第13話 ミレイパルト

 私たちは、この村長家の敷地から外に出たことがない。

 立地的には高台にあるため、塀に囲まれた庭から村の全景は見渡せる。そこは牧場的というのだろうか、農場や牧草などの緑が広がっている。その中に百軒ほどの民家が点在していて、村の総人口は500人程度と聞いている。

 村の名前はアメ―ラム。主な産業はモフモンヌという家畜を利用した酪農と小麦っぽい穀物の栽培。

 ここから馬車で半日ほどの距離にカンランパという都市があり、そういった都市を束ねる形でミレイパルトという名称の中央府と呼ばれる“国の首都”みたいなものがあるらしい。


 それらの情報は家にある紙の書物や、糸で綴じられた紙の束に書かれているこの世界の文字を読み取ったものだ。

 製紙、製本の技術はあるけど、写真や版画といった複写手段はない。

 それでも、文字や描画によって、歴史や情報を残す文化はある。

 また、簡単な計算や農業の手順といった教育手段として文字を活用していることが伺える。

 ちなみに、この世界の文字をイーチェとミーニャは理解していない。厳密に言うと母やテレによって教えてもらっている最中だ。

 私はこの視覚の影響なのか物心ついた時からどんな文字でも理解できているため、自分の知っている情報をかいつまんで二人に伝えた。


『ずっこい! 翻訳こんにゃくみたいじゃん!』とサーファにツッコまれる。

『……ちなみにわたしは、聞こえる言語は理解できるし発音できる』

『まじか、多言語理解なんてチートうらやま』

『『チート?』』


 ちょうど二人が生きていた時代の中間地点だからなのか、私の発する語彙に対して二人が口を揃えてツッコむことが多い。いちいち翻訳するつもりもないけど、ってイーチェは聞けば自動翻訳されるんじゃないの? という指摘には「常用言語以外は無理」と言われた。そこはニュアンスが仕事しろよ。


『まああたしも文字が読めなくても、誰かと話さなくても触れていれば相手の状態が分かるからね』


 サーファが胸を張って答えるが、そこを張り合っている場合ではない。


『話を戻すけど、つまりこの世界の常識なり状況なり、それを知っておかないことにはどうにもならないのよ。私たちでさえ常識の違いで右往左往するんだから、これでこの世界にとんでもない常識があったとしたらキツイでしょ?』

『とんでもない常識って?』

『……人身御供とか人身売買とか奴隷制度とか』


 私の言葉にサーファが即レスしイーチェが答えてくれるが不穏だな、おい。


『イーチェが言うような、そこまでピリピリした文化があればもっと雰囲気も悪くなりそうだけどね』

『……でも“七歳の儀”があるのは事実』

『マホウツカイ、だね』

『そう。最後の四つ目、マホウツカイに関しても調べておきたいのよ。なぜ日本語なのか、七歳の儀とは何か、どうしてこの村に、しかも村長の家よりも高いところに住んでいるのか』

『……なんで食前祈祷に名前があるのか』

『そういえばお父さんにも感謝してるよね』

『それは死んだ人が守ってくれるとか、単純に感謝の念ってことだと思うよ。二人はお父さんについて何か知ってる?』


 私に問われた二人は特別な感情を浮かべずに首を横に振る。


『……父親の名前は聞こえてくる話にもほとんど出てこないし、感慨皆無』

『イーチェはドライだねぇ。でもあたしも同じかな、この世界は写真とか写ルンですとか無いんだっけ』

『写真は無いよ。えらく写実的な絵はあるからそれで代行してるみたい』


 ウツルンデスがなんだか分からないがカメラのようなものだろう。


『……ウチには父親の肖像画みたいなものは無いの?』

『本はやたらと多いのにね』

『本があるから識字率は高いと思うんだけど、ここにある本はお母さんも読まないんだよね』

『……これって、父親の遺品なのかも』


 なるほど、私は特殊能力で読めるけど、読めるのが当たり前ではないのだな。


『この本はお父さんが集めていて、お母さんは興味がなくて、でもいつか子どもたちが読むだろうとここに置いてあるけど、普通はまだ読めるようにはなっていない。にも関わらず、お母さんとテレは私が読んでいることを知っている、か』


 状況から考え始めるといろんな可能性が浮かんできて、少しだけ思考の海に潜る。


『そーいえばさ、お父さんの名前はシンって言うんだよね。なんとなく日本人っぽくない?』


 珍しくサーファが良いことに気づいたような得意顔を見せる。

 それは私も辿り着いていた推察だ。

 イーチェが私の袖を控えめに握ってきた。俯いた顔の表情は良く見えない。


『イーチェ、どしたの?』


 サーファが私に聞く。いや私はイーチェの保護者じゃないぞ。


『今ある情報だけで考えると、分からないことが多すぎて、いろんな可能性を考えちゃうし、その中には考えたくない話もあるってことだよ。だからさ、安心できるようにいろいろ調べていこう』


 とりあえず明るい声で言いながらイーチェの背中をさすっておく。

 サーファにその役を任せないのは全員が睡眠の世界に誘われて話が続かなくなるからだ。

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