第16話 いろいろな目的

『イーチェは分かるよね、特別な力を持った人が感じる特権とかノブレスオブリージュみたいな疼きとか』


 サーファの指摘が悔しくて、異世界転生の醍醐味みたいなものに対しイーチェに同意を求める。


『……電脳遊戯も仮想現実もとっくに飽きた。それが楽しめるのは義務教育まで』

『あんた何歳だったのよ』

『……記憶不明、でも数えきれないほどの仮想体験してるから数百年分くらいの経験値はある。直近ではナマケモノの一生を味わってた』

『それって面白いの?』

『……別に面白いから味わってたわけじゃない。ただの消費行動』

『あんたの時代って何を目的に生きてたのよ』


 人類の多くが労働から解放された時代らしいが、その先が想像できない。


『……別に目的なんか無い。死ぬまで生きているだけ。逆に聞くけど、ニーミャは何のために生きてたの?』

『私は……』


 そう問われると、ハテ、なんのために生きていたのか答えが浮かばない。


『はいはい! あたしはね、いい大学入っていいとこに就職して結婚してマイホーム建てて、そんでいっぱいの孫に囲まれて縁側で猫を撫でながら死ぬの!』


 サーファが話に割り込んで元気に答える。

 満面の笑みで迷いなく答える彼女を見ていると、もしかすると言った通りの人生を歩んで、今ここにいるのかもしれないと思った。

 少なくとも自分の人生に対し目標をしっかりと語れる羨ましさを感じたのは事実だった。

 サーファの言葉は一般大衆的な価値観で、そこに個性は無いように思えたけど、きっと迷いや悩みは少なかったんじゃないだろうか。それがいいとか悪いとかじゃなく、サーファの時代よりもたくさんの情報と選択肢に囲まれていた自分は人生を楽しめていたのか疑問に思った。

 そして私よりも高度な科学に囲まれて生きていたイーチェは、サーファよりも恵まれていたと言えるのだろうか。

 何もかも満たされた世界とはどんなものだろう。何かを得るために時間と労力という対価を費やすものだが、余った時間と労力を目的もなく消費するだけの毎日とは幸せと言えるのだろうか。


 まあいいか。

 私にとっては今この瞬間が現実だ。イーチェが前に言ったように、この世界自体が仮想現実の可能性はあるにせよ、それを暴くため、積極的に自死を試すつもりもない。


『ていうか脱線しすぎ。陰謀論も異世界論も死生観も置いといて、今は明日の行動を確認しておこうよ。少なくとも今この瞬間は現実の世界なんだから、この一生を大事に生きたい』


 きっとこの三人なら、どんな困難も乗り越えられるかもしれない。と敢えて続けなかったのは照れ臭いからだ。


『……守ってほしい』

『三人なら大丈夫!』


 不安そうな長女とどこまでも快活な三女が、私の言葉を繋いでくれた。


 その後、私たちは明日の行動についてまとめた。

 見送りのために道に出る際、母が引率してくれることになっている。

 聞き分けのいい私たちは母の言うことを良く聞いて行動することが基本になるが、マホウツカイの家だけは私が視認したい。


『隙を見てダッシュすればいいんじゃないの?』

『だから、その後に制限がかかる妙な真似はしたくないんだってば。だいたいさ、まだ三歳児だよ? 走ってもすぐに掴まる自信があるね』

『あたしなら走れるよ!』

『あんたが家を見れても「家があった!」くらいしか分からないでしょ?』


 サーファは何度言っても強硬策を提案してくる。


『イーチェは何か案がある?』


 人生経験豊富な長女に聞いてみる。仮想人生だけどね。


『……サーファがニーミャをおんぶして走ればいいんじゃないの?』

『まあ確かに、そのくらいしか案が無いのよね』


 それならば三女の奇行ということで言い訳もできるだろう。いくらなんでもマホウツカイの家を目視したから処罰されるということもないだろう。どうせ三年後には私たちも呼ばれるわけだし。

 ちなみに私たちも明日で四歳になる。この世界ではいつ生まれても誕生日は新年最初の日なのだ。


『肩車でもイケるよ!』とサーファ。

『自信満々だけど大丈夫なの? 背格好だって私たちと変わらないじゃん』

『ふふふ、あたしの能力を知ってるでしょ? 触れたモノを調べたり効果を与えたりできるの。試しに足に触れて強い子をイメージしたらすごくジャンプできたよ』

『え、まさか身体強化的な?』なにそれすごい。

『感覚的にはホウレンソウを食べてパワーアップしたみたいな効果があるよ』


 サーファは両腕の力こぶを見せつけるが、そこに隆起する筋肉は存在しない。


『ホウレンソウが何だか分からないし深夜だし、ここで試す訳にもいかないから、ぶっつけ本番しかないか』


 ここでドタバタしていて母親に怒られたら明日の見学が中止になってしまうかもしれない。

 そんな訳で、結局は出たとこ勝負、みたいなグダグダな結論で締めくくり、いつものように三人で固まったまま、前世の大みそかに該当する夜は更けていったのだ。

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