第41話 王道

トルティーアの船が次々と沈む中、ウルバンが乗った船はまだ浮かんでいた。


船底を仕切りで区分けしたことで実現したすぐれた排水機能により、ガレアッツアからの大砲を受けたにも関わらず沈まない。


「そろそろいいか」


ウルバンは指示を出し、止まっていた櫂をゆっくりと動かさせる。


「どいつもこいつも僕の意見を無視しやがって…… せいせいした」


波間に浮かぶ焼け焦げた船を器用に避け、海上に浮かびながらもまだ息のある兵を無視し船は進む。


「た、助けてくれ」


「船に乗せてくれ」


「助けるわけないだろ…… そもそもこうなったのは、お前らが僕の意見を無視して攻め込んだせいじゃないか」


 これまで艦橋に下がっていたウルバンが初めて船首に立った。船の前方であり、狙われやすいが狙いやすい場所。


「アルティギアリーア」


 ウルバンの伸ばした手の先に突如大砲が出現した。


 沈み始めた日を照り返す黒鉄の砲身、にもかかわらず巨大な砲身を支える砲架は木製の甲板にヒビ一つ入れることはない。


 砲身に頬ずりし、寵姫を愛でるかのように官能的に指を這わせながらウルバンはつぶやく。


「やっぱり大砲はいいなあ……」


 頬ずりしながらも砲口は見えない糸に操られているかのように動き、進路をふさぐイタリアーナの船に照準を合わせる。


 相当な重量があるはずなのに、「アルティギアリーア」を乗せたウルバンの船に動揺はまるでなかった。


「まずは基本、榴弾からいくか」


 ウルバンの手に一抱えもある砲弾が再び出現し、蓋を開けた砲身の後方に吸い込まれるように装填された。


「切り札は取っておくものだよね」


 ウルバンの船に乗った将兵が耳をふさぎ、甲板に伏せる。


この戦場で、誰も聞いたこともないほどの轟音が響いた。



大砲、特に城壁を破壊するほどの大砲ともなればその反動はすさまじい。砲身が跳ね上がったり、衝撃を吸収するため砲身を乗せた砲架がずれるように後退したりするものだが、ウルバンの創り出した大砲には反動による砲身のブレがまるでなかった。


 木製の甲板にさえ傷ひとつついていない。


 ウルバンの「アルティギアリーア」は、勝利に驕ったイタリアーナ・シュパーニエンの船を嬲るかのように次々に沈めていった。


 大砲は何十発も撃ってやっと一発当たるかと言われるほど命中が難しい武器である。戦場で使うには要塞のように巨大な的を目標にするか、船の横腹に数多くの砲を並べて偶然に期待するかだ。


 だが砲身の内部に刻まれた溝が砲弾をねじるように回転させることで弾道の安定性を飛躍的に改善させていた。


 次々と船体を傾かせ、蟻のように騎士たちが脱出していく船を悠々と眺めながらウルバンはつぶやいた。


「まさか秘蹟とやらが、君たちだけのものだと思っていたのかな?」


 その目はやがて、深紅の旗艦に乗ったクリスティーナを捕らえる。


 明るい色合いの金髪に澄み切った瞳。二の腕と肩が露わになった甲冑に身を包んだ少女は、自分の方を呆然と見つめていた。


「この世界にも、あんないい女がいたんだ」


 だがウルバンの目は冷めきっていた。


「まあ、好みじゃないけど。女はやっぱり~に限るよね」


 アルティギアリーアを深紅の旗艦に向け、砲弾を込める。


「ピンチになってからの逆転って、やっぱり王道だ」


 ウルバンの細い目が、笑みを浮かべたことでさらに細められた。轟音と共に放たれた砲弾が、山なりの曲線を描いてクリスティーナの下へと飛んでいく。


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