第029話 セカンドキスも突然に

「針千本でも針億本でも大丈夫ですよ。嘘なんかじゃありませんから」

「じゃ、じゃあ……開けますよ」


かかった! リザベルさんの眼前に俺のドルマゾーラが!




なんてことはしない。絶対に。


「ね? 嘘じゃないって言ったでしょう?」

「そんな、自慢気じまんげに言うことでもないですよ。当たり前なんですから」


リザベルさんはくすくすと笑った。

うん。今更だけど……やっぱり可愛い……よな。




「で、でも、お風呂ってほんと気持ちいいですね!」

多良木たらきさん、もしかしてお風呂好きですか?」


ん? 俺に関する情報は、全部に書いてあるんじゃないのか?

まあ、そんなとこまでいちいち覚えてないか。


「大好きですよ。リザベルさんは?」

「私は超が付くほどのお風呂好きです! 毎日一時間は入ってて、お母さんに怒られてますから! けど、ほんとはもっと長く入りたいんです!」


おお。リザベルさん、お母さんがいるのか。って、当たり前か。

それはともかく、リザベルさんが自分のことを話したの、初めてかもしれない。二年前は名前しか教えてくれなかったのに。


「じゃあ、今入ったらいいじゃないですか」

「その手には引っ掛かりませんよ。残念でしたね」


うーん。そんなつもりじゃなかったんだけどな。

まあ、いちじるしく信頼をそこねるイベントがほぼ毎日のように起こったから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど……




「ここって、いつまで入ってていいんでしょうか?」

「そうですね。としか書かれてませんでしたから……適当でいいんじゃないですか?」


しかし、あの冊子にという言葉……何だか気になる。

リザベルさんは転移後について、やらなければいけないことなどは特になく、でいいと言っていたが、本当にそうなんだろうか。




おっと。そんなどうでもいいことは後回しだ。

多良木伸彦たらきのぶひこ28歳。彼女なし、恋愛経験なし、童貞。

今お前は、全力で取り組まなければならないイベントの真っ最中だろう?


さあ、言うんだ! 『約束のこと、覚えてますか?』と!




「ところで多良木たらきさん。約束のこと……覚えてますか?」

「ほあああぁっ!」

「えぇっ? な、何ですかその反応?」


なんて声出すんだよ俺!

しかし……まさか向こうから来るとは思ってなかった。


「あ、いや! えーっと、覚えてます! もちろんです!」

「うう……」

「恥ずかしいですけど、超楽しみにしてましたから!」


今のは悪くなかったぞ俺!

そうだ。この程度の明るいスケベはむしろ好印象こういんしょうだったりする。クラスの一軍男子がよくやるアレだ。


「それで……ずっと気になってたんですけど、してた人が、で本当に満足できるものなんですか?」

「うっ! い、いや! 妄想は別ですよ!」


まずいぞ! 挽回ばんかいしろ!

しかし、は本人がリアルタイムで聞いていたことだから、今さら言いのがれなんかできないわけで……


「正直に話すと……ご褒美ほうびのことは、全然嫌じゃないんです」

「よ、よかった……」


ホントによかったな!

いやもう、マジで心臓止まるかと思ったよ。止まってるけど。


「けど、妄想してたようなことを受け止めるのは――」

「本当です! なんて、ほんとに思ってませんから!」


れ俺! ここが正念場しょうねんばだぞ!

頭を下げろ! 全力で誠意せいいを示すんだ!


「お願いです。信じてください……」


目をつむり、手を組んで祈る俺の頭上から、リザベルさんのかすかな笑い声が聞こえてきた。


「そうですね。多良木たらきさん、嘘はつかないですもんね」

「信じて……くれますか?」


頼む……頼むよ……


「はい。信じます」

「よおっしゃあああああ!」


遂に……遂に辿たどり着いた。

俺は頭を下げたまま、両拳をにぎり締めた。たぶん、ちょっと涙出てる。


「絶対に、裏切らないでくださいね」

「当たり前です! リザベルさんを裏切るような奴は、針億本でも生温なまぬるいってもんですよ!」


リザベルさんはくすくすと笑った。

今更だけど、ほんと……凄く可愛い、と思う。


多良木たらきさん。め……目を閉じてもらえますか?」

「はい……」


言われるがまま、俺は目を閉じた。




けど、何でほっぺにキスくらいのことで、ここまで真剣なんだろう。 

いや、俺みたいな童貞にそんなことを言う資格はないってことは分かってるけども。

これくらい、今どき子供同士でもやってることで――


あれ? この感触かんしょく……


え?


ええ?


ええええええええええ?


「あ……あのアノあのアノ」

「ど、どうしました? 私の、何か変でした?」


「あのアノあのアノあの」

多良木たらきさん! 壊れてないで、何か言ってください!」


「アノあのアノあのアノ」

「落ち着いてください! 全裸で倒れられたら困ります!」


息が続かなくなった俺は、荒い呼吸に合わせて胸を上下させた。

やばい。肩まで湯船にかっているのに、体がふるえている。


「あの……約束、覚えてなかったんですか?」

「え? 覚えてましたけど……」


「ということは、だったんですね?」

「お、教えてください。いったい……何が問題だったんですか?」


言っていいものだろうか?

いや。俺一人ではこの衝撃ショックに耐えきれない。

言うしか……ない!


「それじゃ……言いますよ」

「はい……」


俺は胸の高鳴たかなりを無理やり抑え込むと、いっぱいの空気を吸い込み、小さくぽつりとつぶやいた。


「ご褒美ほうびのキスは、という話でした……」


そう。今更こんなこと説明するまでもないのだが……

うっかり者のリザベルさんは、キスをするを間違えてしまったのだ。


そして、俺は同日にファーストキスとセカンドキスを経験したことになり……


いや待て! ロイの胃液はノーカン! あんなのをキスあつかいされてたまるか!

これが俺のファーストキス! 異論は絶対に認めない!

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