異世界でいただく朝ごはん、これぞスローライフ


ギルは自身の体より少し大きいオープンサンドをヒョイっと持ち上げ、大きく口を開けてかぶりついた。

途端、目を輝かせてリスのように膨らんだ頬袋を両手で支えて「ン〜〜〜」と顔が蕩けている。

どうやらお気に召してくれたらしい。


その様子に一安心し、私は湯気の立つスープを木の匙でひとすくい、フーフーと気休め程度の息を吹き口に運んだ。


スープの味がじゃがいもにしっかり染み込み、ほのかにベーコンの燻した香りが鼻をくすぐる。

爽やかなスパイスも数種類使っているからか、濃厚ながらもパクパクと食べ進められる。

あっ、胡椒(ポップフラワーの種)入れ忘れた……けどまあいいか。これはこれで美味しい。


優しい陽の光が差し込むダイニングに、2人分の食器の音と、バケットを噛み締めるバリッとした音やレタスのシャクッとした音だけが響く空間。

この贅沢な空間と時間が、何よりも幸せ。私を人間に戻してくれる。

ミルクスープをごくりと一口また含み、お腹の底から広がる温かさにホッとする。


「は〜幸せ……もう絶対社畜には戻らない」


「ミサト、シャチクってなんだ?」


ほっぺたをハムスターのように膨らませたギルがキョトンとテーブルに座ったまま問いかけてくる。

私はギルにもわかりやすいように噛み砕いて説明しようとするも、意外と難しい。


「うーん、自分を殺して人のため、集団のために働くことかな?」


私の説明に、ギルは分かりやすく「ウゲーッ!!」と嫌な顔をした。


「ミサト、お前そんなバカなことしてたのか? 人間なんてあっという間に死ぬんだから、ヒョロヒョロで世間知らずのお前がそんなことしちゃダメだろ」


「ウーン、こりゃ手厳しい」


辛辣なお言葉に笑いながらも、ギルなりの気遣いが見て取れる。


(実際、ギルに出会うまで何度もこの森で死に掛けたしなー。イヤー、異世界って怖い怖いハハッ)


当時のことを思い出しながら、私もオープンサンドを齧る。うん、やっぱり採れたて野菜は美味しい。


ギルは異世界に自生する食材や魔物や魔物や魔物に襲われて逃げ惑う私を見かねて助けてくれたのだ。ギルさまさまである。

聞いてみたら妖精は余程のことがないと人間の前に姿を現さないらしいのだが、あまりにもアホな人間をこれ以上見てられないと思って助けてくれたらしい。


ギルのおかげで畑も耕せたしこの森に自生している果物や山菜も分かるようになった。

お礼に料理を作ってご馳走してあげたら胃袋を掴み、気がつけば私の世話を焼いてくれている。


「ミサト、あともう一つ食べていいか?」


あっという間に自分の分を食べ終わったギルが、キッチンに残してあるオープンサンドをチラチラと見つめている。


「あーダメなの、今日はグラントさんがくるからそれはお裾分け」


グラントさんとは城勤めの下っ端魔導師さんだ。そう、私に声をかけられて「ひゃあ!」と悲鳴を上げてしまった可愛い殿方である。

本当は町の行商人が来るはずだったのが、王様が召喚による失敗を隠したいらしく、話が無かったことになった。

なんなら私がここに送られてそんな経たないうちにくたばることを期待してたのでは……と思わなくもないけど、まあ考えすぎか。


そんなこんながあり、食材や必要雑貨は人目につかない形で2週間に1度のコソコソ運搬を、このグラントさんがご担当(押し付け)されたというわけだった。

もちろん、目の前にあるご馳走を前にしたギルからは大非難の嵐である。


「えー!! いいよ、お裾分けなんて!! あいつはそれが仕事なんだから!!」


「ごもっともだ……」


妖精に正論を言われるのはちょっと面白い。

でもね、人間には理屈だけじゃない気持ちというものがあるのだ。


「グラントさんだって自分の仕事がある中、わざわざ時間を作ってこんな辺鄙で鬱蒼としてる魔物だらけの森に来てくれてるんだよ? できる限りのお礼はしたいよ」


私はこれ以上聞く気はありません、と態度に出すべくオープンサンドをバスケットに入れて、畑で採れたワイルドレッドベリーと牛乳で作ったいちごミルクを瓶に入れたものを詰めてハンカチを被せた。


「そんな辺鄙で鬱蒼としてる魔物だらけの森にぶち込んだのがそのグラントとかいうやつの上の者なんだけど……」


「なに? なんか言った?」


「いーや、なんでも。ミサトはバカだなあって思っただけ」


「なんとでも言って〜」


ギルは呆れた顔で、私の食べかけをパッと口に入れてヒュンッと壁をすり抜けて森の方へ飛んでいった。


ひどい! まだ食べてたのに!!


仕方がないのでミルクスープだけ完食し、食器をシンクに片づけていると、ノックの音が響き渡った。


「はーい、今開けます〜」

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