第4話 問いと答え

 かみさま、お時間いいですか。いいよ。初めてお話しした時、人類の繁栄に繋がる願いならば叶えてくれると仰っていました。うん。俺の存在、俺に関する人々の記憶をこの世から消して欲しいのです、、、お願いできますか。もちろんできるよ。よかったです。でも必要ないよ。何故ですか。まず存在を消すのは無理だし、記憶ならもう消したよ。既に?うん、君が父親を殺した時にね、現にあれから幾らか日が経ったのに、君はニュースにもなっていないし、捜索されてもないし、なにより家族から捜索願いも出されてない。そうですね、ありがとうございます。でも、あの時見ていたんですね。そんな暗い声を出さないで、君らのその行為が、未来の、そして今に生きる命を長らえる結果をもたらすんだ、いつもありがとう。どういたしまして。また暗い声を出して。初仕事の標的が父親だったのは、どうやら君の心に疵を刻みつけたようだね。はあ、まあ。そうか、そうだな。うん、よしわかった。君はそんな疵を補いながら仕事に取り組んでくれている。君は希望だ、まるで勇者だ。そんな勇者を労いたい。だから弥栄神社、尾張稲渕の空田町にたった1つだけある神社、そこに参りなさい。君のその疵、綺麗さっぱり消し去ってあげるよ。本当ですか。もちろん。それに君に加護も授ける。ありがとうございます。相談はそれだけ?はい。迷う間があったね。正直、相談したいことはまだあります。話してみてよ。、、、。躊躇うことなんてないよ。ですが。じゃあもうおしまいでいいね?いえ、少し。なら言ってごらん。、、、わかりました、初仕事の時のことです。ほう。今でも確実に思い出せます。俺はあの時正気じゃありませんでした。きっと誰かに操られていたんです。どうしてそう思うの?まずあの日準備を進めるにつれて左のこめかみの辺りが痛み出して、そこから何かが頭に入ってくるような感覚がしました。うん。そしてその痛みはどんどん増していって、その入ってきた何かに思考を乱されている感覚になって、父の帰りを待っている時には、己が何者かも分からなくなりました。うん。最終的に、”人類の繁栄のため”という言葉が頭の中に君臨したとき、もう仕事が済んでいました。そう。あの、これは、かみさまの仕業なのですか?あの時俺を操って、無理矢理仕事を達成したのですか。そんなことはしてない、すべて君の意志。そうとは思えません。だろうね、しかし申し訳ないとは思ってる。やっぱりかみさまが。違うよ、君は強い自制心をこしらえているし、急な非現実の現実や大いなる使命へのプレッシャーがストレッサーになっていたんだ。俺は自らの自制心と溜め込んだストレスから、パニックになったということですか?そうだろうね、やらなくちゃという君の中の使命感は想像以上に強いよ、現に君の働きは凄烈だ。申し訳ない気持ちもあるけどなにより、君を選んでよかったと心から思うよ。心、ですか。うん、まあ何はともあれ、ここからじゃなにも解決できない。弥栄神社に来るといい。はい。いつでもいいよ、尾張稲渕、空田町に1つだけの神社だよ。それじゃあ、人類の繁栄のため。


 初仕事から一か月、俺たちは今まで53人を殺害してきた。俺たちは今際の際を彷徨う者や、急死しても周囲からバチが当たったのかもしれないと思わせることのできる者を狙った。高齢者が20人、数人俺たちを認識していた気がする。障礙者が26人。とても安らかに眠った。若者や外国人が7人。思いやりのできない者はたとえ未来有る若者でも死ぬべきだ。死なねばならぬ者もいる。何様のつもりなんだ。思想が凶暴になっているのを感じる、自分が嫌になる。

 夜に仕事をして、朝が来たらここに帰ってきて眠る、幽霊みたいなそんな生活の反復。親もいない、友達もいない、子供だけでここに住んでいるのに誰も様子を確認しに来ない。俺たちは社会に生きる人から、概念そのものに成ってしまったのだろうか。人を殺す度にそんな不安を手紙に綴った。悼む心意気などあったところで塵芥だった。

 書いた手紙はいつも、流れが早く歪な、景水荘から歩いて15分程度の一級河川、木祖川に流す。多くの町の間を縫って流れる川だ、いつかこの想いが誰かに読まれたらと願いを込めて流す。しかしいつも、手紙は流した側から流れに攫われて水面下に消える。その度、手紙を浮かべるその落ちない墨に汚れた己の手を憎み、懸命に生きる人々の生活を支えるこの川に許しを乞うた。

 今日もこれから、手紙を流しに行く。諦め切れないんだ、どうか。かみさまではない何かに縋る。


 チャプン。赤い光は雲を照らして、青い光は遠くの空にある。人の顔が判別できない程度の闇の中、手紙を川に浮かべた。高さがあるため、頬を縁につけ、腕を肩から伸ばしてそっとおくる。俺の心が晴れやかになりますように。いつもはそう言葉を添えて浮かべるが、今日は違った。「もし地球が救えなかったら、もし俺達の行いが無駄だったら、」ついそう口走ってしまった。そんなことを考えてはいけない、手紙にすら書いてはいけないと律していた言葉が涙と共に溢れた。涙を滲ませた手紙は、静かに濁流を滑っていった。それが沈むことはなかった。下流へ下流へ、明らかに自力で推進しているように見えた。奇跡が起こったんだ。それはいつものように歪な流れに巻き込まれることはなく、導かれるように、祝福を授かったかのように、海へ滑った。そんな奇跡を目の当たりにした俺は、願いが叶ったんだと直感し、直ぐにその黒い手を合掌して祈った。「答えをください。お願いします。、、、神様。」

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