荒野の星の二人

赤魂緋鯉

遅れてきた青春

1

 とある地球規模で被害を出した大事故を発端にした、宇宙規模で行われた第三次大戦の後、戦時中の技術発展の副産物によって、太陽系はあちこちにスペースコロニーが建造されている時代に突入していた。


 そんな時代であっても、交戦国であった『連合国』と『連邦国』は、超海面上昇で陸地が激減した上に9割以上が荒野と化してしまった地球に、激減した人口と共に半々の割合でしがみついて存続していた。





 赤茶けた荒野のど真ん中をひたすら真っ直ぐ貫く、かろうじて舗装路の体裁を保っている、幅広い規格でつくられた一本道を1台の軍用自動車が走っていた。


 軍用とは言っても民間に払い下げられたもので、国籍表示はカーキ色に塗りつぶされている。


 だが、走っていると言っても――。


「なあメル。なんかエンジンの音おかしい気がすんだけど……」

「別に走ってんだからいいじゃない。何にしてもこの先の街まで行かないと、私たちじゃどうにもならないわ」


 メルと呼ばれた、ハンドルを握る20代後半の金髪の女は、慎重に速度を維持しながら、一切の希望的観測をせずにそう言った。


 時々、燃料の点火に失敗するせいで不規則な音を立てながら、煙を排気口からモクモクと吐きつつ、かなりトロトロと進んでいる始末だった。


「水が無いんだから、あんまり喋らない方がいいんじゃない?」

「まあそうだな……」


 乾いた唇を舐める、ベリーショート女2人の間にある水筒は、2つともほぼ空に近い量になっていて、改造して平らにしてある後部座席下の荷物室にある水タンクも空っぽだった。


 命がチリのように消えていった壮絶な大戦を生き延びた、アリスとメルの『連合国』退役軍人の2人は、兼ねての予定通りに自動車で地球のあちこちを旅して回っていた。


「くそー……。どっかにオアシスないもんか……」

「そんな都合良くないわよアリス。井戸でも掘らなきゃ」


 ダッシュボードにあった双眼鏡を手に、アリスと呼ばれた20代後半でくすんだ茶髪の女はあちこちを見渡すが、逃げ水以外は正面の緩やかな丘にもサボテンすらなかった。


 2人は割とどこでも売っているワイシャツの上に、放出品のため無駄に量が流通している、軍用の袖なしデザート迷彩ジャケットを着て、同じ模様の長カーゴパンツを穿いていた。


 ちなみにこのジャケットは、極めて薄型だが防弾性能が非常に高いものとなっている。


 諦めて深々とため息を吐いて前を見るアリスへ、地図ではあの丘を越えたら街だから、とメルは少し表情を和らげて励ます。


「さーて丘は越え――」

「られないみたいね」


 気持ちを切り替えたアリスが、傾斜が付き始める所でヤケクソ気味にそう言った途端、エンジンがストップして、それからウンともスンとも言わなくなった。


 仕方なくメルは後ろから、アリスが運転席のドアを開けて、ハンドルを持ちながら車を押していく。


 傾斜のせいもあって、歩くよりも遥かに遅いペースにしかならず、灼熱しゃくねつでないだけマシ、といった地獄の筋トレと化していた。


「冗談じゃないわね。全く。バッテリー上がりの次はエンストなんて」

「それ、な……」


 メルは最も負担が掛かっているにもかかわらず涼しい顔だが、アリスは完全にバテバテ状態になっていた。


「乗ってハンドル握ってていいわよ」

「バカ、言う、な……。メルに、だけ、負担かけられ、ないだろ。――だたでさえウチは足手まといなんだし」

「次それ言ったらしばくわよ。いつそんなこと私があなたに言ったっけ?」


 自虐的な冷笑混じりに言ったアリスへ、メルが車体の横にひょっこり顔を出し、眉間にシワを強く寄せてそう言う。


「言ってないけど……」

「そうでしょ。ヘンな事言ってないでどっちかにしなさい」


 だいたい、私が本当に足手まといだと思ったらその辺に投げ出すわよ、と、自信なさげにしているアリスに言って、メルは安心させる様に表情を緩めた。


「じゃあ聞くけど、ウチはなんでお前に捨てられずに済んでるわけ?」


 しかし、若干不安をあおってしまい、はっきりとした答えを求めて、アリスは渇き始めた口内のつばを飲みこんで訊く。


「存在が必要だから、じゃダメ?」

「……よくそんな歯の浮きそうな事、堂々と言えるな」

「え、恥じる所なんてある?」


 体温の上昇だけでない赤みが顔にさしているアリスの問いに、一切表情を変えずに首を傾げるメルはそう言ってのけた。


「それより、そろそろ頂上だけどなんか見える?」


 話している内にどうにかこうにか登り切ったところで、メルはアリスに訊ねたが、


「も、もう一個丘……」


 今し方乗り切ったそれよりは低いが、それでもそこそこの傾斜の道が通るそれを報告しただけだった。


「この傾斜で速度がついたらギリギリ登れそうね」


 路肩に寄せてパーキングブレーキをかけ、今までと同じ様に赤茶けた地面を相棒の隣に並んで確認したメルは、足元の路肩から外れたところの地面でそう計算した。


「お。その言葉、信じて良いんだな?」

「届きそうになかったら押せば良いでしょ」

「最悪な。最悪」


 立ち上がってその式を足で消したメルが、さあ一か八か、と楽しげにつぶやいて運転席に乗り込んだ。


「こんだけ勢いあったら超えられそうじゃね?」

「位置エネルギーは偉大ね」


 ニュートラルにした車は徐々に速度を上げていき、普通に走行しているのと大差ない速度になった。


 その数分後。


「何の拷問なんだよぉ……」

「まあ良い運動じゃない。このところ乗りっぱなしだったんだし」


 車は丘の中間辺りまで進んだところで止まってしまい、2人は再びえっちらおっちら押す羽目になっていた。


「今度はどう?」

「あった!」


 頂上まで登り切ったところで、今度は眼下に数千人規模の街が現われて、満面の笑みで振り返って左腕を突き上げた。


「ま、問題はこれを直せる設備があるかどうかだけどね」

「そこだよなあ……」


 喜ぶ相方の様子をにこやかに見ていたメルから、冷静にそう言われたので、アリスは空気が抜けるように腕を下げつつ言った。


「聞いた話だと、ここら辺の街に大昔の兵器を趣味で再生する、凄腕すごうでのメカニックがいるとかなんとか」

「それがあれだと良いけどな。まあ、ウチらの運で当たり引けるとは思えないけど」

「弱気ねえ。今特大級のハズレ引いてる最中でしょ? 次は当たりよ」

「そうやってギャンブルに有り金溶かすんだぜ」

「まあいなかったら自転車で行けばいいのよ」

「お前みたいな体力オバケならな」

「あなたが出来ないなら私がリアカー引っ張ればいいのよ」

「やだよ恥ずかしい……」

「じゃ、口に出して当たるって言ってて。ポジティブな事を言うと良いことがあるっていう祈祷きとうがあるらしいわ」


 意味無いだろ、と怪訝けげんそうな顔をするアリスへ、せいぜい神ぐらいには当てになるわよ、とメルは返して、アリスが乗るのを待ってから地面を蹴りつつ運転席に乗り込んだ。


「じゃあまあ、整備場はあの街にあるぞー……」

「あるあるー」


 かなり渋々実践してみるアリスに合わせて、メルはこれっぽっちも真剣さがない合いの手を入れる中、車は再び重力に従って道を下っていく。


 位置エネルギー式エンジン車で街へと入って平坦になったところで、丘の上から見えていた、長方形の3階建て程の高さがあるのガレージが右奥に見え、


「〝レイニー機械整備店〟……。――あっ!」

「雨ごいみたいなのでも案外やってみるもんね」


 その長辺側の壁面には、店名と〝中型宇宙船舶・航空機・自動車整備〟の英字が重なる様にデカデカと並んでいた。


 その左手前に、道路に面した3階建て鉄筋コンクリートの建物があり、上空から見るとL字状に各棟が配置されている


 ガレージの右隣には、上半分が魚雷艇で下半分が潜水艦のような、モスグリーンに塗装されている宇宙コルベット艦が、サビ防止剤で塗装された台座に乗せられて駐艦していた


「効くんだなあれ……」

「良い事あったでしょ? じゃ、最後のひと頑張りと行くわよ」


 その真横で車は動きを止め、心底怠だるそうに顔をしかめたアリスにそう言うと、メルは車の後ろに回った。

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