になったオデットの首筋にユリウスが軽くかみついた。 


「やめろ……」

「痛くはしていないはずですよ。貴方も同じことをしてください」

「できない……」


 今から繋がる気なのかと、オデットは怯えた。後からくるであろう、まじないの痛みはもう二度と経験したくない。


「大丈夫です。私はあなたを二度と傷つけません。呪いにさいなまれるようなことをするはずがありません。まねごとをするだけですよ」

「まねごと?」


 ユリウスはその晩、オデットの身体を執拗に乱した。


「夫婦の閨事は、何も直接繋がるだけではありません」


 そう言って何度も、何度も高みに押し上げられ、女としての喜びを教え込まれていく。

 オデット一人を。


「お前は……これで満足なのか?」

「とても気持ちが良かったでしょう?」


 違う。だったら、なぜユリウスはこんなに苦しそうな顔をしているのだろう。

まねごとは、所詮まねごとだ。


知らなければよかったのに、最初の晩に激情を知ってしまったから。

 あと先を考えないで、本能のままお互いの身体を貪ることができない自分達は、何にもなりようがない。


「わたくしのことなど、捨て置いておけばよいものを……」


 事後の処理をするために、清める湯を取りにいったユリウスが消えると、オデットは枕にむかって吐き出した。


 ひとりになれば、熱はすぐに冷めてしまうのに。

 オデットははじめて、このまじないの存在を本気で憎んだ。

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