第6話/誘惑する兎

────────────………



─────────………



────────……




「ユウ!カズ!」



授業が終わって一目散に走り出した。


廊下に出ると、私の声を待ち構えてたように、教室を出た先の窓際に立っていたふたりが振り返る。




「うおわっ!?ンだよユズ!?」


「そんな慌ててどうしたんですか?」


飛び込む勢いでふたりの元に駆け寄る。驚いた顔をして私を見下ろすふたりに、私はアレ。と止まる。



「って、あれ?リクは?」


待ち構える人物がひとり足りないことに気がついて周りをキョロキョロとする。


「なんでも呼び出しがあったようで一足先に帰りましたよ」


「あっ、そう、なの」



時折、こうして家から呼び出されることもある為、彼らは欠席という名のサボり常習犯だ。




陸斗に関しては体調が悪い、と言って帰るから、病弱説が囁かれているが、有り得る顔をしているのでなんとも言えない。



「それで?どうかしましたか?」



「あのね、あのねあのっ」



そうだった、と私は顔を上げる。



「こんしゅっりかひぃぎっ!?」



「「…なんて?」」



盛大に噛んだ。舌が痛くて思わず悶える。




い、いたい……




涙が出てきそうなあたしを他所に、彼らは眉を寄せて「はあ?」と言いたげに見下ろしてくる。





は、恥ずかしい………



噛んだ事に羞恥とショックから下を向き、口元を抑えてプルプル震える



とりあえず、



「だから……」




何とか気を持ち直して全校林間交流会が今週末であることを告げた。






「忘れてた…」


「そんな学校行事がありましたね」



和真は顔を歪めて嫌そうな顔でするが、隣の侑哉は無表情のまま、ため息まじりに言う。




「どうすんだよ…」


「学校行事を休んでも単位にはそこまで響きません。休みをもらいましょう。」


「えっ」


私の声に侑哉がギクッと肩を揺らして、こちらを見た。



「っ、泣き出しそうな顔すんな」



ギョッとしてつい彼の敬語が外れる。





「だ、って…」




果夏との、初めての学校行事……




「ッ、小学校も中学校も、学校行事、参加したことないのに、高校もダメなの?」


「……。……ユズの素性がバレるわけにはいきません。」



その言葉に侑哉が一瞬黙る。和真も同意するように困った声で続ける。



「あの親父から許可だって下りるわけない。わかるだろ?」


「でも.......、初めての、友達、との.......」



思わず涙が込み上げてきて、私は黙りこくる。


侑哉がそれを見て額を押えて困ったような顔をした。隣にいた和真は溜め息交じりに頭を掻く。





侑哉は数秒黙った後、スマートフォンを取り出して、時間を確認した。そして私の頭をクシャッと撫でる。




「親父に報告、相談、説得する。だから、そんな顔するな」


「は!?マジで報告する気か!?無理に決まってんだろ!高校に行くことすら大反対だったんだぞ!」



まさか、承諾すると思っていなかったのか驚いた和真は嘘だろ、と言いたげに侑哉を見る。


それに侑哉は頭が痛い、と言うように頷いた。





「俺は外すから、しっかりユズが変なことしないように見張っとけよ。ユズもトラブルに巻き込まれないように。」



侑哉は騒がしく人が行き来している廊下を、長い足でズンズンと早足で進み、校舎の外へと出て行った。



「マジかよ。甘過ぎだろ」



そんな侑哉に向かって和真が呆れたというように眉を顰めて言う。そんな和真の横で私は侑哉の言葉に目をキラキラ輝かせていた。



「ヤッッッターーーー……!」


「まだ親父がいいっつったわけじゃねぇぞ。」




放課後、残念ながら侑哉は、古典の再試に出席することはなく、ただひとり再試に出席した。





「篠原は早退したって聞いたけど.......。本郷はどうしたって言うのよー!!」




キイイイッと、女教師が怒る。



和真に関しては、数分前までは侑哉の言いつけを守って、私の傍にいたはずなのに、放課後になった瞬間…



『サボる。』


『はっ?ちょ、サボるって、カズ!』



止める言葉も聞かずに、そう言って金髪の男はどこかへ消えてしまった。



と言っても、この再試が終わればフラッと現れるんだろう。


彼に関しては本気でこの再試が嫌なだけだ。






いざひとりで受けていた私だが、結城くんに教えてもらった通りの全問解答、見事満点。





「如月さん?篠原と本郷は、明日の朝一番に職員室に来るように言いなさいね?いい?絶対よ!?」


「た、体調がどうも……悪いみたいで、す、す、すいませんっ!」




丸々と太った女講師から怪しい視線を浴びながら満点の回答を受け取り、私は急いで踵を返す。






「如月さん?」


「結城くん!」



空き教室から出て後ろから声をかけられる。誰だ、と思って振り返れば、そこには廊下に立っている結城くんがいた。



「どうだった?再試」


「満点!ありがとう、満点だよ!」




結城くんに笑って見せれば、彼は顔を爆発するように赤く染める。







「そ、っか…よかった。どういたしまして」



彼は顔を片手で覆って、隠すように反らした。


遠くから、男子生徒が結城くんの名前を呼んだのがわかった。慌てて振り返るそれに、私ももう一度お礼を言う。




「本当にありがとう。結城くんに教えてもらってよかった。助かったよ」


「うん!ま、マジで俺もよかった…」




「うん、じゃあ、また明日!」


「う、うん…明日、」



にこやかに別れ、私も結城くんも上機嫌だった。










追試テストを片手に上機嫌で教室へ戻る。すると、



「…。」



何してんだ、アレは。



窓辺の机で、金髪が顔を突っ伏して寝ていた。それも、そこは私の席だ。


人っ子一人いない教室は静かで、思わず溜め息が漏れる。



「ッもう!ねえ!カズ!サボってこんなとこで寝て、何してんの!」



「ッい、って…」




バシン、と背中を叩くと呻くように漏れる声。顔を上げた和真に、古典の再試用紙を見せびらかした。





「見て!再試、満点!」


「は?ユズが!?」



その用紙にギョッと目を見開く和真。その顔にムッと私は眉を顰めた。



「私が満点だったら何かおかしいの!?」


「なんかズルしたろ…」


「してない!!本気トーンで言わないで!!」



和真と言う言葉に反論する。ギャアギャア大きな声で騒ぎあってることに気がついて、



「こんな大声出してるとこ人に見られたら大変だよ。」


「ユズだろ。」




「そんなことより早く帰ろうよ」


「ユウの説得が効いてないよう祈るばかりだわ」


「ちょっと!自分が行きたくないからってそういう事言わないで!」



慌てて鞄を手に取り、和真を横に階段を下りる。こんなふたりきりのところを生徒にジロジロ見られたら、後が面倒だ。



「幸助!」


「おかえりなさいやせ、お嬢!侑哉さんは先に屋敷に戻っていますよ!」



校舎裏を進んだ先に黒塗りの車が見えた。以前壊した車は廃車にし、新しい車が支給された。


その前に立つガタイのいい茶髪の男が口を大きく開けて笑った。


「何か聞いてる?」


「いえ、すごい眉間に皺を寄せた侑哉さんに迎えを呼ばれたので何かあったっていうのはわかりますが、内容は聞いてないです。」



その言葉に思案顔でどう説得するか考えあぐねている侑哉が思い浮かぶ。




過保護だからと言ってしまうには理由が軽薄になってしまうが、私は今まで、学校の行事というものに参加したことがない。



果夏という友人ができた今、私の脳みそに行事に不参加するという文字は無い。





屋敷に着くと転がるように車をおりて、洋館の中へ飛び込んだ。



和真はそんな私を溜め息混じりに見ていたが、広がった作りになったホールから続く階段を上る途中でスマートフォンが鳴り、足を止めた。


「先行ってろ。」


私はそんな和真に頷いて、慌てて自室に繋がるリビングの扉を勢いよく開けた。




「お父さんに連絡してくれた!?どうだった?」


扉を勢いよく開けて開口一番。


リビングのアンティーク調でできた2人がけソファーに座っていた侑哉が私も目が合って、困った様に溜め息をついた。



「おかえり。ユズ、扉を開ける時は、もう少し静かに」


「わかったわかった。ねっね?どうだった?」



侑哉のお小言をウンウンと聞き流して侑哉の隣に座る。侑哉の方に顔を向けると、彼は困ったというように小さくため息をついて



「…もちろん反対された。」


「ええっ」



その言葉に大きく衝撃が伸し掛る。固まった私に侑哉が淡々と言葉を続ける。



「行く必要なんてないってな。最近はトラブルに巻き込まれることも多いし、これ以上怪我が増えることを懸念してる。」


「き、気をつけるから〜……」



確かに私の体中に貼られている無数の湿布や絆創膏に否定はできない。項垂れる私に侑哉が目を逸らす。



「最近は、怪我続きだし…親父の言うこと聞いて家で3日間休むくらい……」



その言葉にまた涙が込み上げてきて、小さく首を振って侑哉を見つめる。


その視線に侑哉がウッと言葉に詰まったのがわかった。



いつもは無表情を貫いている彼が眉を顰めて困った顔で天を仰ぐ。



「ねっ、ねっ?なんでもする!お父さんの言いつけちゃんっと守るから許してもらうとか、そういうのはど、どう?」



小さく首を傾げて頼み混む私のその言葉に侑哉は横目で私を見る。



「……カードはあります。」


「えっほんと?」



策がある、という侑哉に私は目の色を変える。ソファーの上に足を上げて、ズイッと侑哉に近づいた。




「親父たちは今年の誕生日パーティにさぞ力を入れることでしょう。なにせ、16歳の誕生日ですから。」


「ッ、ウンウン」



「今年の誕生日パーティで、必ず出席すること、用意された服を着用することが親父たちの頼みです。できますか?」


「それに頷いたら説得できるってこと?」



頷いた侑哉に私は大きく首を縦に振った。



「約束する!誓って。」と高らかに宣言した私の言葉に侑哉が目を細めてため息をついた。




「そこまでして行きたがるか……」


侑哉はそう言って私の勢いに押されて、崩れていた姿勢を戻すようにソファーに座り直す。




「じゃあ」



行ける方向性で話が進んできたことにウキウキと心が踊り始めた。ふと、そう言って侑哉が伸ばしてきた手に気がつく。



「俺からも、交換条件」


「んえ"」



そう言って、切れ長の目を細めて怪しく笑う侑哉に嫌な予感がした。



この顔は良くない顔だ。



侑哉は、学校内では優しくて紳士的でスマートかつ誠実、成績優秀、文武両道。教師たちからお気に入りの彼が、まさか彼が裏社会の人間だと思う人間はいないだろう。




そんな完璧超人に見せている……悪魔だ。




「な、なに、」


「もちろん、親父の説得に対する対価……ご褒美は貰えてもいいよな?」


「え"」



『対価』『ご褒美』という言葉に私は固まる。


「そんな顔で泣き落とせば、俺が言うこと聞くのわかってやってるもんな?」


「まっまさか!」


ブンブン首を横に振ってそんなつもりではないと抗議しても、笑顔で頷くだけ。



「ユズのお願い聞いてやるから、俺のお願いだって聞いてくれるよな?」


「っ、え、う、な、なに」



そう言った侑哉はニマ〜と意地悪な笑みを浮かべる。物静かな彼がよく喋ること、校内でそんな笑みを見るものはいないだろう。


基本的に表情を崩さない飄々とした態度でいる彼だから、こんな顔をする時は良くないことを考えている時だ。




手を差し出した彼に、



こ、この手は何……?



と恐る恐る見上げる。彼はわかってるだろ?と言わんばかりの視線をこちらに向けて軽く首を傾げた。



「俺は散々親父に怒られるだろうし」


「……。」



つまり……。


その言葉の先に待っている言葉が脳裏にチラついて、ボンッと音を立てて赤くなった。


そんな私の顔を見て侑哉がまた意地悪く笑みを零す。




「来てよ」


「〜ッ、」



校内で見ることないだろう意地悪い笑みで小さく首を傾げて言う彼の『お願い』に私は真っ赤になったまま声を出すことすら出来なかった。



そのまま、震える手で侑哉の腕に手をかける。それにフッと笑った彼は、



「ウワッ、」



有無を言わさず腕の中に私を連れ込んだ。ギュウと抱きしめられて、侑哉の香りに包まれる。



「ちょ、ちょ、っ、ゆ……!」



待って、待って、待って!!



「ユ、ユウッ!スト、ストップ!」



「聞こえねえな。」



近い近い近い近いっ!



息ができなくなって、顔を上げると侑哉との距離はもう20センチくらい。反射的に顔が赤くなる。



「俺の事応援してくれねぇの?」



侑哉がそんなことを言ってくるから。



「〜〜ッ、…が、頑張ってね!?」



顔を覗き込んできた侑哉に恥ずかしくなって真っ赤になりながら勢いよく言うと彼は口元を緩めて、可笑しそうに意地悪く喉を鳴らして笑う。




「お任せを。」



そしてチュッと音を立てて頬に唇が触れた。その音と感触に飛び上がって侑哉の胸を押して、距離を取ったが彼は意地悪く笑ったまま、上機嫌で


「真っ赤」


そう言った。心臓の音がたまらなく煩かった。





バタン、と音がしてリビングの大扉が両側に開く。頭をかきながら金髪が中に入ってきた。



「ハー、時間とった。ユウ、例の件どうな……」


「今からもう一度説得に行ってくる。」




中に入ってきた和真とは反対に侑哉はソファーから立ち上がって扉から出ていく。


その姿に驚いて和真が廊下へ消えていこうとする侑哉を振り返る。



「あっ!?また今からか!?」


「次は了承を得てくるから黙って待ってろ」



侑哉の言葉は心做しか確信を持ったように強く言い放つから、和真はなんだそれ。と眉をしかめていた。



「意味わかんねぇ、なんでアイツあんなやる気出してんだよ。本当は反対だろ」



何とか一安心だと胸を撫で下ろしたが、私の心臓はしっかりと、大音量で緊張の音を鳴らしていた。





「お嬢様、陸斗様がお帰りになられました。」


「えっ、りく?」



聞こえてきた声に扉を開ける。和真が後ろに続いて廊下に出れば。


紀恵さんがいて。指す方向に目を向ければ、廊下から続く階段の下に、頭を下げた使用人が見える。


その先に見えたのは、確かに陸斗の姿。







洋館らしい作り大きく広い玄関に、高い天井。玄関ホールから続く2階へと広がった作りになった階段。


取り付けられた手すりに寄りかかって



「リク、おかえり!」



玄関ホールに向かってミルクティー色の髪をした彼を出迎えた。



「………。」



少し冷たい視線でホールから広がる階段の手すりに寄り掛かり、こちらを見上げている。


男子の平均的な身長しかない彼だけど、脚は長く寄りかかっている姿勢が綺麗に見えて私はモデルみたいなんて悠長に心の中で呟いた。





「ただいま、ユズ」


「おかえり、リク」



私の声に反応するようににこりと優しく口元に弧を描いて笑う陸斗が階段をゆっくりと上がる。



「頼まれごとっていうのは?」


「区切りがついたからね、帰って来たよ」



そっか、と呟いたと同時に背後から人の気配がする。



「帰って来なくても問題ないけどな」


「…永遠にな。」



後ろでハッハッハ、と笑って悪態をつく和真に気がつけば侑哉も隣にいた。



「ユウ!お父さんなんだって?」


「了承を得ましたよ。先程言った条件付きでね」



それに私は目をキラキラ輝かせて両手をあげそうになる。でも、両手を上げきる前に、



「アッハハ、ユズ?バカ二人は無視して部屋行こうか?あ、ふたりは付いて来ないで、自室に引き篭っててくれて構わないよ?てかそうしろ」



ニッコリ、笑って陸斗が低い声でそう言うから動きが止まった。


「あ?ンだと、テメェ…チビ!!」


「お前が篭れ。」



すぐに喧嘩になる癖はどうにかならないのか。




また始まった…


確かに陸斗は一番背が小さいけど…。




「はあ?」


「なんだよ、やんのか。あ?」




「あーもー喧嘩するなら、私部屋戻るよ。リクも何をそんなに怒ってるの?」


「アッ!!ちょ、待て!オイ、ユズ!!」


後ろの彼らを一瞥して、ため息をついてから踵を返そうとする。



「ユズ」



陸斗の声が私を呼び止める。なんだかその声が低く聞こえて体がピクッと反応した。



「え、なに?」


「ユウから連絡来て、林間学校に行くなんて言うから飛んで帰ってきたけど、まさか本気じゃないよね?」


「エッ!?」


陸斗はこちらを向いて、腕を組む。


こ、こわい…





冷たい瞳から不機嫌なのがわかる。陸斗はやはりどこか怒っているらしい。腕を組みながら溜め息交じりにそう吐き捨てる。




「い、行きたいんだけど、ダメ?かな」



恐る恐ると聞くと陸斗は、溜め息をついた。そしてすぐに饒舌に捲し立てる。



「だいたい高校生にもなって林間学校っておかしくない?中学生でもないし、ましてや私立の学校で!」


「……リクは行きたくないの?」




なんでそんなに突っかかるのだろう?


その言葉に陸斗は顔を顰める。少し黙って私を見るから、首を傾げて彼を見た。



「…………。」


「リ…?」





「…山だから面倒くさいよ?」


「え?」





「虫にだって刺されるし、汚れるし楽しくないよ。」


「…。」




「家で休んでた方が、無駄な体力使わないしいつも通りに過ごせるよ?」


「リク?」






なにか……怪しい。侑哉が無表情で溜め息をついているのが目に入った。


陸斗が拗ねた子供のようだ。どこかムスッとして頬を軽く膨らましてる。




「……それって、1から3年まで行くんでしょ?泊まり行事だよ?敢えて言わなかったけど、俺ら同じ班になれるかわかんないんだよ?」




「…へ?」


「あ?」


「………。」





ちょっと待って、敢えて?




「…リク?もしかして…林間学校があるの…」


「知ってたよ?そんなの休めばいいと思ってたし、ユズの傍に3日もいれないなんて嫌だしね。」




フンッとそっぽを向いた陸斗は、あたりまえとでも言う様な態度を取るから、陸斗の言葉に絶句した。



衝撃の告白に私の口元がワナワナと震える。




「しっ、てたのぉぉ!?」



「予定はちゃんと頭の中に入れてある、あたりまえでしょ。ちなみに、知らなかったのは喧嘩バカのカズだけ。ユウは知ってたんだから。」


「エッ!?」


盛大に溜め息をついて、嘲笑的に和真を一瞥した。


陸斗の『侑哉は、知っていた』という言葉に振り返る。その視線に侑哉は逃れるように素早く目を逸らした。



「ほっんと喧嘩バカの脳内は今後の予定さえも詰まってないんだから困ったもんだよね」


「っああ!?」



「事実しか言ってないでしょ」



騒ぎ立てるそんな喧嘩はもう放っておこう。


あんなのを相手していても埒が明かない。



ていうか、今はそれどころじゃない



「ユウ、知ってたってどういうこと!?」


侑哉の方へ顔を向けると、侑哉はそそくさと無表情になった顔を逸らす。



「ちょっと!」


抗議の声と一緒にギロっと睨めば、気まずそうに口を開いて渋々と言葉を吐く。



「元々、親父に林間学校については報告してなかった。学校のことは任されてるからな。」


「は、話が違う〜ー!!さっきはお父さん反対してるって!」



私が侑哉の腕を掴むと、侑哉は手を挙げて降参のポーズをとる。



「実際ユズが、行きたいって言ってると伝えたら反対していた。さっき提示した交換条件もちゃんと効いた。」


「〜〜ッ!」



拗ねてむくれる私に侑哉は背中を撫でて落ち着かせようとする。



「……それに、手が回らなかったんだ。」


「ハイ?」



小さく呟いた侑哉の言葉をなんて?と聞き返した。




「元々、学校行事に参加した経験も少ない。行かない方が安全なのに、行くって言うなら行動を見守れるよう手を回した方がいいだろ。」



「僕だってユウから連絡が来てすぐに掛け合ったさなのに親父たちときたら、報告した時には『たまにはお前らから離れるのもいい』とか『恋が芽生えるかも』とかくっだらないこと言い出すの!」



侑哉と陸斗のその言い方があまりにも拗ねたこどものようで。


このふたりは……。


こんなの学校では絶対に見れないのだが、あまりの子どもぶりに腹が立って来るのを通り越して呆れてくる。



……ていうか、ん?


「……ちょっと待って、班割りに手、回そうとしたの?」


「もちろん。」


「ああ。」



平然とした顔で頷く陸斗と侑哉。なにか?という顔に、何を当然のように頷いてんの!!と心の中で突っ込む。



「何も言わないで、何してんのよ!?」


「大変だったんだよ?それに言ったら、ユズ止めるだろうしぃ〜?」


「……。」



「あったりまえでしょ!?」




子どものように間延びした声を上げる陸斗と黙りの侑哉に思わず大きな声で言う。


「お前らっ、何してんだよ!?」


「「黙ってろ、喧嘩バカ」」




「っああ!?誰が馬鹿だ!!」


「お前だよ。」




「まあ、そう言う事で僕は交流会には行かないつもりだった。…のに、なんで行くことになってんの。ユウ」




和真の声を無視して、陸斗は不機嫌に侑哉を睨み上げる。それに侑哉はそそくさと目を逸らして、宙を見る。




「………泣き落とされたの?」


「………。」






「ユズ…」



侑哉のだんまりにこめかみを押さえて溜め息




「そういうのはやめてって言ってるでしょ…」


「なんで!?いいじゃん、初めての泊まり行事だよ!?」


「つまりユズ狙いの馬鹿が動き出す絶好のチャンスでしょ」




間髪入れずにそう返して、


「あ〜、もう最悪」


と額を叩く




「なに?なんて?」


「いいよ、馬鹿ユズ鈍感馬鹿。」




馬鹿って2回言った!?




「ちょっと、リク!!」


「断固反対。」


「もう行くって約束したよ!!」




侑哉を見上げれば「わかってる。」と溜め息交じりに頭を撫でられた。





「…リク、決定事項だ、黙れ。」


「…親父の許可も降りてんなら、もう止めようがねえだろ。」



「まず、なんで言い出した時に止めなかったのさ!」






「「だって泣くし。」」


「…ユズ…!」



陸斗が怒ってこちらを見るから、私はそっぽを向いて口笛を吹いて誤魔化してみせた。



陸斗は何かを諦めたかのように深い溜め息をつく。


こめかみに指をたてて、陸斗は瞼を伏せながら言った。



「で?勿論、手は打ってあるんだよねユウ?」


「…あぁ。班割りは無理でも職員に手は回しておく。」




「はぁ!?」



職員に軽く手を回した!?ってなに!?




無表情で淡々と言う侑哉の言葉にあたしは驚いて声を上げる。



「ちょっど、どういう意味!?何したの!?」


「あっはっは、ユズは知らなくていーいよ」




侑哉に尋ねても無視され返ってきたのは陸斗の笑顔で。和真は隣でヴェ、と顔を歪めている当たり覚えがあるんだろう。





「ハァ…、何も起こらないといいけど。」


「とりあえず打てる手は全部打っておこう。」


「…あぁ。」




溜め息をつく三人。その言葉につまり、とパアッと顔を綻ばせる。



「行くよね?交流会、行くでいいんだよね!?」


「ああ。」



「行く方向で話は進める。…準備しとけ」


「ほんと!?やった!!」





『交流会』の言葉にあたしは胸を躍らせる。





「俺たちもだな…。」


「あーもう。めんどくさ」


「旅行カバンなんてないぞ。」



侑哉、陸斗、和真はそれぞれそんな事をボヤいた。




私はとても上機嫌だった。高校に入って初めての泊まり行事をとてもとても楽しみにして、部屋中をドタバタと行き来した。





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スキップをしながら荷物を準備する柚華の後ろ姿を見ながら、陸斗はハァ、と小さく溜め息をついて襟足に手を当てた。




………俺は本当に反対してる。


もし柚華同じ班になれなければ3日間。彼女とは全く別の行動を取らないといけなくなる。



会える確率の方が少ない。




林間…つまり、山。


学園が持ってる山にある施設で2泊3日を過ごすこの行事は、オリエンテーションからキャンプファイヤーなどと様々な事をする。



班毎に宿泊するログハウスも違うらしいし。




もしそれで俺ら3人の誰もユズと同じ班になれなかったら、彼女狙いの男共がこれみよがしに周りをちょこまか動き回るんだろう。俺ら(邪魔者)がいない絶好のチャンスだもんな。




ああ、考えるだけでイラつく。


まあ、自分では無いどちらか二人が同じ班でも柚華を独占することになるから腹立たしいが。



「ユウ!大変、荷物が入り切らない!」


「張り切り過ぎだ…馬鹿。」








「……………。」




まあ、…いいか。あんなにも、楽しそうなら。







彼女の笑顔には何も変えられない。ふと1年前のことが脳裏を過ぎって、顔が歪んだのが自分でわかった。






ピコンッと軽快な音がした。



「?」




ポケット内のスマートフォンを確認すると、通知がひとつ。なんだ、と思いスマートフォンを覗く。



「……げ、」



SNS経由でクラスメイトからのメッセージ。その相手にゲンナリと、顔が先程とは違く歪む。





何の用だよ…




「……。……!」







陸斗はその文字と画像に目を見張った。


それを見終わった途端、彼の目が鋭く光る。









「…は。困った子だな、ホント。」


無機質な笑いが彼の唇から零れる。






「ユウ!カズ!オヤツはバナナの内に入りますか!?」


「バナナはオヤツの内に入りますか、な。落ち着け」





ミルクティー色の髪の下、蜂蜜色の瞳で部屋中を走り回る彼女を捉えた。






──────────────────────────────…………






「ねえ、柚華。今日なんでそんな上機嫌なの?」


「へ?そんなことないよー」




「走り出さない、スキップしない。なにやってんのよ」


「だからぁ〜なんでもないってぇ」




「うん気持ち悪いほどに上機嫌ね。」


「フンフンフフンフーン」





横から果夏の冷たい視線を感じるが柚華はそんなのも気にしない。



「もう、果夏そんなこと言ってないでよ。ほら今から全校集会でしょ?林間交流会のこと決めるのかなぁ」



「………柚華、交流会そんなに楽しみなわけ?」


「果夏と同じ班になれたら楽しそうだね!!」



柚華が目を輝かせれば溜め息をつかれて背中を押された。





「はいはい、楽しそうね。ほら講堂行くよ」



果夏は何気なく後ろを振り返る。するといつもの3人の姿が溜め息混じりについてきていた。


そんな様子を見て果夏は心の中で呟いた。



……どうしちゃったのよ、みんなして。




侑哉と和真も不自然だが、陸斗が特におかしい。笑ってるのにオーラが不機嫌全開が漏れていて女の子たちが近づけれてない





「とーちゃく!」


「げ、」





講堂に着けば、たくさんの人。アリの大群のような列がそこに流れ込んだ。





『3年は左!1年は右で、真ん中に2年だ!


クラスごとに纏まれ。席は自由でいいぞー!』




ステージ上には学年主任であろう体育科の先生が仁王立ちしていて、その手にはマイクを持っていた。


3つの列に別れた席を大雑把に教師たちが分けていく




「西側か。柚華!」


「フンフンフーン」



「ほら、柚華!行くよ。」


「はーい」



上機嫌で席に座ろうとすれば、果夏が呆れた顔で私を横目で見ていた。




「はー、めんどくさ」


「帰りてぇ」


「……。」




小さくボヤく声が聞こえて顔を上げる。前の席に見慣れた3人が座った。一番右の隅が侑哉、真ん中に陸斗、その横に和真。




…ちなみに和真の横は誰も座らなかった。ていうか誰も寄って来れなかった。


和真がキャイキャイと黄色い声を上げて和真の横に座ろうか座らまいかを話す女子たちを睨んでいたから。








「ユズ、あんまりはしゃぐンじゃねえ」


「はーい」



こちらを振り返った和真は不機嫌にそう言う。それさえも上機嫌のまま返事をした。「ダメねこりゃ。」と隣の果夏が呆れた声が聞こえた。



ザワザワとして騒がしい講堂。さすが1年から3年までが集まるだけあって中々静かにならない。





「人多いね」


「これでも普通科だけらしいよ。」



「へえ、じゃあ、8、9、10組はいないの?」


「そこら辺は再来週なんだって。少しズレてるそうよ」



この学校は特進科と普通科に別れていて、私たちのクラスは特進科に属する。普通科というのは、ヤンチャな生徒も多いので一緒にはならないのだろう。



『ガガッ………、おーし、お前ら。全校集会始めるぞ』



マイクを通して、学年主任の先生の声が講堂中に届く。





「よっしゃ、待ってました」


「ユズ……!」




上機嫌な声で漏らせば、前から陸斗の怒った様な声が聞こえる。ぶぅと唇を尖らせて、みんなしてなんでそんなゲンナリとした顔してるんだか。と視線を向ける。



陸斗たちは先日のことがあるのでわかるが、横の果夏までやってらんない、という顔で椅子に体を沈めている。



『じゃあ、今週末に全校林間交流会がある。配布された書類に目を通せ……』



学年主任の先生が交流会について説明を始めた。






「侑哉くん、コレはい どうぞ」


「ありがとうございます。」



侑哉の前に座る女の子が猫撫で声で侑哉に回って来た分厚い資料の束を渡す。


「うぇ…。」


「カズ、顔に出さない」



舌を出して顔を歪めた和真を、陸斗が冷静な顔でそちらを向かずに淡々と言った。


女嫌いも困ったものだ。



「あっ見てみて!オリエンテーションがあるんだって」


「どうせ、山の中を散策〜とかでしょ?」



「へえ、楽しそう!」


「どこがよ。」




楽しいわけないでしょ、と呆れた顔を向けてパシパシと分厚い資料が重なった『全校交流会のしおり』で額を叩かれる。





「汚れるじゃん」


「それも楽しみ!」


「もう、馬鹿柚華…」


私の笑顔に果夏はもう何を言ってもダメだ、と講堂の少し柔らかい素材でできている椅子に身を沈める。





「ユウ…コレ、班割り載ってない」


「ですね。」



ふと前からそんなボヤキが聞こえてくる。



前を見ると「なんで。」と顔を顰めなから陸斗がしおりを捲っていた。



『はーい。注目!今から部屋割りと班割りを発表する!!』




「は?今から?」


「なんだそりゃ。」



体育科の学年主任の言葉に、陸斗と和真が眉を顰める。冷たく言い放つ今日の陸斗はどんな事にでも尖っている。かなり不機嫌、女子達も寄ってこれない程に怖い。


みんながコソコソと噂して、家族に不幸がなんて言われる程だ。






「ほらほら、少し静かに聞きなさいな」


「能天気ユズ…。」



忌々しそうに振り向いた陸斗に、私の笑顔はデコピンされてしまって。


『1から3年で全部で6人の班だ。全部で25班まであるからな』


「へえ、結構少ないのね。」



そんな先生の説明に果夏は驚いたように声を上げる。




たった、6人とは…





「あっ、果夏。ここに普通科はクラスが多いから前半組もふたつに分かれる。って書いてあるよ。」



「つまり、4組と5組ってこと?」


「そうみたいだね」







『1班から言ってくぞ、3ねーん 相崎、椎名ー………』



「あっ、班割り!」



学年主任が班割りを発表し始めたことに、パアッと瞳を輝かせて、前の背もたれに手をつく。



ウキウキの私とは裏腹に



「ちっ…」


と舌打ちをこぼして頬杖をつきながら、学年主任の先生を睨んでる和真。



「……はぁ、」


溜め息をつきながら心配そうに発表を見守ってる陸斗。



「………。」


無表情でしおりを捲って何かを確認している侑哉。



「ねっむ…」


横で椅子に沈み寝る体勢に入る果夏。






この4人はどうも楽しみの欠片もないよう。


学年主任の先生の班割り発表は段々喧騒を帯びながら続いていく。


私の名前も、果夏の名前も前の3人の名前も中々呼ばれない。いや、まだ全然班割り発表は進んでないんだけど。







他のクラスでは一緒の班になれたらしい女の子たちがキャアキャアと声を上げている。



その他にも班割りが気に入らなくて文句を言っている人や、同じ班の人を探そうとしてる人がいる。




騒がしい講堂の中、私の果ウズウズとした気持ちは果夏に隠せない。…朝から隠せてなかったのかもしれないけど。



「中々呼ばれないねえ」


「そうね」




ボヤいてみれば、果夏はお昼後であるこの授業時間が眠いらしく欠伸をしていた。つまりあまり興味なんてない。



「あー、眠い」


「お昼食べ過ぎたんだよ。」


「今日のチキン南蛮美味しかったわね…」


「もう、果夏」




マイクのガガッというノイズ音が混じって



『…1年、山下光と伊藤 果夏ー。』



「あッ!」「ゲ。」





『伊藤 果夏』



その名前が呼ばれて私と彼女は同時に声を上げた。私はポカンと口を開けて、果夏は口元を引き攣らせて。




「えええ、果夏っ」


「ま各班2人って時点で一緒の班になるのは無理か。」



私の嘆きに果夏は溜め息をつきながら、黙らせるように頭を撫でる。なんだかんだ同じ班になるのを期待してくれてたらしい。




「ほらほら、泣かないの」


「果夏と一緒がよかった〜……」


「大袈裟な。」




果夏以外、仲のいい女の子なんていないのに……。


こんなことならしっかりと班割りに手回ししといてもらった方が良かったかもしれない。



「ていうか片割れ、男なんだ。面倒くさ」


「あ、そうなの? 」


「ま、女でも男でも面倒くさいけど。」




そう言っては、気の抜けたように大きな溜め息をついて椅子に先程よりも深く身を沈めた。



「後は部屋割りで同じになることを願うしかないね」


「そっちは一緒がいいねえ…」




『5班の、1年は結城 武範、と如月 柚華。』




……ん?




果夏の別班に項垂れていて私には理解できなかった。





「あ。」 果夏の呟き。





「へ?」 あたしの素っ頓狂な声。





「は?」「あ?」「ん?」陸斗、和真、侑哉の声。










そして、





「ええええっ!?」






後ろから響いた一際、大きな声。















その声は聞き覚えがあった。









「え?」



大きな声が響いて、何の音だろうと振り返る。




そこにいたのは、明るく染めた短い髪、耳に光る赤のピアス。


どこか優しい雰囲気を持った彼に似合わない容姿。





そんな彼は椅子から立ち上がって、口をポカンと開けて絶句していた。周りの人たちがそんな彼に注目をしている。




「結城くん…?」




そんな彼の名前を呼ぶ。2列後ろのその席にも届いたらしく、彼は慌ててこちらを向いた。




「き、さらぎさ…!!」


「っ!?」







目を見開いて私を捉えた結城くんは、名前を呼び終わる前に頭の頂点がボフッ!!と派手に爆発した。



………気がした。












「おい!タケ!!しっかりしろ」


横ではこれまた明るい茶髪の男の子が、立ち尽くしてる結城くんの正気をなんとか取り戻そうと必死に声をかけていた。



ふと後ろからガッと強く肩を掴まれる。え、と振り返れば、顔面にニッコリ笑みを作りながら


「?リク?」


「ユズ?やっぱり休もうか?」



まだ言うかこの人は…。


笑いながら1ミリも笑っていない陸斗からは先程よりも黒く不機嫌な恐ろしいオーラが滲み出てくる。




「休まないよ?」


「ユズ?」



横では和真が後ろの方を睨んでいるし、侑哉は忙しくなく先程からスマートフォンを操作してる。





「アイツだけは俺、今絶対に嫌なんだよね」


「ナニソレ!!?意味わかんないけど!?」


「とりあえずアイツだけは今、絶対に無理なの。」





そんなことを唸る様に言う陸斗は、おそらく自分の一人称が”俺”になってることに気が付いてない。





無理なんて、結城くんと陸斗はあまり関わったことがないはずだ。



「大丈夫大丈夫。良い人だよ!」



もう一度彼の方を振り返ると、結城くんは固まったまま。でも、その目とは視線が合わなくて、合いそうになる度逸らされる。




「き、如月さん、お、同じ班みたいだね?」


「あ、うん。よろしくね?」




知り合いでよかった。


これで何にも知らない人だったら、私のコミュ力がオーバーヒートしてたかも。



嬉しさから笑みを零せば




「ッ、!〜〜っ!!」


「タケ!!いい加減座れ!目立つ!!」


「エッ!?あ!?うわっ!すげぇ目立ってる!!」


顔が今までよりも真っ赤になり、下を向いていた。






別に結城くんは優しいし、


いい人なのにな…古典の恩人であるし。




「なんでアイツなわけ、偶然でもふざけてるでしょ」



しかし陸斗は背もたれに顔を乗せて、心底イラついてる様で呟く。拗ねた顔がまるでこどものように蜂蜜色の瞳が揺れて、頬が膨らむ。




眉を寄せてこちらを睨む姿は軽い上目遣いで怒っているのだろうが大変可愛らしい。




「リク」


名前を呼んで窘めると不服そうにこちらを睨む。だって、とでも言いたそうな睨みに私は小さくため息をつく。





埒があかないそれに助け舟を出したのは…



「はぁ、ほら相良。諦めなよ。もうここまで来た柚華を止めるのは無理でしょ。」


「果夏…」





さっきからずっと横で黙って見ていた果夏が助け舟をだす。


果夏から後光が指して見えてを合わせそうになってところで果夏にパコンと頭を叩かれた。




「アンタもアンタ!鈍感にも程があるし、危機感も無さ過ぎ!相良の気持ちだってわからんでもない!!」



と何故かお叱りを受ける。






「ナニソレ、どういう事?」



「アンタもアンタで自分の事をわかりなさい、自覚しなさいってこと」




心底呆れた様子で、果夏は額に手を当て、深い溜め息をついた。



そんな溜め息をつくことないじゃないか…





「リク、拗ねてるところ悪いですが出揃いましたよ。俺らの班割り、聞いてましたか?」



背もたれに両手をついて、悔しそうにしている陸斗にいつのまにかスマートフォンを弄るのを辞めていた侑哉が言った。


「え!?」


「見事に、全員バラけました。」


「ほら。」



ふぁ、と欠伸をした和真が顎で最前列を指す。



用紙……




「…アレ、始めから分ければ良かったんじゃ…」




呆れた果夏の声が横から聞こえる。私もそれに同意した。



見れば、3年も2年も知らない先輩。どこも各学年の男女だった。




「果夏!私5班だよ!」


「ん、こっちは4班。隣だね」


「隣!?やった!」



ガッツポーズをして喜べば、


『部屋割りは、1から5班でセットだ。6から10班で一棟、他も同じ要領で5班ずつに宿泊棟が別れてる』




1から5!?



と、ということは……



「果夏!私たち!」


「そうだね、同じ棟だね。」



たまらなく、キャーっと果夏に抱きついた。友達と泊りなんてこんなにも嬉しいことはない。



「「「チッ………」」」



聞こえてきた声に彼らの存在を忘れかけていたことを思い出した。声を揃えて舌打ちを漏らして、仲良しかと突っ込みたくなる。



ひとつ前の席の空気が悪いのは気の所為じゃないだろう。真っ黒な空気の中から嘆きの声が聞こえてくる。




「ありえねぇ…」


「部屋割り…棟まで違うとは困りましたね 」


「もう、ほんっっと嫌!」





それぞれが、項垂れながら部屋割りと班割りの不満をボヤいている。


陸斗は顔を手で多い、侑哉はこめかみに指を当て、和真は膝に腕を組んで溜め息をついた。






「ユウたちは?」


「見事にバラけましたよ。俺とカズは宿泊棟は同じですが」



まあ見事、全員班がバラけたわけで。


…………ユウとカズ…。



「喧嘩しないでね?」



嫌な予感がして恐る恐ると声をかける。



「……しませんよ。おそらく」


「しねーよ!…………多分。」




侑哉も和真も私から目線を逸らす。和真は膝で手を組み、侑哉は頬杖をついて対照的な方向に視線を逸らす。


苦笑いな二人の返答に私は前の席の背もたれに手をついたまま、ガクッと落胆する。



………まあ、この二人に喧嘩するなって言う方が無謀なのか



侑哉と和真は歳も同じ。


ふたりとも、私と陸斗より2つ年上。同じ学年でいるのは言わずもがな家の計らいでクラスメイトにも、果夏にも言っていない。



そんなふたりが昔から何かと張り合ってたからしょうがない。



背もふたり共同じくらい高いし運動面や体力的にも同じくらいだと思う。学力はユウの方が勝ってるけど…。




「ありえない、ありえない、ありえない、」




ふと真ん中で一際小さくなった陸斗。クルリ、と振り返って先程と同じように背もたれに両手をついた。


顔を乗せる陸斗の顔は仏頂面、頬が膨らんでプスプスと音が出そう。






「リク、笑って。ここ学校」




学校では珍しい仏頂面の陸斗。


今日一日頑張って笑顔を絶やさない様にしてたらしいが班割りと部屋割りの発表でもうスイッチが切れたらしい。





「笑って欲しかったら、行くのやめて。」


「嫌」


「チェッ。」



もちろんの即答に、陸斗は忌々しそうにまた私の後ろを睨んで舌打ちをする。随分と結城くんが嫌いみたい。




「なんでアイツなのさ…偶々にしても本当意味わかんない。強運かよ、腹立つな………」



「リーク。」


「っ!?」




プスプス燃える音が聞こえそうなほどブツクサと文句を言う陸斗。あまりにも不満そうなそれにもう我慢ならず、その頬を溜め息をつきながら、摘んだ。



「ッゆ!?」


「フッ…!」


「なにひゅんの、いはひ」



ミョンミョンと伸びるその頬の柔らかさに思わず笑みを零すと、陸斗はその体勢のまま不満そうに声を漏らす。


丸い目に蜂蜜色の瞳、長い睫


癖のついたふわふわのミルクティー色の髪。


昔からあまり変わらない陸斗の容姿。





頬を引っ張れば少し幼い頃の陸斗に似てるななんて思う。




「フフフ」


「笑ってないでよ、俺怒ってんだからね。」



そんなことを言うがもう睨むというより背もたれに顔を乗せてブスくれてるので、上目遣いに近い。




「ねえ、リク。ちゃんと気をつけるから、許して?」



頬から手を離して、陸斗と同じ位置まで顔を下げた。




「ね、お願い」



「ッ、!?」



意外にも近い距離だったらしく、陸斗が真っ赤になって背もたれから顔を離して距離をとった。





え?






「……リク?」





陸斗が急に顔を真っ赤に染めて身を引くものだから。何があったかわからなくて首を傾げる。




「…だから、そういうとこがダメなんだって…」


「え?なんて?」


不満そうだった顔は真っ赤になって、両腕で口元を隠してモゴモゴと喋る。モゴモゴとしてる内に陸斗はどんどん小さくなっていく。


ステージ上では学年主任の先生が林間交流会について説明を始めているが、それどころじゃない





「リク?」


「あ〜もう」




ミルクティー色の髪から覗く耳、そこまで真っ赤だ。



珍しい…。


何をそんなに赤くなるのかと疑問に思っていると、横から果夏の溜め息交じりの驚いた声が聞こえる。




「ほんっっっとユズってタチ悪い」


「えっなに?何の話?」



顔を椅子に埋めたまま、陸斗は潜もった声でそう言う。そんな陸斗を見て両サイドから大男ふたりが鼻で笑った。



「ユズ、ガキは放って置いてあげてください」


「人の事馬鹿にしといて自分、真っ赤だぞ?」




「うっさいな、放って置いてよ馬鹿!」




「クックック、ガキだな」


「馬鹿に言われる筋合いないんだけど!」




「リクもまだまだ子供ってことですよね。実に高校生らしいと思いますよ」


「変態ユウも黙ってよ!!」


「は?リク今なんて?」




顔を伏せたままの陸斗と、陸斗を小馬鹿にするようにニヤニヤ笑う左右の言い合いが始まる。


「あーうるさいうるさいっ」



耳を塞いで騒ぐ陸斗に、からかい続ける二人を見て、私は心の中でまた、始まった…。そう溜め息をついた。


















獣よ



兎を逃がすな









誰かに捕まれる前に


その手で捕えろ



彼女が胸を躍らすこの先の


波乱の予兆は、始まっていた。





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