第157話 腐女子、代償を支払う

転移魔法トランスポート、発動――そして例のごとく、テレビのチャンネルを変えたかのように、目の前の景色が一瞬で切り替わった。


ルークさんによると、ここは象牙の城アイヴォリー・キャッスルの別棟、滅多めったに人が出入りしない物置小屋の一室で、転移魔法トランスポートを使って城に来るときは、いつもこの部屋を利用しているらしい。人目につく場所にいきなり現れると、使用人が大騒ぎしてしまうからだ。


まあ、使用人に騒がれるくらいなら謝れば済む話だが、まずいのは兵士に見つかった場合。というのも、城内にいるのは一般的な腰抜け兵士じゃなく、帝国近衛兵インペリアルガードとかいう、超厳しい試験をクリアしなければ絶対になることができない武闘派。皇帝とその一族を守るためなら喜んで命を捨てるというヤベー連中。こんなのに怪しまれたらマジで危ないってことで、先代の皇帝からこの部屋を利用するよう勧められたということだ。




そんな、誰もいないはずほこりっぽい場所に、懐かしい顔が一つと、初めて見る顔が二つあった。


「ミア! タラキくん! 無事だったか!」


懐かしい方の顔、兄とおそろいの丸眼鏡を掛けたリンジーさんが声を掛けてきた。


「リンジー。心配を掛けた」

「お久し振りです。リンジーさん」


俺とミアさんが、口々にこたえる。


「陛下から、この部屋で待ってたらルークさんに会えるって聞いてね。ビクターさんとグラハム先生と、三人で待ってたんだよ」


なるほど。で、初めて見る方の二人が、ビクターさんとグラハムさんか。


「それより! ミルズくんから聞いたよ。腕がに――なったように見えるけど、そうじゃないのか」

「はい。獣人の腕で代用してます」


俺の右腕は以前、リンジーさんが見ている前で吹き飛び、肘から先が無くなった。通常の打撃ではダメージを与えられない、馬鹿でかいサイズのクロウラーを倒すため、拳に爆発魔法エクスプロージョンを仕込んでぶん殴ったからだ。


で、そのことで随分ずいぶんとミアさんに責められていたリンジーさん。たぶん、ずっと気にしてたんだろうな。


「いやあ! むしろ、そっちの方がいいよ! 右腕が獣人だなんて、まるでヒーロー小説の主人公みたいな――」

「それより、初めての方がいるんだ。自己紹介がしたい」


ミアさんが話をさえぎるように言ったが、リンジーさんは負けじと言い返した。


「自己紹介も何も、ミア・ドラウプニルを知らない者はこの城内にいないよ」

「い、いや。アタシはそうかもしれないが、タラキやアニスは――」


と、今度は背の高い方――ビクターさんかグラハムさんのどっちかが、苦笑しながらミアさんの話をさえぎる。


「ドラウプニル侯。ここからだと、本棟まではしばらく歩く必要があります。陛下がお待ちですし、よければ移動しながら話しませんか?」

「え? あ、えーっと、そうですね。そうしましょう」


その提案に、軽く動揺どうようしながら返事を返すミアさん。皇帝に会うのが久しぶりで緊張しているのか、それとも、暗殺計画を立てたとかいう疑惑が完全にシロになっているわけではないことに不安があるのか。


まあ、いずれにせよ、ここまで来たんなら引き返すという手はないな。万が一、ミアさんをとらえようなんてやからが現れたら、きっちり暴れさせてもらいますかね。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



背の高い方の名前はビクター・ドレイファス。帝国近衛兵インペリアルガードの中隊長で、八英雄を除けば帝国最強といっても過言ではないほどの剣の達人らしい。7歳のときに炭鉱労働者だった父を事故で亡くし、オルフセンの軍人養成所で働きながら剣の修行を積んだという苦労人。まさに叩き上げって感じの、いぶし銀のような渋いオッサンだ。


「カーライル。久しぶりだが、元気にしてたか?」

「はい。先生も変わらずご壮健そうけんのようで、何よりです」


カーライルくんがビクターさんを先生と呼ぶのは、士官学校時代、彼から剣術を教わったからだ。何でも、帝国近衛兵インペリアルガードとしての職務の他、週に二回、出向しゅっこうという形で士官学校の師範も務めているらしい。


「しかし、グラハムくんがおるとはのう。驚いたわい」

「いやあ。昨夜、リンジーくんに叩き起こされましてね。おかげさまで、大変な一日になりましたよ」


背が低い方はキーン・グラハム。首都大学時代のリンジーさんの恩師で、現在は皇帝の相談役を務める学者。極端な猫背に小さな眼鏡を掛けた、温厚な好好爺こうこうやといった雰囲気だが、ギデゾウの――もとい、ギデゾウのふりをした何者かのたくらみに逸早いちはやく気付いた、帝国きっての切れ者であるらしい。


「それはすまんかったのう。昨夜はワシが、そこのカーライルから愛の告白をされてしもうて――」

「それは余興です!」


な、何だって? カーライルくんがルークさんに?


と、俺、ミアさん、ビクターさんの目がカーライルくんに集中する。刺すような視線の中、完璧パーフェクトイケメンがひたいから玉のような汗をかき始めた。


「お前、大丈夫か? まさかとは思うが、サンダースに感化されて――」

「ち、違いますよ! 一緒にしないでください!」


「な、何てことだ。サンダースに続いて、お前まで筋肉教に――」

「ドラウプニル様! 違います! 釈明させてください!」


というわけで、カーライルくんの説明ターン。昨夜、お酒の席での余興として、当たりくじを引いたものが『王様』となり、外れくじを引いた者に対して好き勝手命令できるという、『王様ゲーム』なるものをやったと。その際、腐女子リンジー大王の命令で、ルークさんに対してカーライルくんが愛をささやくというイベントが発生してしまったわけだ。


ちなみに、二回名前ががったサンダースさんというのは、ガスパール守備隊に所属する、筋肉が恋人だとのたまうおかしな人。ビクターさんとは士官学校の同期で、当時から有名な変人だったらしい。




「お……お前は止めなきゃいけない立場だろうが!」


で、話を聞いたミアさんが、当然のように激昂げきこう。今はリンジーさんの首根っこをつかみ、高々と持ち上げてるわけね。


「ご……ごめん、悪かった……」

「ドラウプニル様! クラウディア様の顔が真っ青です!」


カーライルくんにいさめられ、手に込めた力を解放するミアさん。リンジーさんは尻から床に落下し、苦しそうにき込んだ。


「誰だ! そんな下らない余興をやろうと言い出したのは!」

「も……もちろんギデゾウくんだよ」


やはりか。あいつのことだから、たぶん、リンジーさんが腐女子であることに気付いて、盛り上がること間違いなし、なんて考えたんだろう。しかし、異世界で王様ゲームねぇ。あいつ、やっぱりアホだな。


怒り冷めやらぬといった様相のミアさんをなだめるように、ビクターさんが苦笑しながら話し掛けた。


「ドラウプニル侯。ギデゾウ殿が言い出したことなら、仕方ありますまい。私もあの御方と少し話をしましたが、何というか……有無を言わさず巻き込んでいくような、独特の雰囲気がありますからな」

「ま、まあ、それは分かります。アタシのときもそうでしたし」


「人の心に入り込むのが、抜群に上手い方なのでしょう。現に、陛下ともあっという間に打ち解けてしまいましたしな」

「あいつ……まさか陛下に対しても、いつも通りの口調で?」


「ええ。陛下も、そういった方とお話するのは随分ずいぶんと久しぶりなようで、楽しんでいらっしゃいましたよ」

「は、はあ。楽しんでいた、と」


そうつぶやいて、ミアさんは頭を抱えた。たぶん、これまでの人生で築き上げてきた、彼女の考える常識という名の静謐せいひつな空間が、異世界からやって来たアホ(もちろん俺ではない)によって土足で踏み荒らされている――そんな感じなんだろう。


「まあ、ちょっと前まで魔王を名乗ってた奴に、常識なんか求めたって無駄ですよ」

「……そうだな。まったくその通りだ」


俺の言葉に、ミアさんは顔を上げ、ビクターさんに声を掛けた。


「ビクター殿。取り乱して申し訳ありませんでした」

「お気遣いなく。確かに、ギデゾウ殿は魅力的な方ではありますが、一緒にいると大変だということも理解しておりますので」


ミアさんは小さく吹き出し、笑顔になって答えた。


おっしゃる通りで、あいつと顔を合わせるのは週に二回が限度ですね」

「ええ。友人としては最高の方ですが、それ以上の関係になるのは御免ごめんこうむりたいものです」


ビクターさんの言葉に、ミルズくんとアニスさんを除いた全員が大声で笑った。


……いや。ギデゾウを知らないアニスさんは分かるんだけど、何でミルズくんまで?

ていうか、すげえ暗い顔してるんだけど。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



象牙の城アイヴォリー・キャッスルの敷地内には一般公開されている区画があり、広大な庭園、美術館に劇場、それから喫茶店や議事堂なんかがあり、オルフセン観光の目玉になっているらしい。俺たちは観光客でにぎわうその区画を通り、帝国近衛兵インペリアルガードが守る門を抜け、象牙の城アイヴォリー・キャッスルの城内に入った。荘厳そうごんと呼ぶに相応ふさわしいロビーでは、使用人たちが忙しそうに動き回っている。確かに、こんなところに超美形おじいちゃんがいきなり現れたら、ちょっとした――ではなく、大変な騒ぎになるだろうな。


行き交う使用人たちに会釈しながら、長い廊下を歩く。しかし、さすがは帝国最高峰の使用人たち。アニスさんの獣臭じゅうしゅうは間違いなく鼻に届いているだろうに、顔色一つ変えない。まったく、恐れ入った。俺には無理な芸当だね。


先頭を歩くビクターさんが、一際ひときわ大きい、重厚じゅうこうという以外に形容する言葉が見当たらない、オーク材の扉の前で足を止めた。この向こうに、コングラート帝国の最高権力者、第三十七代皇帝サイロック・コングラートと、ついでにアホのギデゾウがいるらしい。


「それでは、陛下にお声掛けしますが、準備はよろしいでしょうか?」


ビクターさんの問いに、みんな一斉に首を縦に振った。転移魔法トランスポートで移動する前と同じように、ミアさん、ミルズくん、カーライルくんの顔に緊張の色が浮かぶ。


ビクターさんはうなずき返すと、ノックはせず、室内に向かって声を張り上げた。


「陛下! ビクター・ドレイファス、客人をお連れ致しました!」

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