ステゴロの救世主

第004話 本能寺の変だよ

ここで……修行？　

少年漫画の王道展開って……え？

「その……確認させてください。ほんとにないんですか？」

「何がです？」

「お役立ちスキル……まあ、特殊能力みたいなものです」

「ないですね。そんな、猫型ロボットみたいにポンポン出せませんよ」

うーん。ここまでゴネても駄目だってことは、ほんとにないんだろうな。それにしても、あの丸っこい青狸が猫型ロボットだということを知っているとは。

この人、けっこう地球のことに詳しいみたいだ。

「えっと、それじゃ、もう一度確認させてください。異世界とやらには行かずに、ここに残るってのものアリなんですよね？」

「いいですけど……ほんとにいいんですか？」

「しばらくって意味ですよ。大事なことなんで、ゆっくり考えようかと思って」

「ああ。そういうことなんですね」

スタートは孤立無援（こりつむえん）で無一文（むいちもん）という条件は変えられない。仰々（ぎょうぎょう）しく紹介されたお役立ち三点セットは、はっきりいってお約束だから無視。授（さず）けられたスキル……じゃなくて才能（タレント）とやらが才能（タレント）の限界突破。

うーん。やっぱり、どう考えてもキツいよなあ……

「じゃあ、えっと……限界突破でしたっけ？」

「気に入ってくれました？」

何でそう思うのだろう。一瞬だってそんなリアクションはしてない筈（はず）なのに。

「とりあえず、このスキルについてもう少し――」

「才能（タレント）です」

「そ、そうでしたね。才能（タレント）の限界突破」

何でそうこだわるのだろう。技術（スキル）と才能（タレント）……似たようなもんだろ。

「これって、どのくらいまで強くなれるもんなんですか？」

「理論上の上限はありませんね」

「ということは、どこまでも強くなれる？」

「もちろん！　太陽を丸飲みすることだってできちゃいますから！」

な、何だそれ……？　大食いチャレンジがしたいわけじゃないんだが……

「あれ？　超強いって意味で言ったんですけど、変でした？」

また読まれたか。なんかもう慣れてきたな。

しかし、よく考えてみると、限界突破とかいうやつとこの白い部屋、相性がいいような気がする。

「じゃあ、ここである程度強くなるまで修行してから――」

「そう！　強くてニューゲームってやつですよ！」

お。今回は考えてることが一致（いっち）した。

そう。実際、やりたいことは強くてニューゲームと同じ。要は序盤を越える力があればいいんだ。ここで何ヶ月か修行してから異世界に行けば、それくらいは達成できそうな気がする。

よし。方針がまとまってきた。

次に考えることは、ここの環境についてだな。

「では、この部屋でしばらく修行するとして、食事やトイレとかは？」

「何言ってるんですか。多良木（たらき）さん、もう死んでるんですよ？」

確かに、食事やトイレが必要な死人なんて聞いたことがないな。

けど、それを言うなら、動いて会話してる死人も聞いたことがないけどね。

「聞いてみただけですよ。あと、睡眠は？」

「ある程度の時間が経過すると、自然に眠くなります。本来は必要ないんですけど、まあ、習慣みたいなものなんでしょうね」

「分かりました。じゃあ、とりあえず一ヶ月くらい修行してみます」

「短（みじか）っ！」

「い、いや！　確かに短いですけど！　ここ、娯楽も何もないじゃないですか」

「娯楽？　どうやら不埒（ふらち）なことをお考えのようですね」

あ。まずい。またハリセンが出てきた。

「ちょっと待って！　娯楽イコール不埒（ふらち）だなんて決めつけないでくださいよ！　確かに、中にはそういうのもありますけど！」

「多良木伸彦（たらきのぶひこ）。２８歳。好きなジャンルは巨（きょ）にゅ……」

「すいません娯楽はもういいです我儘（わがまま）いってごめんなさい」

くそう。あの紙、人のプライバシーを容赦（ようしゃ）なく暴いてくるな。

「じゃ、次の質問です。体を鍛えるグッズとかはもらえないんですか？　例えばダンベルとか、バーベルとか」

「サーベルとか？」

「サーベルは違いますけど、あるんですか？」

「ないですね」

くそう。ボケたかっただけだろ。バレバレだぞ。

「それと、リザベルさんはいつまでここに？」

「えっ？　な、な、な、何でそんなことを！」

あれ？　急に動揺（どうよう）し始めた。

「いや、何でって言われても、寂しいからに決まってるじゃないですか」

「さ、寂しい？　私がいないと寂しい？　でも私、巨（きょ）……じゃないですよ？」

巨（きょ）……じゃない？　いや。その言い方は正しくない。

だってどう見ても……っと。読まれたらまずいな。

「そりゃ、こんなベッドしかない部屋で一人きりってのは、寂しいもんですよ」

「なーんだ。そういう意味で言ったんですか」

「えっ？　何？　今のリア—―」

「けど残念ですね。他にも用事がありますから、ずっとここにいるわけにはいかないんですよ」

「い、いや。たまにでいいんですよ。たまに様子を見にきてくれれば」

ずっといられると、それはそれで疲れるからな。

「なるほど。というと、一日に一回くらい……でしょうか？」

「それぐらいですね」

「あ。けど、ちょっと問題がありまして」

「え？　何ですか？」

「この部屋、ちょっとだけ時間の進みが遅いんですよね」

「進みが遅い？」

「簡単にいうと、この部屋の中で一時間が経過しても、外の世界では十分くらいしか経（た）ってない、みたいな現象が起こるんです」

「なるほど。さっきのリザベルさんの例えでいえば、この部屋の時間の進みは外の世界の六分の一、ということになりますね」

「その通りです！　理解が早くて助かります！」

「まあ、そのくらいなら別に構わないですよ」

まあ、昔からよくある設定だよな。

「で、私はこれからちょっとした用事がありまして、ここから離れないといけないんです」

「はあ」

「大した用ではないですし、すぐに終わるんですが、先ほども言った通り、この部屋の中にいる多良木（たらき）さんには……ちょっぴり長く感じるかもしれません」

「別にいいですけど……念のため教えてください。ちょっぴりって、どのくらいなんですか？」

「えっと……それでは計算してみますね」

例の如（ごと）く、リザベルさんはローブの袖口（そでぐち）から算盤（そろばん）を取り出し、パチパチと弾き始めた。

しかし、算盤（そろばん）とは……地球の科学がちっぽけだとか言ってたけど、そっちだって大したことなくない？

お。そろそろ計算が終わりそうだな。

まあ、毎日一回は来てくれるって言ってるんだし、そう心配する必要は――

「出ました！　443.2578年です！」

「長（なが）っ！」

いやおかしいだろ！　例えで出した数字とまったく違うじゃないか！

443年。少なく見積もっても人生五、六回分の時間。

443年前といえば1582年。1582年といえば本能寺の変。イチゴパンツの織田信長……

って、そんなことはどうでもいい！

400年以上、このベッド以外に何もない真っ白な部屋で、一人で過ごすだって？

そんなの無理！　絶対頭がおかしくなる！

「あれ？　でもこの数字、何か変ですね。計算ミスがあるような気がします」

「そ……そりゃそうでしょ」

「あ。その反応（リアクション）……もしかして、多良木（たらき）さんもおかしいって思ってました？」

「思いましたね。いくら何でも、443年は長すぎますよ」

「ふふふ……仰（おっしゃ）る通りですね。すいません。驚かせちゃって」

リザベルさんは再び算盤（そろばん）を弾き出した。

「やっぱり！　ミスしてました！」

「出ました？」

「はい！　今度は大丈夫です！」

「で、どのくらいなんですか？」

「443.2574年です！」

いやあ。間違いが見つかってよかったよ。

うん。違ってたのは小数第四位ですね。何でそんなに細かいんだよ。