第3話/悩める兎





『幼馴染みが特徴的な普通の女の子』




それでいい。


誰も知らくていい。


誰もわからなくていい。










普通でありたい



そう願った










「これでHRを終了しましすので、部活へ行く人は頑張って!帰宅する人は気をつけて帰るように!」




伸びやかに広がる担任の声を合図にHRが終わって一斉に生徒が動き出した。椅子と床が擦れる音が響き、ザワザワと声が広がった放課。







「かーな、今日部活?」


「そうよ。」




軽い足取りで果夏の席の前にやって来て、彼女に話しかける。




「新入生は早く来て準備手伝わないといけないの」



果夏はノートや教科書を乱雑に机の中に突っ込んでいた。





「へえ、大変だね。」


「上下関係は面倒くさくてたまらないわよ」




教科書を押し込みながら返事をされて、見た目からは想像もできない行動して…またこの子は。と心の中で果夏の行動に笑った。





見た目からしたら、丁寧に整理して入れるキャラだろうに。やってくれる事は正反対だ。





果夏は空手部の特待生としてこの学校に入学したらしい。部活に力を入れているこの学校にはそういう生徒が多かった。





学年には進学をする生徒が集まった特進クラスもあるが、果夏のように部活に力を入れている生徒は普通科に振り分けられる。





特進、普通科、そしてその他に分けられるこの学校。





そして『その他のクラス』とは


……つまり8、9、10組の3クラス。

そこはあまりいい噂を聞かない生徒の集まりだ。






ヤンチャな生徒がいるだの、髪の色がみんなカラフルだの、つまり不良と呼ばれる人の集団だ。


入学して間もない私がそんなクラスの女子生徒や男子生徒に幾度も目をつけられている。



出来れば関わりたくないだけど…。


「如月さん!」


「えっ?」



後ろから誰かに名前を呼ばれた。


そこには可愛らしい女の子が立っている。髪の毛を下ろして、パッチリメイクでじっとこちらを見ていた。




名前はちゃんと思い出せないけど、クラスメイトのひとりだったはず……。





「えーと…?」


「誰」



即座に果夏が私の前に立ち塞がるように立ち上がった。ギロと鳴りそうな目線で彼女を睨む。



「っ、」



少し果夏の睨みに怯んだ彼女。肩を揺らして一歩、後ずさる。




「果夏、クラスメイトでしょ。」


「ご、ごめんなさい」


「あっ、いえ。大丈夫です、なんですか?」




苦笑いでそう言えば、彼女は先程の果夏への怯えとは打って変わってパッと花が咲いたような笑顔を見せてくる。


可愛い子だな…




「如月さんて相良くんたちとどういう関係なの?」


「っへ!?」




悠長な考えとは裏腹に突拍子も無い質問が来て困惑する。女子生徒の跳ねる様な声に私のすっとんきょな声が返る。



相良くん、とは陸斗の事だ。


咄嗟に陸斗に視線を走らせた。




「ねっ、陸斗くん、部活とか興味無い?」


「りっくぅん!こっち向いてえ!!」


「陸斗くーん!!かわいいっ!一緒に動画撮らない?」


ミルクティー色の髪が教室の後方でフワフワと揺れている。





「和真くん!」


「こっち向いてえ!」「本郷くーん!!」


「侑哉くん侑哉くん、部活の勧誘なんだけど」


「篠原くん、良ければ委員会を、」




陸斗は侑哉、和真と共に教室の後方でクラスの女子たちに四方を囲まれていた。寧ろあそこまで追いかけられる精神を尊敬する。


他クラスの女子たちもやってきて教室は人で溢れ返っていた。



「え、えと…」


そんな様子を傍観して、なんて返答するべきかと困惑していると、横で果夏が痺れを切らした。




「何、困ってんのよ?」


「か、果夏…」



「アンタたち、単なる幼馴染みなんでしょ。小学校とかから一緒なんでしょ?ね?柚華」


「う、うん。」




もちろん果夏の言っていることは正しい。


前に少しだけ怪訝そうに仲のいい…というか過保護な理由について尋ねられた時に話した。




「…ていうかそんなのアンタに関係ないでしょ」


「っぇ」



果夏がそう言って前に出る。私を自分の背に隠すようにして、立ち塞がる。小さい背、可愛い顔からは想像できないその男前さはそこら辺の男子生徒よりやることがかっこいい。






「えぇ?そうなの?」「幼馴染みだったんだ!」

「通りで仲のいいはずだよね」「そうなんだ!!」

「付き合ってるのかと思ってた」「えーっ!いいな」


「えっ!?」


彼女の後方で陸斗たちを遠巻きに見ていた女子たちが騒ぎながら寄って来た。



どうやら初めから私たちの会話を聞いていた……のか代表で彼女が聞くことになったのかは定かではない。



「あっ、え、えと」



あまりの怒涛の勢いに戸惑い、何も言うことは出来なくて立ち尽くしてしまう。こういう女の子たちを捌くことは、どうしても苦手だ。






「じゃあさっ!」





語尾が跳ねたように喋る彼女。




「相良くんたちが誰かと付き合っても問題ないよねっ?」




やっぱり…コレか…。



予測していた言葉に心の中で小さく溜め息をつく。







「いこ行こっ!」


女子生徒たちは目を輝かせて陸斗たちのところへ駆けて行った。キャァキャァと黄色い歓声が教室中に響いて騒がしい教室に顔を顰める。




「…外でやれって感じ。ね、柚華」



果夏は自分の椅子に座りながら頬杖をついて言う。果夏の言葉に頷きながら苦笑いを零した。


果夏はこうしてトラブルに巻き込まれそうになると助けてくれる。


だから果夏といる時は女子生徒にも男子生徒にも比較的に絡まれない。




前、果夏とふたりで歩いてるところにガラの悪い男子生徒がふたりが絡んできた。自分たちとはクラス基準が違うことはひと目でわかった。



ガタイのいい男だったが、果夏を舐めてかかったのが痛手になった。肩に手を置いた瞬間、回し蹴りで吹っ飛ばされてしまった。


家が道場を経営しているだけあって『汚い手で触ってんじゃないわよ』と果夏が怖い顔で罵る時は震えた。




ギャップがあまりに激しすぎる……、と。


「アイツらが、付き合うも断るも勝手に決めるっつーの。」



「うーん…けど、」


果夏が、ケッと顔を歪めて言うそれに、私は苦笑いを零した。私の呟きに果夏が顔を上げる。教室の隅、遠くには陸斗たちが視界の隅に写って。







「…付き合うのはオススメ出来ないかなぁ…」





「は?なに?聞こえなかった、もう一回言って。」







ポツリ、と呟いた声は果夏に届くこともなく私の耳に吸い込まれただけで、宙へ消えた。



果夏は他の女子生徒たちのように彼ら……陸斗たち目当てではないようで。私と交流した日に、陸斗が私に声をかけるまで彼の存在さえも知らなかったのだから。








初めからあの3人よりも私に興味を持ち、なおかつ何故か3人を邪険にしている。



「何言ったのよ?柚華」



「アハハ、なんでもなーい」


苦笑いで零した言葉を果夏は聞き返してくる。聞かれても困るので、曖昧に笑って、その場をやり過ごした。




「じゃあね、柚華」


「うん。部活頑張って」




果夏が部活に向かおうと、教室から颯爽と駆けていく果夏に手を振る。



運動部は大変だなぁ



部活に憧れもあったが、残念ながら私の選択肢は帰宅部一択だ。



「さて、」



帰ろっかな。


果夏がいなくなっては話し相手もいない、の息を吐いて気を取り直すように、パンッと軽快に手を叩いた。



「帰ろっか!ユズ!」


「っうひょあ!?」





すると後ろから、いきなり白い手が伸びてきて。


驚いてビクゥッと肩を激しく揺らした。ミルクティー色の髪が頬を霞め、白い腕が首に回る。




っ、な、へ、変な声出たっ





「んんっ!?て、…り…リク」


「変な声で驚くユズもかーわいいね」




振り返ればそこには陸斗の姿。ふわふわの髪を揺らして、ニッコリ笑う彼はいったい何を言っているのだろうか。



「い、いきなり飛びついてこないでよ、こ、こんなところ見られたらまたっ……!」



……あれ?




慌てて周りを見れば………教室には殆ど人がいない。女子生徒たちもいつの間にかいなくなっていて。


教室は夕暮れに照らされオレンジ色に光るばかりで。







「あ、あれ?女の子たちは?」


「ユズが果夏ちゃんとなかよーくしてる間に撒いたよ」



ニッコリ、と効果音は同じだがミルクティ色の髪の下で彼は怪しく目を細め、唇は弧を描いてる。先程までの笑顔とは一瞬だけ違う何かが掠めた気がした。





「撒いた?」


「撒いたの」




女の子たちを?あの数の?


うんうんと頷く自信満々な陸斗。





「どうやって?」


「どうやってだろうねぇ?」



夕日が溢れる教室を見渡す。先程までの騒がしさが嘘のように、女の子はひとりもいない。




「でも、リク…だいじょ…」



撒いた、と言ってもどこかで集団で待っているかも、なんて心配が脳裏を掠めたところで、



バアンッ!!



「オイッ、リク!!」


「っ!?」



私の声を過ぎるように突然響いた大きな音と、大きな声。



「え、」


「あー。」



金髪の突然の登場に固まる私と間延びした声を上げる陸斗。



「リク、テメェ……」



「か、カズ?」


勢いよく扉を開けたと思えば、その状態のまま肩を揺らして、額に青筋をたてている。


それを見て横でケラッと軽い笑い声が上がる。


「あれー?カズ、どうしたの。そんな息切らして?ユウと鬼ごっこでもしたの?」



隣にいた陸斗の雰囲気が今までとは打って変わる。少しイタズラをするような、わかって言っているような冷たい風が通る様なそんなものに変わって。



「なにが鬼ごっこだ、こんのチビ!!」


「わあ煩い金髪馬鹿」



ニコニコと笑顔を和真に向けるが、口調がガラッと変わるから。


「ンだと顔面マスク!」


「なんだよ、ピーマン脳」



り、リク…



笑顔で吐く言葉は酷い。



実際、可愛らしい陸斗もヤンキーみたいな和真もそんなの全部、校内だけ…生徒たちだけへのもので。



「うっさいなぁ、ほんと。黙れないの?金髪バカ」



陸斗も毒舌に黒く笑って




「テメェ…外放り出すぞ、チビ」




威嚇ばかりの和真もよく喋る。






そんな口調の変わった陸斗も、キレている和真にも、ギャンギャン騒ぐのはやめて欲しいとも思いながらため息を着く。


そして軽く首を傾げて尋ねた。



「カズ鬼ごっこしてたの?」


「してねぇわっ!」




「え?じゃあ何してたの?」


「うっせえコバエ撒いてたに決まってんだろっ」



心底疲れたのか大きな溜め息をついた和真。



コバエ?



「俺は途中で逃げたんだけどね~」


「クソビッチを全部俺に任せんな!!」



「ちょっとユズの前で下品な言葉使わないで」


「っせえな!虫酸が走ンだよ!」


「もういっそ、その虫酸が走る女子の中の一人にでもホレてくれたらいいのにねー?ユズ」



目を細めて怪しく笑う。



ああ、コレ本気で言ってる…。



それに「冗談じゃねェ!」と和真が叫び声をあげた




「だいたい、テメェはいつもそうやって…!」


「女に目を付けられる力はカズの方が上でしょ」


「女顔のチビが何言ってんだ、あ?」



ギャンギャン言い合うふたりを、クラスメイトたちが見たらどう思うだろうか。普段あんな済ました顔でやり過ごしているのに、



「ほら、もう集まるとすぐこれなんだから、喧嘩やめて。」



ドードーと間に入るが、彼らは私を挟んで威嚇し合うことをやめない。


「くそチビ…」


「カズってばホント頭悪いよね。」



黒い笑みで和真に毒を吐く陸斗。和真と言えば今すぐ陸斗を捻り潰しにでもかかりそうだ。



誰かに見られたりしたらどうする気なんだろう。



「………オイ。終わったか?」




今度はまたそんな声が聞こえて。





「っ、」



ピクッと聞こえてきたその声に反応する。声のする方を見れば、教室の後方扉から欠伸をする黒髪、侑哉が顔を出した。




「ユウ!」



そう、この人も彼らと同じだ。





「ユウ、テメェ!!どこに消えてやがった!!」





そんな彼を見つけた途端、怒鳴り声を上げ掴みかかろうとする和真。気が立っているのか気性があらすぎて心配になる。




「うっせえ…」



パシッと、和真の腕をあしらい乱れた制服の胸元を正した。



優しく憂いを含むような笑を浮かべる優等生の彼に、隠れた裏の顔。丁寧な敬語口調の侑哉も私たちの前では存在しない。



「くっついてきた女はとっくに撒いた。その後は、ユズが伊藤と別れるのを待ってたに決まってるだろ。」



学校使用のその真面目な態度も口調も、誰もいないこの教室の中では取れてしまい影も見えない。




「テメェも、人に全部任せて逃げやがったのか…っ」


「お前の方に大半の女がくっついて行ったから丁度よかった」


「見てたんなら、助けろよ!!」




本当にこの3人には困り果てる。必要性のないモテを発揮しすぎる彼らに呆れて、軽く溜め息をつく。




「さー、女子たちも撒いたし帰ろ帰ろ。」


「車は裏口に来てる。校舎裏の職員出口から出る。」






陸斗の間延びした声に続いて淡々と告げた侑哉。



和真は乱れた息を整えながら机の上に置いてあった鞄を荒々しく掴みこちらへ寄ってきた。





「ユズ、さっき大丈夫だったか?」


「さっき?」


「女と喋ってたろ。」




あぁ、あれ……




「それが…あの」


「おーい、如月ー」






説明しようとした私の声を何かが過る。廊下の奥から大声で誰かに呼び止められた。




「……うげっ!?」




呼び止めた人は黒眼鏡で、笑顔で片手に1枚のプリントを持っていた。数学の講師山本だ。





「昨日の追試、60点」


「…えっ!?」



わざとらしく1枚の紙をひらつかせながら、鬼畜な数学講師はニヤリと笑う。




「山本先生、数学の追試ですか?」


「そうそう。昨日の追試、合格点80でこいつ60」



小馬鹿にするように笑った山本。指をさされたあたしは悔しさで膨れっ面になる。





「んで今から追追試な」


「えっ、えぇ!?」


「ええじゃねぇよ。だってお前60点なんだもーん。」


「今から帰ろうとしてたのに!」


「受けなくてもいいけど、お前授業出れて無さすぎて成績落ちそうだけどいいの。」



反論にさえも、山本は笑ってそう言って前を歩き出す。そう言われてしまえば、言い返す言葉はなく、山本の後を追う他ない。



足の向く先は職員室だ。


「うぅぅぅ……」



あまりの悔しさに唸り声をあげる私の横で


「はぁ……。」


「ユウ!呆れたような溜め息つかないで!」


和真が後ろで「めんでぇ…」とぼやいたのが聞こえた。





「まあ、ユズは数学苦手だもんねぇ?」


「…アレだけ教えてやってるのに……。」


「公式とか覚えらんねェもんな。」



呆れた様子の陸斗に侑哉、それに和真。3人の言葉に、自分ですら落胆の声をあげて項垂れる。



「ユズ?僕らもついてこうか?」


「……んーん。大丈夫」


「そう?じゃあ、僕ら下で待ってるね」


もう嫌だ。と項垂れる私を慰めるように陸斗は頭を撫でた。そして顔を上げて前を行く山本に声をかけたを



「山本先生〜?ユズにちょっかい出さないでね?」


「あ?なんだ?デートだったか?」



「そういう余計なこと言いそうだから、話すの禁止」


「嘘だろ!?」




前から聞こえてくる山本と陸斗の会話に何言ってんだか。と私は足を職員室へ向けた。




「ついていきましょうか?」


「大丈夫大丈夫、すぐに終わらせるね」



後ろから聞こえる侑哉の声に振り返って手を振りながらそう答えた。


「如月、なんだなんだデートかぁ?」


「違いますって!帰るんですよ」





もう本当にこの先生はしょうもないことを




「ほら、早くテストやりましょうよ、早く帰りたいんです!」



軽く山本を睨み、職員室の扉を開けた。


──────────────────────────────………カタカタカタカタカタ。


ノートパソコンのキーボードがリズムよく音をたてる。黒眼鏡、山本は小さく鼻歌を歌っている。


パソコンの音に、山本の鼻歌。そして真っ白な答案用紙に段々とイライラしてくる。




「……………」

コツコツコツ、シャーペンの先を用紙にたてる。



コツコツ、とシャーペンの先と硬い机に置いてある用紙が音を奏でる。





…なんでコレ、昨日の追試と問題変わってるのかな?




「……………」

コツコツコツコツコツコツ、



頬杖をつきながら問題を解き進めようとする。



「…………………」

コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ、



「おーい、如月ー。解けないのか~もう終わるか~」



どんどん早くなるシャーペンの音に、意地悪な黒眼鏡は鼻歌をやめて、ニヤニヤ顔でそう言ってきた。






「っま、だ、です!!」





山本の顔を一瞥して、不機嫌に返してもう一度テストに視線を戻した。目の前の追試問題、これ以上ミスを繰り返して何度も追試するのは溜まったものじゃない。


あーもう、わけわかんない!!




顔を上げると向かいに座る女性の職員と目が合う。髪を一つに結って、下ろしている彼女に、先程、職員室に入ってきた瞬間、ジロジロと見るような視線を感じていた。



「…………」


長い髪を一つにまとめ、短いスカートに胸の開いた服。若い容姿、年齢は山本と同じくらいで20代半ばくらいだろうか。




「そういや、如月」


「なんですか?」



「お前、相良たちとどういう関係なの?」


「へっ?」



驚いて、数秒目を見開いたまま固まる。顔を向けると山本は何を期待してるのかニヤニヤしていた。



「どういうって、ただのクラスメイトです。……幼馴染みっていうのもありますけど。」



あの三人とは幼少の頃から共にいて、小学校、中学、高校と全て一緒なのも事実。



「へえ~」


「先生…、もしかしてあの3人が気になるんですかっ、?」



「は?」


「生徒に手を出すだけじゃなく、男子生徒ですか。正気ですか」


「お前、何言ってんだ」



「とうとう…あの3人に男にまで捕まる日が…っ」


「何勝手に話進めてんだ。2、3ヶ所ツッこませろ」





声も体も震わせて言うあたしに、


「待てコラ」


と彼は頭をガッと勢い良く掴んだ。





「まさか、教科担任も持っていない先生にまで…」


「人を変質者みたいな目で見んじゃねぇ」




「だって、女の子たちはよく聞かれますけど…。」


「ああ。アイツら人気あるもんなぁ。」




彼は私のクラスの数学講師。しかし、決してあの3人の教科担任ではないのだ。なのに、なぜ彼らの存在を知っているんだ



頬杖をつきながらこちらを見る山本が興味津々で


「で?噂通り、付き合ってんのか?」


そんなことを言ってくるから、固まってしまう。噂通り、と言う言葉に眉を寄せたがスルーすることにしよう。



「ハァ……付き合ってなんかませんよ?もちろん、過去形と現在進行形で、です。」



嫌味を込めてあえて英語の単語を出した。笑顔でそう言ったあたしに山本は目を細めて、テスト用紙を取り上げた。




「はい、テスト終了!」


「ちょっ、まだアラーム鳴ってないじゃないですか!」


「もうお前、解く気ねぇだろ!」


「あるけどわかんないんです!」




と取られたテスト用紙を山本の手の内から取り返す。もう一度テスト用紙へ視線を走らせシャーペンを持ち直したところで



「だってお前、伊藤果夏しか友達いねえじゃん」


「何が悪いでしょうか?」



「怒んなって。そういうことではなく、あの3人の誰か、好きとかねぇのって話?」



さらに山本は理解不能な爆弾を落としてきて。ついついカツーンと手に持ったシャーペンを落としてしまった。



「は、はい!?な、何言ってるんですか!無いです!そんなの!」


「うそこけ~。あんだろ?ひとりくらい」



「何ですか!?あるって!あの3人は幼なじみだって言ってるじゃないですか!恋愛対象として見たことなんて、生まれて一度もないんですから!!」


「は?マジで?」



私の言葉に、山本は目を見開いて嘘だろ?と言いたげな顔をする。こんな嘘があってたまるものか。


「こんな馬鹿げた嘘吐きませんよ!」


「学校中はお前がどいつの彼女なのかって必死こいて嗅ぎ回ってるぞ?」


「えええっ!?」


その言葉に驚愕して首を横にブンブンと振る。




「ていうかなんで先生、授業持ってないのにあの3人のこと知ってるんですか!」



「んあ?なんだそんなの、期待の新入生だからなあ。ねえ、先生」


「えっ!?」


山本はあたしの前の席の女教師を見た。パソコンに向かっていた彼女は驚いた様子で声を上げる。


「ほら!篠原とか相良とか本郷とか!学校中で女子生徒が色めき立ってますよね?」



「え、あ、は、はい」




女教師は嬉々として綻んでいた顔をあたしと目があった瞬間、赤らめて反らす。オドオドとした様子でそう答えた。



その反応に、彼女もそのひとりなのでは。と勘ぐる。学校中みんな注目してるというのはどうやら本当らしい。



「き、如月さん。」


「はい」


「ほ、本当にあの3人の誰ともそういう関係じゃないなら、きょ、興味本位で聞きたいんだけど」



パソコンのキーボードを打つのをやめた彼女に声を掛けられ、そちらを向く。すると彼女は、恐る恐るというように小さい声で尋ねた。



「あの3人ってか、彼女とか、好きな人、で、出来たりするの?」


「えっ?」



「さ、3人共校内で人気じゃない?そ、そんな中でも好きな人とかできるのかなぁー、なんて」



「さ、さあ?」



苦笑いして首を傾げる。この手の質問は嫌な予感しかしない。



「い、今までどんな、…え、と女の人と付き合ってきたのかな?と、特に條原君なんか」


「え、え、と……わ、かんないです」



どうやら侑哉を狙っているのか、少し顔を赤らめて言うものだから、隠しきれていないそれに、苦笑いを崩せない。





「そういうこと聞かないの?幼馴染みなら見てきたんじゃない?」


「え"?……えー、と、えとぉ……」



さすがに返答に困り果ててきたところでピピピピッピピピピッ!と勢いよく山本の腕時計のアラームが鳴った。





「はい!テスト終了」



「あっ、じゃあもう帰りますね!先生、丸付けよろしくお願いします!」





その合図を好機と取り、すかさず席を立つ。解けない問題はもう気にしないでおこう。



今はこの場から一刻も早く離れて、質問責めから逃げたい。それに下の職員出口で3人が待っているはずだ。



「あ、ちょっと!まっ、待って如月さんっ」




その声から逃げるようにして職員室から飛び出した。




『お前はあの3人の誰か、好きとかないの?』


1階を足早に目指しながら、山本の言葉を思い返していた。フワリフワリ、と自分の黒髪が靡いて揺れていた。





考えたこともないな…。


それにしても、あの先生すごい顔してたな


職員室を飛び出す時見た先生。あまりの必死な血相だったことを思い出して、苦笑する。




困ったな……


よくあることだと、それはわかっている。彼らはかなり全体的に整っている。それに侑哉なんて紳士のように物腰も柔らかい……まあ、それも振りなのだけれど。




とても優しくて誠実だから、女男問わず教員にも好かている。




…みんなの前ではだけれど。モテるのもわかる。




委員長とか、生徒会長とかそんなのに向いてるタイプ


そんな彼に食いつく女子は少なくはない。


女子生徒たちが、騒ぐのを見ていて理解したのは、可愛らしい見た目の陸斗や真面目なクラスでイキリ散らすヤンキーを追うミーハーな女子ではなく、正統派と言われた男にガチ恋してる女子だ。



「……イキリ散らすは言い過ぎたかな」




ぽそ、と和真へ前言撤回の言葉を呟いて顔を上げる。校舎の壁に黒く影が伸びた。北校舎へと繋がる廊下は静まり返っていて、夕日が窓から溢れ廊下をオレンジ色に染めている。






本当、生徒も教師も変わらない…。




あの3人が誰にどう好かれ、告白され、どんな関係になろうと私はきっと関係無い。





付き合うのも断るのも、それはあの3人の自由だから。






「…オススメは出来ないけど」



階段の踊場に数段上から横着して飛び降りる。北校舎へと繋がる廊下にも階段にも、私以外いない。




『だってお前、伊藤果夏以外友達いないじゃん』


山本の言葉が脳裏に浮かんで、ほっとけ!と怒れた。



私だって欲を言えば、本当はもっと友人が欲しい。でも、果夏だって私にとっては運命に近いようなものなのだ。




こうも



「オイ」



悪目立ちすることばかり多いから。



オレンジ色に染まった廊下に、行く先を遮る様に響いた低い声。





「えっ…!?」





黒い影が視界に入り驚いて声を上げる。どこから出てきたのか、と一瞬考える隙もないまま、ガンッッ…!!と鈍い音がした。



「っ、うっ!!」






鈍い音がして、頭に衝撃と痛みが広がった。


激痛と共に、グラと揺れた視界。



ボンヤリと映った校舎


横から伸びてきた腕、白い布が口を塞いだ。





っ!な、なに…!?




「んぐっ…」



咄嗟のことで思わず助けを呼ぼうと叫ぼうとしたから、息を吸い込んでしまった。




こ、これ…




視界がボンヤリと歪み万華鏡のように写った後、視界が反転した。










「捕まえた、如月柚華…」






意識を手放す前に最後に見えたのは赤い髪。











幼馴染があまりに目立ちすぎるせいで、敬遠される私に近づいてくる女子生徒は、彼ら目当てばかり。




『大丈夫!?』


そんな私を助けてくれたのは、果夏だけだったことを意識を手放す途中で思い出した。






黒く長い髪は幼少期から伸ばしているため腰あたりまで長い。染めたことの無い黒く光沢のある髪。



あまりに目立つ幼馴染から敬遠するように、影を消すように縮こまって歩く。前髪を伸ばして薄らと表情を隠していた。




……しかし



『特進の新入生でしょ?かわいーい〜ちっちゃ』


『こんな方まで来て何してんの?』



自分自身で起こすトラブルは避けきれない。たまたまの移動教室だっただけなのに、道中男子生徒にぶつかったと思えばこのザマだ。



『えっかわいーじゃん!俺好み〜』



ぶつかった拍子に髪が乱れた。覗き込まれたのに嫌悪感がして慌てて足を引く。


ガタイもよく髪色も髪型も派手なところを見ると、



『1年でしょ?授業サボっちゃいなよ、先輩がさ溜まり場にしてるとこ紹介してあげるから遊び来たら?』


『い、いえ……結構です!』


首を振って断った声はケタケタと笑う声に掻き消される。



『かたーい。さすが頭いいクラスはちげえんじゃん?俺らみたいな馬鹿相手にしないっしょ。』


『えー何それ、傷つくじゃん?授業ばっか真面目に受けててもつまんないからさ、たまの遊びも必要だって。ねー?』


ガタイのいい男子生徒たちが私を他所に勝手に話を進めていく。薄暗い廊下の隅で、そのまま腕を掴まれる。


授業が始まるまであと数分となり、人通りは少ない。そして周りにいるのは、私を敬遠する生徒ばかり。


『あの、本気でやめてください。大声で誰か呼びますよ』


『こわ、やば。セクハラ扱いされてんだけど』


彼たちは私の言葉すら本気で受け取ろうとせず、握った腕に力を入れる。



『ゴチャゴチャ言ってないで早く来いって』


『っ!?ちょ、やめて!』


強く腕を引かれて、足がもつれそうになる。腕を引いて再度抵抗しようとした時には、



『やめろって言ってんのに、しつこく絡んでんじゃないわよ!』



パシーン!と鋭い音がしたと思えば手の感覚が不意に消える。


えっ……



『イッデエエエ!!ヤメロ!オイ!誰だ!お前!』


『おい!離せよ!……て、げっ!コイツ、空手部の新入生じゃん!』



目の前には黒髪の女子生徒が立っていて。背は私より数センチも低いのに、男の手をひねり揚げていた。



『離せよ!』


『しつこく絡んでくると先生呼ぶわよ!』



そうよく響く声で廊下にそう叫ぶ。腕を払い除けるようにして話す彼女に、目の前にいたはずの男子生徒はバツが悪そうに走り去って言った。



『……。』


ポカン、と見つける私を目の前のセーラー服を身にまとった少女が振り返る。



『はー。くだんない。抵抗しないと思って舐めてかかってるから悪いのよ』



ため息混じりに床に落ちた教科書を拾い上げながら、顔を上げた拍子に私とパチリと目が合う。



黒いショートボブにクリクリの瞳、丸く大きな瞳は可愛らしいがどこか強さを引くような目元に私は釘付けになった。



『如月さんだよね?クラスメイトの……』


『え、あ、……』



名前を呼ばれて一瞬考えてからクラスメイトであることに気がついた。


女の子らしく可愛らしい見た目の彼女、確か……伊藤果夏さん、と頭で名前を思い浮かべる。




『ていうか如月さん……顔、めちゃくちゃ整ってるのね。』


『エッ!?へっ!?』


腰をかがめてジッと顔を見つめてきた彼女に慌てて私は乱れている前髪を戻す。それを見て彼女は目をぱちくりとさせた。




『え、なんで隠すの。いつも髪で顔隠してるし、もったいない』


『しょ、諸事情が……あって、あっ、えと、ごめん、あの、助けてくれて、ありがとう。わ、忘れてくれると……』



彼女のハキハキとした喋り方に反して、緊張と不安で吃るようになり声が上手く出てこない。



『今の顔を?出来事を?いやいや、無理でしょ』


『エッ、』



ケラッと笑う彼女は、私の方を見下ろして何かを思いついたように笑った。



『あっ、じゃあ英語の課題見せて。図書室で。それでチャラ』



『か、課題……』



『英語めちゃくちゃ不得意でさ〜、クラスで浮いてて友達いないし、今如月さん見つけてラッキーて感じなの。』



浮いてる、その言葉に確かに彼女が誰か特定の女子生徒と行動を共にするところを見たことがなかった。



『わ、私ので、良ければ…』


『助かる〜!』



彼女はそう言って手を叩く。いつまでも立ち尽くしていた私に嬉しそうに笑って手を伸ばした。



『仲良くして?え、っと柚華ちゃん?』



その言葉に私の心臓が激しく鳴る。不安と緊張の天秤が片方に大きく揺らいで動悸の速さに苦しくなった。


『よ、よろしく』



今できたものを壊さないように


平穏無事に生きていきたい。それが私の唯一の願い




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