第9話 いやらしい
「虫が良すぎんか、イタリアーナの使者よ」
話を聞き終えたカルロスの第一声はそれだった。
「確かにトルティーア帝国は我が国にとって宿敵。数年前、長く占領されていた国土をやっと奪還し、我が領土の大半を占める半島から彼らを駆逐した。この宮殿もその時に手に入れたものだ」
「それなら、同盟を結ぶことに問題はないのでは。トルティーアはお互いにとって領土を侵略してきた敵国。さらにコンスタンティノーポリを守っていた騎士団は各国連合であり我が国からも貴国からも参加しております」
「だが、貴様らイタリアーナは我が国に協力してきたとはいいがたい。我らの再三の呼びかけにも応じず国境沿いで小競り合いを繰り返してきた」
「現場の兵同士の衝突など、よくあることでしょう。そもそも国境近くの街を一つよこせなど、独立国家に対する要求ではありません」
「トルティーアと最前線で戦い続けた我々にとっては、安い報酬だがな……」
カルロスはいったん言葉を切る。
続けて発言したのは、パウロの向かって右手に並ぶ文官の一人だった。
「そればかりでない。あまつさえイタリアーナ王国は、敵であるトルティーア帝国と長年交易をおこなっていたではないか」
分厚い紙の束を取り出した文官は、トルティーア帝国にもたらした利益をはじめとする詳細なデータと共にイタリアーナをあげつらっていく。
だがパウロは、ひるむ様子もなく反論する。くせのある金髪の下の切れ長の瞳が鋭く細められた。
「商売は商売。戦争は戦争です。それに情報収集には敵国と親しい人間が不可欠。事実、トルティーア帝国の兵数や将軍たちの特徴といった情報収集、切り崩し工作はわれらがおこなってきました」
「血と汗を流さない者たちを信頼しろと?」
パウロの必死の発言に対しカルロスは鼻を鳴らした。
「笑わせる。信頼に足る相手とは金や情報を差し出す者ではなく、背中を預け共に戦った相手を差す」
そう言ってカルロスは謁見の間に居並ぶ将軍たちに目を向けた。
年老いた者、若い者。顔に傷を負った者、すべてがカルロスに対し敬礼する。
「何よりも一年前、コンスタンティノーポリが落とされたとき。お前たちが真っ先にトルティーアと和平を結んだことを、我々は忘れてはいない」
一年前のコンスタンティノーポリ陥落の報は、イタリアーナ・シュパーニエンをはじめとするディオス教国家を混乱に陥れた。
コンスタンティノーポリ。イタリアーナからは船でひと月ほど。トルティーアからはごく狭い海峡の向こう岸にある、ディオス教の東の都と言われた都市。
トルティーアに周囲の領土を次々と奪われながらも、三重の城壁に囲まれた都は幾度となく十万の大軍を追い返してきた。
数百年の歴史を持つ聖ソフィア大聖堂と、十万の大軍を追い返したこの世の奇跡はディオス教の権威を高め続けてきた。
だが一年前、奇跡にも終わりが訪れる。
多くのディオス教各国がコンスタンティノーポリ奪還のために連合軍の結成を申し出たが、イタリアーナだけは違った。
軍備を整えつつも講和を申し出、トルティーアとの間に和平条約を結んだのだ。
当然ながらシュパーニエンはじめ、他国からは反発をかった。
「一度負けただけで腰が引ける臆病者どもだ、お前らは!」
居並ぶ武官の一人がそう言って声を荒げる。
「……確かに」
パウロはシニカルな笑みを浮かべてうなずいた。
「仇も打たず、賠償金も請求せず、こびへつらって和解を申し出る。勇者のやることではないでしょうね」
「しかしあなた方も、山脈を隔てた大陸の北側の国家も、結局は和平案に乗った。臆病者というレッテルをイタリアーナだけに押し付けて」
「くっ……」
声を荒げた武官が言葉に詰まる。
機を逃さずパウロは続けた。
「各国の軍人は理解していたからです。大軍を擁し、勢いに乗ったトルティーア相手に勝ちの目はないと。しかしあなた方は半島からトルティーア軍を駆逐し、この豪奢なプエルト宮殿をも占領した」
「我々は交易でトルティーア近海の航路を知り尽くし、造船技術を向上させ、船の扱いにより長けた」
周囲の視線と感心が集まってきたことを確認し、パウロは天に向かって拳を突き上げた。
「コンスタンティノーポリ陥落から一年。奴隷として売られた同胞の多くを買い戻しました。時は、来たのです」
謁見の間にどよめきが走った。
「そうかもしれん……」
「陸戦ではトルティーアは強い。だが海戦では経験も浅い」
「それは我がシュパーニエンも…… まず船の数が足りん」
「民間からも徴用し、船をかき集めれば足りるか?」
会議の流れにパウロがダメ押しの一言を放つ。
「シュパーニエンに対し、百隻の軍船を提供すること。女王陛下と議会の承認を得ております」
場の流れが一斉に同盟締結へと傾く中、カルロスだけは首を横に振った。
「何を言おうが詭弁だ。イタリアーナとトルティーアがつぶし合ってくれた後で弱った両国をまとめていただいてもいいのだぞ」
その案は、パウロやイタリアーナの重臣が最も恐れていたこと。
文官武官たちはいさめようとするが、王カルロスは聞く耳を持つ様子がない。シュパーニエンは議会の決定よりも王の一言が重視される国なのだ。
何とか説得するべくパウロは頭をフル回転させるが、カルロスが先に口を開いた。
「だがコンスタンティノーポリを守っていた騎士団には我らの国の騎士も多く所属していたのも確か。彼らの敵討ちもしないでは、王としての沽券にかかわる」
「なら」
「だが、イタリアーナが背中を預けるに値するか迷う将兵も多い。ゆえに、シュパーニエンとイタリアーナの絆を示す確固たる証が必要だ」
カルロスはいやらしく口元をゆがめた。
条件は、パウロを深く知る者ならば到底うなずけるはずのないものだった。
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