Chapter3-4 天才の壁①

 観覧車を降りたチーム最高同級生。観覧車の中で少し仮眠を取ったりするなどしているため、体調は万全の状態だ。


今は遊園地の広間を歩いている。夕焼けが実に綺麗だ。少し、怖いくらい。


「しっかし誰とも遭遇しねぇな。どうなってんだ? もう境界線は閉じきりそうだってのに」 


 アクスが上空を見上げながら話す。視線の先には薄橙色をした半透明の壁。とうにその壁は都市だけを囲んでいた。


「全員隠れてるとかじゃないのか? そういう戦法もあると思う」 

「うーん。それも確かに可能性はあるけど、戦闘音が全くしないってのはおかしいよね。砲台みたいな魔法をどかんと撃つ人もいるだろうし。草原でのあの子みたいに」 


 では何故だろう。鳩首凝議きゅうしゅぎょうぎして可能性を考える。これだけ狭い戦場でも人の気配がせず、一度も戦闘にならない。その理由は一体。


「んあ、そういえばだが端末の――」 


 アクスがとある事を思い出し全員に共有しようとした、その瞬間。


 風切り音とともにが出現した。アクスの胴体へと一直線に迫る。


「っ、危な」 


 固有アビリティ『五感強化』。辛うじて黒い影に反応したショウは、アクスを思い切り突き飛ばす……しかし、遅かった。無情にも硝子が割れ、散るような音が響き渡る。


 アクス・ウォリアーの心臓宝石が、何者かの魂現兵装で叩かれたのだ。


「くっそ、この俺様がやられたのか……!?」  

「ミューズ! 僕でもあんま反応できない、頼む!」 

「分かった、みんな集まって! 『感応跳躍流水フレンズ・スタッカートバリア』!」 


 緊急時の連携、陣形フォーメーションガンマが発動する。ミューズは杖を振りかざし、魔法を唱えた。周囲にいくつもの大粒おおつぶの水滴が浮かぶ。


 そして先程の黒い影がもう一度襲来。今度こそ、と黒髪の剣士は目を凝らした。眼前がんぜんの景色がスローモーションに。ようやく捉える。


(これは……『鎖鎌』か? 樹海での弓矢とは速度が比にならないぞ!?)


 ギラリと光る鋭利えいりな銀色。全てを刈り取らんとする形をした鎖鎌だった。迫り来る速度は尋常じんじょうではなく、ショウが樹海で対戦した少年の弓矢の数段、上。


 鎖鎌は水色髪の乙女に飛来する……が。


「次はわたしか。でも、そうは問屋がおろさないってね! 防いで!」 


 鎖鎌に反応するように大粒の水滴が集合。そうして完成した水の防壁に未曾有みぞうの凶器は弾かれた。


 一瞬の攻防。一息ついてからミューズが顔を上げると。


「…………ねぇ、誰か来るよ」 


 こちらへ歩いて来る人影に気がついた。その威圧感と見た目から、ショウとアクスはさとる。


「噂を……しようとすれば、だな。やっぱアイツかよ。俺様の予想通りだぜ」 

「アクスも目をつけてたんだ。やっぱ別格だよな、一人で行動してるし」 


 ……寝ぐせのついた銀髪。しかしながら人形のように端正たんせいな顔立ちをしており、みっともなさすら映えるほどだ。


布切れのような白い装束を全身にまとっており、もはや神霊的存在を思わせる。


 まるでヨーヨーを扱うかのように、両手で鎖鎌を器用に振り回している。


 歩き方は気だるく、酔っ払いのようだ。


 その風貌ふうぼうから、まさに『自由な天才』と呼ぶに相応ふさわしいだろう。


彼は女神像の広間でヨーヨーのパフォーマンスを行っていた少年だ。


「広間での話、みんなするよね。あれ大した事無いんだけどな……というか、やめといた方がいいと思うなぁ。俺とやり合っても得がないよ、だるいだけ。……って、もうそれは無理か。はぁ」

「無理って、どういう意味だよ」


ショウが敵をにらみつけ、問う。それに対して銀髪の少年は溜息とともに返答。


「端末、見てみたら分かるよ。はぁ」

「はっ、そうだぜ! みんな、俺様はさっきこれを見ようとしたんだ!」


アクスがすかさず端末を手に取り、ランキングのアプリを開く。


「噓だろ……!?」


 金髪の戦士が顔をしかめて、驚愕。ショウとミューズも端末を確認し、同じような反応をする。


 端末のランキングを見ると、選手プレイヤー1000人の内、996人が脱落者。つまり……残りの選手はこの場の四人だけだった。


現在、第一州でのランキング1位の名は……セイハ・ライオット。


銀髪の少年の名前に相違そういない。


「497人……」


ミューズの呟きに、ショウとアクスは即座に理解した。


セイハが脱落させた数は……ちょうど497人。有象無象うぞうむぞうとは比べ物にならない化け物だ。


「怪物かよ」


ショウが思わず、震えた声で口にした。


「酷い言い草だなぁ。まぁいいや、諦めてさっさと脱落してくれ。だるいし」 


 絶望が心を支配する。勝てない、逃げろ。しかし逃げてどうなる? いやそもそも境界線が逃げ道を塞いでいて――。


「おい、お前ら冷静になれ、状況を把握しろ! 願いを叶えるんだろ!?」 


 マイナスな思考をして取り乱しそうになったショウとミューズに、アクスが一喝いっかつ


 そして三人で顔を見合わせて、うなずいた。勝とう、と。


(そうだよ。エヌエットのために、僕は勝つんだ……やっぱいざって時に頼りになるな、相棒!)


 ショウは感謝しながらも即座そくざに、ノエレキの樹海で二人と出会ってから打ち合わせした内容を思い出す。


 まずは状況整理。


 あの時点でのアクス、ミューズの残機ライフは2。つまり今のアクスは残機があと1だ。


 また残機が多い余裕の持てる者が積極的に前線に出る、ということを念頭ねんとうに置いておく。


 次に戦闘時の作戦プラン。こちらは互いの長所を軸にして陣形フォーメーションを4つほど組んでいる。まず近距離戦闘に対する陣形アルファ。


次に、遠距離戦闘に対応する陣形ベータ。更に、奇襲を仕掛けられた際の陣形ガンマ。そして最後に、相打ちを覚悟する陣形デルタ。


 今、この中で最適な作戦は……。


「陣形デルタで行こう、僕が最前線に出るよ!」

「はっ、そうこなくっちゃな相棒……!」

「かなり賭けギャンブルだね。ホント頼むよショウちゃん、きんにくん!」


 決断。ショウが走り出した。アクスとミューズも後を追う。彼らの上がる士気しきを見て、驚きを隠せない銀髪の少年。


「はぁ、だるいなぁ。立ち向かってきたのは君たちが初めてだ。なーんで諦めないのか、理解できないよ。努力じゃ才能には勝てないってのに」


セイハが鎖鎌を振りかぶる。直後、視界から消えたと錯覚するほどに高速の一閃が放たれた。


「っ……!」


飛来する銀色の凶器きょうきにショウは足がすくみそうになる。それでも。


――俺が、願望実現機構ゴールシステムで勝ってエヌエットを三権女英傑にするよ!


彼女と宣誓コールを強く思い出す。その足は、ぐっと前に進めた。


(止まるな、よく見ろ……!)


鎖鎌が鼻の数ミリメートル先にまで到達する。


とらえたっ!」


その身を全力で旋回せんかい。歯車の回転音とともに黒髪の剣士が、加速する。だが、まだ足りない。


「速い……でもそれじゃあ、一歩足りない。俺の手前で蜂の巣になるよ」


セイハがそう言うと、わずかな手首の動きで鎖の軌道を変えた。すり抜けたはずの鎌が彼を囲う。それを『予期』したかのようにショウがかがむ。


「はい、終わり――」

『させるか!』


 少年ショウの背後から、金髪の戦士と水の魔術師が勇猛果敢ゆうもうかかんおどり出る。


「さぁ行って、ショウちゃん! 『防壁ノ水音圧フレンズ・クレシェンドシールド』!」 

「ここは俺様たちに任せろ! 行け、相棒!」 


 水の盾を装備したミューズとアクスに鎖鎌が直撃。衝撃で吹き飛ばされるも、かろうじて心臓宝石をまもり切る。


 ……そしてついに。


「届いたぞ、天才」 


 黒髪の剣士が自由な天才セイハふところに潜り込み――。


 刀撃シュート


 セイハの心臓宝石から、硝子が割れるような音が反響――


「っく……危ない」 

「クソっ、防がれたか……!」 


 することはなく、惜しくも鎖鎌に防がれたが、彼は大きく後方こうほうに転がった。


(よし、よし……! これなら勝てるぞ!)


 自分たちのぶきは、こんな怪物にも届く。そう確信したチーム最高同級生は、心の中で小さくガッツポーズ。


一方、セイハ・ライオットは不思議な感情におちいっていた。


今、一手間違えていれば一点獲られていたという事実。


この世に生まれ落ちてからずっと、天才で自由だった。それが今、取り上げられた事実。


それに、心が強く突き動かされていた。


「…………んー、なんだろこの感情。これ、初めてだ」 


銀髪の少年はその感情に困惑していた。


「これ」


だから彼はただ一つ言える事実を、口にする。


「不快だな」 


 不快。それに反発するようにセイハの表情は変わった。ショウ、ミューズ、アクスはゾッ、と血の気が引く。


「っ、捕えなきゃ……! 『縛水ノ音鎖フレンズ・ロングトーンバインド』!」

「待てミューズ! 今前に出たら――」


金髪の戦士が呼び止めるも……もう遅い。


焦燥に駆られた水の魔術師が、自由な天才を水の鎖で捕縛ほばくしようとした瞬間、鎖鎌の無差別攻撃が襲ってきた。


さながら降り注ぐ銀色の雨。雨を回避可能な人間は存在しないだろう。


「くっ……!」 

「きゃあ!」 


 セイハの近くにいたショウとミューズが、無慈悲にも被弾ひだんしてしまう。


 心臓宝石が奏でる、かなしみの二重奏デュエット


 絶体絶命。これでチーム最高同級生の残機は全員1になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る