第2話
王子はニーナが何も言わないことに煮えを切らしたのか、周囲の人々に語り掛け始めた。
「だが奇跡が起きた。マリアが満身創痍の中、礼拝堂で祈りを捧げると神が現れたのだ。そしてニーナ・バイエルンから聖女の力を剥奪し、マリアに与えてくださった!」
「そうなのです。神は私の怪我を治癒し、力を与えてくださいました。皆さま、私の瞳を見てください! この赤い瞳がその証拠です!」
王子に続いて高らかに声を上げたマリアの瞳は、燃える炎のように赤い。その上キラキラと光を放っていた。
それは確かに聖女の証。
昨日までニーナがその瞳を持っていたのだから。
ニーナは自らの銀の腕輪を覗き込む。そこには栗色の瞳がこちらを見ていた。
(嵌められた、ということね)
ニーナは昨日のことを思い返した。
◇◇◇
昨夜、誕生祭のために大聖堂へと戻ってきたニーナのもとに血だらけの少女が運び込まれてきた。
「聖女様、この少女をお助けください!」
「ひどい怪我……! 一体何があったのですか?」
「分かりません。大聖堂の前で倒れていました」
神官たちの話によると、夜の見回りの最中に見つけたのだとか。
とにかく急いで治癒を施すと、ぐったりとしていた少女がパチリと目を開けた。
「あぁ聖女様! お助け下さったのですね。ありがとうございます!」
「え? えぇ……」
キラキラとした目でニーナを見つめる少女は、確かどこぞの男爵令嬢だ。
彼女はとても不自然だった。
まず貴族のご令嬢が血まみれになるような事件が起きれば、周囲はもっと騒然としているはずだ。それなのに、大聖堂の周囲はいつものように静かだった。
その上、少女の怪我は見た目だけだったのだ。治癒してみると、実際の傷は単なるかすり傷だ。とても大出血をして失神するほどではない。
(一体何があったのかしら? 誰かにいじめられて、ショックで気を失ったとか?)
事情を聞いていいものか考えあぐねていると、少女はニーナにぐっと手を差し出した。
その手にはひび割れた水晶が握りしめられている。
「この水晶も直していただけませんか? 祖母の形見なんです。この水晶が私を守ってくれたんですっ!」
「えーっと……直してあげたいけれど、物は直したことがないから」
「やってみるだけで良いんです! 聖女様の力を注いでみてくれませんか?」
聖女に出来るのは、浄化と治癒と結界のみ。物の修繕はやったこともない。
けれど今にも泣きそうな表情で訴える少女が哀れで、断ることが出来なかった。
「……分かったわ」
ニーナは水晶を手に取り、治癒と同じ要領で力を注ぐ。
(あれっ? この水晶……何かおかしいわ)
少し力を流した瞬間、ニーナは異変に気がついた。だが、止められない。一度流れ出した力は、どんどんと水晶に吸い込まれていく。
(やばいっ……)
聖女の力がつきて倒れるその直前、目の前の少女は嬉しそうに笑っていた。
「おやすみなさい聖女様。うふふっ、明日はきっと素敵な日になるわ」
意識が朦朧とする中、彼女の笑い声が耳に残っていた。翌日、ニーナは自室で目を覚ました。
(昨日の……何だったのかしら? あの子は無事?)
心配をしていたが、昨夜の少女は元気になって帰ったと聞かされた。
(きっと慣れないことをして力を使い過ぎたのね。今日は感謝祭だし、気をつけないと)
気を失う寸前に聞こえた声は幻聴。そう思っていたのに――
◇◇◇
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