転生皇帝、オスマン帝国で世界覇者への第一歩を踏み出す

崖淵

第一話 転生皇帝、コンスタンティノープルを見る

――目覚めた瞬間、まず思ったのは「なんだこの天井」だった。


石で組まれたドーム型の天井に、金の装飾がきらびやかに光っている。重厚な木製の扉に、奇妙な文様が彫られている。

っていうか、ここどこだよ。どこかの歴史系美術館? でも空気の匂いが違う。埃っぽくて、なんか甘ったるい香料の香りが混じっている。

布団ではなく絹張りの寝台、部屋の隅には豪華な金細工の水差しと陶器の皿。さらにおかしいのはベッドに敷かれた布地だった。


――なんだこのやたら豪華な金の刺繍。ベッドの部品も金メッキじゃなくて、黄金そのものじゃないのか、これ。それにこの頭に巻き付いてるのはターバン? あれ、俺、今何を着てるんだ?これ……シルクのローブ?

完全にパニック寸前の俺に、追い打ちをかけるようにドアが開いた。


「目を覚まされましたか、陛下」


部屋に入ってきたのは髭を蓄えた中年の男。服装からして従者らしい。

――いや、ちょっと待て。陛下って言ったよな、今。


(まさか、いや、そんな……)


鏡を探して部屋の隅にあった銀張りのものを見た。現代のような鏡と違いくっきりとは見えないが、精悍な顔立ちに黒く深い瞳。若き中東系の青年、威厳すら漂う顔立ち。明らかに――自分じゃない。


「……お、おれ?」


「はい、陛下。お加減は如何でしょうか」


いやいや、どういうことだよ。俺、ついさっきまで大学の図書館でオスマン帝国史を読んでいたはず、そこで寝落ちして――


(まさか……転生?)


咄嗟に部屋の装飾を見回す。壁には赤地に金の刺繍で月と星の意匠があしらわれた布が掲げられている。古くはオスマン朝トルコ帝国とも言われたオスマン帝国の国旗だ。さらに男たちの服装、口調、呼び方。これはまさに、俺があのゲームで何百回も見た光景だ。


(いや、待て待て。よーく見るとこの部屋とか……オスマン帝国を選んだ時のEPAのメイン画面まんまじゃん!)


――“欧州列強の野望(Europe Great Powers of Ambition)”――


略してEPA。近世ヨーロッパを舞台にした超骨太シミュレーションゲームだ。数千時間プレイしても全く飽きない、俺の中での超神ゲー。選択できる国家の中でオスマン帝国は、ぶっちぎりの最強国家。序盤から強力なユニット「イェニチェリ」を擁してまず戦争に強い。そしてヨーロッパをにらみながらアジアに領地を広げられる上に、近くに強国がいないという地政学的にも超有利。


あれ、やばくね?

俺ってば、そんなオスマン帝国の皇帝(スルタン)になってる?


「本日は、例のがございます。お早めにご準備を」


「か、会議……?」


内心の混乱を悟られないように、努めて威厳を装ってみる。


「……ふむ。会議、だな。よし、行こう」


声に張りがあった。

これ、俺の声か?


「はっ、かしこまりました、ご案内します」


会議室に案内される途中、俺は色々と観察していた。

彫刻が施されたアーチ、彩色ガラスの窓、そして衛兵たちが持つ武器――全部、ゲームで見たものに限りなく近い。


会議室に入ると中央の机には、でかでかと広げられた地図があり、そこには**“Constantinopolis”**という文字がくっきりと書かれていた。


「メフメト二世陛下、どうかお座りを」


(……メフメト二世!? 征服王と呼ばれたオスマン帝国を一気に拡大させたあの!?)


「陛下。昨日届いた報せでは、コンスタンティノープル周辺においてビザンツの動きに変化が――」


その単語に、俺の脳がビビッと反応する。そして目の前の地図の文字に目が行く。Constantinopolis――コ……ン……ス……タン……ティノ……ポリス……? コンスタンティノープルか!


コンスタンティノープル。

そうだ、1453年のあの戦い。オスマン帝国が東ローマ帝国――ビザンツを滅ぼした、あの歴史的瞬間。


(まさか……あの前夜?)


俺はそのゲームでオスマン帝国ばかりプレイして、何度もコンスタンティノープルを落としてきた。


(……え、じゃあ俺、今その“現実”にいる?)


コンスタンティノープルは当時キリスト教世界の牙城、ビザンツ帝国の首都。ここを落とせば世界が変わる。それはゲームでも歴史でも、変わらない。そしてここを境にオスマン帝国は飛躍を遂げる。


「陛下、ルメリ・ヒサールの建設は順調です。ボスポラス海峡の通行を完全に封鎖するにはもう少しかかりますが、春には完成する見込みとの報が――」


(うおっ、ルメリ要塞! 来た来た!)


ルメリ要塞――ヨーロッパ側からの補給路を断つために設けられる要塞。

そうだ、これこそがコンスタンティノープル攻略の布石だった!

史実では、メフメト二世はこの要塞を建てることによりボスポラス海峡を封鎖して、コンスタンティノープルの包囲に踏み切った。まさに今、そこに差し掛かっているってわけか。

(史実通り……いや、それ以上に効率よく動けば、歴史を変えられるかもしれない)


「では、視察に出る。案内せよ」


唐突に命じたにも関わらず、文官たちは慌てる様子もない。スルタンの命令は絶対だった。それがこの時代。


馬車に揺られてやってきたのは、ボスポラス海峡を望む高台。そこには巨大な石造りの要塞が、今まさに建設されている真っ最中だった。


「これが……ルメリ要塞……」


その威容にゴクリと息を呑む。塔と砲台が交互に配置され、まるで川を睨む巨人の目のようだ。


「砲は既に鋳造に入っております。巨砲も間もなく……」


巨砲?あっ、ウルバン砲か!数百キロの石弾を発射したという世界初といっても過言ではないコンスタンティノープルの巨大な城壁を崩すための大砲だ。

というかぱっと見たところ報告よりも、作業はかなり進んでいるように見える。しかも歴史を知っている俺からすれば――


(これ、ちょっと早くないか?)


まるで誰かが介入して、加速してるかのような違和感……いや、俺が介入してるのか。


「陛下、あの丘を越えればコンスタンティノープルが見えます」


案内された丘の上。そこから見下ろした光景に、思わず言葉を失った。


巨大な三重の城壁、金角湾に広がる港、青と白のモザイクが施された大聖堂――聖ソフィア大聖堂。

歴史書でも、ゲームでも見た風景。それが今、現実の光景として圧倒的な存在感とともに目の前に広がっている。


「これが……ビザンツの都、コンスタンティノープル……」


まるで絵画のような美しさと威厳。歴史の息吹を感じる。

だが――


(これを落とさなきゃいけないんだ)


ゲームじゃない、本物の戦争だ。血が流れ、人が死ぬ。でも……


「やるしかねぇな」


ローマ帝国、モンゴル帝国、大英帝国の三大帝国に迫る大帝国を築いたオスマン帝国だけど、その実績に比べて知名度が非常に低い。俺は常々それを不満に思っていた。


心の奥から湧き上がる熱。やってやる!

西欧に、“誰が一番強いのか”を分からせるために!

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