第20話
「境。少し良いか?」
伊神から時間が欲しいと言われた俺達は明日に向け英気を養うべく休息を取っていた。
一鬼誘われたのは食事も終え、そろそろ寝ようかと思ったタイミングだった。
俺は縁側に腰掛ける。
現在は夜の10時。空には星々が煌めき、満月が顔を出す。
そこで思い出すは母さんのとの出会い。
それほど前という訳でもないのに、酷く懐かしく感じる。
自然の奏でるメロディーに耳を傾けながら話すのを待つ。
「明日、ワシも行くぞ」
「知ってる。一鬼も彼女と因縁があるだよね」
詳しくは聞かされてない。
ただ因縁があるからと、それ以上のことは教えてもらえなかった。
「あぁ……切っても切れない縁がな」
暗い中、闇に隠された一鬼の顔は見えず。
たが、その声には確かに疲労を感じた。
幾ばくかの躊躇。開きかけては閉じる。そんな挙動を一鬼は幾度か繰り返し、やがて覚悟を決めたように口を開く。
「あの子はワシの子じゃった」
「ッ!?」
初めて知った話だ。
一鬼に子供が居たのもそうだが、彼女もまた誰かの子供だったことに。
てっきり超自然的な存在。概念が形を成したのが彼女――病魔だと思っていた。
それが違った。驚きのあまり咄嗟に一鬼を見やる。
だが、その顔はやはり見えず。
何を考え、思っているのか分からない。
一鬼の話は続く。
「遥か昔のことだ。それこそ大化より昔の話だ。当時のワシは人であった。ハハ!驚いたか?」
「あぁ……ここに来てから驚いてばかりだ。全く気の休まる暇がない」
敢えて茶化すように、大袈裟に驚いて見せれば一鬼は苦笑する。
「そうだろうな。当時のワシに言うたところで驚くのが目に見える」
「それがどうして鬼なんかに?」
安易に踏み込んで良い話題だとは思わない。
理解していながら俺が踏み込んだのは一鬼が聞いて欲しそうにしていたためだ。
「ある時、ワシは不治の病を患った。現代では治せるような病だ。ワシの体は日に日に弱まって行く。立つことすらままらなくなり、痛みに苛まれる日々だった」
淡々と、一鬼は語る。
共感はしない。すでに終わった話であるし、そんなものは一鬼は求めてないと理解しているために。
一鬼の話は続く。
「ワシが死ぬだけであれば仕方ないと済ませていただろう」
「でも、そうじゃなかった。それが彼女。一鬼の娘の存在か」
「そうだ。ワシには娘がいた。可愛い娘がな」
「母親はいなかったのか?」
「居ない。あの子を産んだ時に妻は死んだ。ワシは妻の分まで頑張って娘を育てて行くつもりだったのだ」
それはいったいどんな気持ちなのだろうか。
愛する伴侶を無くし、娘1人だけが生き残った。
辛かったのだろう。俺なんかでは理解できないほどに。
それでも一鬼は1人の親として、娘を育てる覚悟を決めた。
果たして、その覚悟を俺は出来るだろうか。
子供を持ったことのない俺ではその答えは分からない。
でも、覚悟を持って育てた娘1人残して死ぬ気持ちは分かる。
立場は違えど俺も似たような経験をした。
母さん――ナヨの子供であった頃、沢山の愛情を注いでもらった。
狩り仕方から木の実の見分け方まで、色々な事を教わったことを覚えている。
そろそろ独り立ちするかどうかの時期、俺は狩られた。
相手は知らない。気が付けば俺は致命傷を負っていた。
痛みに喘ぎながら母さんの名を呼んだのを覚えている。
後少し。ほんの少し後に命が尽きる。そのタイミングで帰って来たのが母さんだった。
思わずホッと安堵したのを覚えている。
血が抜け、寒さに震える俺がその時だけは暖かさを感じたのだ。
1人ではない。母さんが近くにいてくれる。
その事が無性に嬉しく、甘えるような鳴き声を上げた。
最後は一緒に居て。また頭を
なのに、どうして、母さんは泣くのだろう。
その時は理解できず、不思議に感じた。
此方に必死に駆け寄る母さんの姿が、子狐だった俺の見た最期の光景であった。
今にして思えば、なんて親不孝な事をしてしまったのだろうと思う。
愛情を籠めて育てもらったのに親1人残して死んでしまった。
その時の母さんの悲しみは筆舌にし難いものであったことだろう。
本当に申し訳ないことをした。
「でも、一鬼は生きてる。病は治ったってことだよな?」
「そうだ。ワシはあの子のお陰で生き残れた」
「それで終われば良かった。そんな顔だ」
月光が一鬼を差す。
明かりに照らされた一鬼の顔は苦渋に塗れていた。
「あぁ、そうだとも。それで終わればどれだけ良かったか……」
一鬼の話は続く。
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