カルト宗教の指導者
# 全人類女子高生化 ー 預言者の転落
## 第1章:最後の説法
2025年2月28日(金)午後8時、「宇宙真理教団」の本拠地である「真理の園」の大講堂は、600人を超える信者たちで埋め尽くされていた。壇上には教団の創始者であり指導者の久遠寺哲也(くおんじ てつや)が立ち、力強く説法を行っていた。
「宇宙から選ばれし者たちよ!」哲也は両手を高く掲げた。「私に与えられた預言をお伝えします。この地上に大いなる変化が訪れようとしています!」
信者たちからどよめきが起こった。久遠寺教祖の預言は、これまでも的中してきたとされていた。もちろん、彼自身が後から都合よく解釈を変えたり、あいまいな表現で逃げ道を作っていたことは、信者たちには知らされていない。
「その変化は、人類の意識を根本から覆すでしょう!物質的な価値観は崩壊し、精神的な覚醒が訪れるのです!」
47歳の哲也は、かつて落ちこぼれのIT企業社員だった。しかし、カリスマ性と人間心理を読む才能を活かし、10年前にこの教団を設立。今では全国に5つの支部を持ち、信者数は約2,000人。資産は推定50億円にのぼると言われていた。
「そして、その変化に備えるために、皆さんには『宇宙救済基金』への浄財が必要です!救済のためのエネルギーは、物質的束縛からの解放によって生み出されるのです!」
壇上の彼の横には、教団の幹部たちが並んでいた。右腕の村上事務局長、広報担当の鈴木、そして財務担当の西山。彼らは哲也の詐欺行為を知りながらも、その富と権力に引き寄せられた共犯者たちだった。
「一人でも多くの同胞を救うために、今こそ決断の時です!この月の『特別救済プログラム』に参加される方は、壇上までお進みください!」
すると、次々と信者たちが立ち上がり、壇上に向かった。彼らは1人あたり50万円から500万円もの「浄財」を差し出す。中には老後の資金や子どもの教育費まで投げ出す者もいた。
哲也は「救済の証」として信者たちの額に手を置き、一人一人に祝福の言葉をかけた。その顔には慈愛に満ちた表情が浮かんでいたが、内心では計算をしていた。
「今日だけで1億円は超えるな…上々だ」
説法が終わると、信者たちが退場する中、哲也は幹部たちと共に教団の奥にある「指導者の間」へと向かった。部屋の扉が閉まると、彼の表情は一変した。
「今日の成果は?」冷たい声で彼は尋ねた。
「約1億2,000万円です」西山が答えた。「特に吉田さんからは相続したマンション一棟の名義を譲渡していただきました」
「良い調子だ」哲也は満足げに頷いた。「あの老婆、よくぞ説得したな」
「彼女は『宇宙船に乗る資格』を得たと思い込んでいます」村上が笑った。「『物質的な執着を捨てなければ次元上昇できない』と教祖の言葉を繰り返していました」
「愚かな羊どもよ」哲也はウイスキーのグラスを傾けた。「この調子で行けば、半年後にはグアムの別荘を購入できる」
「でも教祖」鈴木が少し心配そうに言った。「最近、元信者の告発本が出版されて、少し警察の動きが…」
「心配するな」哲也は自信満々に言った。「宗教法人の壁は厚い。それに、警察内部にも我々の同胞がいる。先月の献金者リストを見ろ」
部屋の窓からは、教団施設内に暮らす信者たちの質素な生活が見えた。彼らは一日12時間以上の「修行」を課せられ、教団への労働を「奉仕」と呼ばされていた。その一方で、哲也は最高級の食事と贅沢品に囲まれた生活を送っていた。
「明日は朝から横浜支部の視察だ」哲也は予定を確認した。「あそこも新しい信者が増えているらしい。しっかり刈り取らねばな」
夜も更け、幹部たちが退出した後、哲也は自室に戻った。彼の個人寝室は、教団内で唯一の贅沢空間だった。輸入家具、巨大なテレビ、特注のベッド、そして壁一面の酒棚。信者たちは質素な雑魚寝をしている一方で、彼はこの豪華な空間に身を置いていた。
ベッドに横になりながら、哲也は自分の成功に酔いしれた。元々は社会のどん底にいた彼が、今や多くの人間を思いのままに操る力を持っている。そして、その力で富を得る。これほど素晴らしいビジネスモデルはない。
「明日も良い日になるだろう」
彼はそう呟きながら、眠りについた。しかし、その夜、窓から見える星々が異常な輝きを放っていることに、哲也は気づかなかった。その光は、彼の人生を根底から覆す力を秘めていたのだ。
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2025年3月1日(土)午前6時、久遠寺哲也は目を覚ました。頭がぼんやりとしている。昨夜は少し飲みすぎたか。彼は起き上がろうとして、違和感に気づいた。体が軽く、小さく感じる。
「何だ…?」
自分の声が高く、女性的な声になっていることに気づき、哲也は驚愕した。慌ててベッドから飛び降り、鏡に駆け寄った。
そこに映っていたのは、長い黒髪と整った顔立ちの女子高生だった。
「なっ…何だこれはッ!?」
哲也は自分の顔を両手で触った。滑らかな肌、細い指、そして間違いなく女性の体。彼の中年男性の体は消え、代わりに十代後半の少女の姿になっていた。
「冗談じゃない…これは夢だ…」
しかし、つねっても痛みを感じるだけで、現実は変わらなかった。動揺したまま、彼は緊急連絡用のボタンを押した。すぐに村上が部屋に駆けつけてきたが、その姿もまた女子高生になっていた。
「教祖!?」村上も高い声で叫んだ。「あなたも!?」
「何が起きている!?」哲也は怒りと恐怖で声が震えた。
「わかりません!全員がこうなっています!テレビをつけてください!」
哲也がリモコンを手に取り、テレビをつけると、緊急ニュースが流れていた。女子高生の姿のアナウンサーが、混乱した様子で報道している。
「現在確認されている情報では、世界中の全ての人間が昨夜から今朝にかけて、15歳から18歳程度の女性の外見を持つ体に変化しているとのことです。原因は現在のところ不明です…」
「冗談じゃない…」哲也は呆然と画面を見つめた。
「教祖」女子高生の姿になった村上が言った。「どうすればよいでしょうか?信者たちが混乱しています」
哲也は急速に頭を回転させた。危機は同時にチャンスでもある。彼はすぐに事態を利用する方法を考え始めた。
「全幹部を緊急会議だ。そして信者たちには…」彼は一瞬考えてから言った。「これは私の預言した『大いなる変化』の始まりだと伝えろ。私は『知っていた』のだと」
「しかし、昨日の説法では具体的にこのような変化とは…」
「黙れ!」哲也は怒鳴った。「私の預言は常に正しい。解釈が足りなかっただけだ。さあ、急げ!」
村上が退出すると、哲也は再び鏡の前に立った。女子高生の姿に変わってしまった自分の姿を見つめながら、彼は焦りを感じていた。この状況をどう利用するか。どう自分の権威を維持するか。そしてどう信者たちからさらに金を巻き上げるか。
「この危機を乗り切れば、さらに多くの富が手に入る…」
彼はそう自分に言い聞かせながら、指導者としての装いを整え始めた。しかし、鏡に映る少女の姿は、彼の権威の象徴だった堂々とした中年男性の姿とはあまりにもかけ離れていた。
## 第2章:崩れ始める権威
変化から3時間後、久遠寺哲也は教団の大講堂に立っていた。目の前には混乱し、動揺した信者たちが集まっていた。全員が10代後半の女子高生の姿となり、その光景は異様だった。
「皆さん、落ち着いてください」哲也は高くなった声を最大限に張り上げた。「この変化は、私が予言していた『大いなる変化』そのものです!」
信者たちはざわめきながらも、リーダーの言葉に耳を傾けた。
「昨夜、私は『人類の意識を根本から覆す変化』について語りました。そして今、その預言が現実となったのです!これは宇宙からの啓示であり、私たちがその受け皿として選ばれたのです!」
哲也は必死に自信をもって見せようとしていたが、女子高生の姿では以前のような威厳は出せなかった。声も高く、体も小さく、そして何より、これまで彼の権威を支えていた「選ばれた男性」としての神秘性が完全に失われていた。
「しかし、教祖様」前列に座っていた古参信者の一人が立ち上がった。「なぜこのような女子高生の姿になったのですか?具体的な形については何も言われていませんでした」
「それは…」哲也は一瞬言葉に詰まったが、すぐに思いついた言い訳を口にした。「宇宙意思の神秘は、全てを一度に開示するものではありません。段階的に真理が明かされるのです。私にも、この形態に関する理由は、これから明らかにされるでしょう」
「でも、教祖様も私たちと同じ姿になってしまったのですか?」別の信者が疑問を投げかけた。「教祖様は超越した存在なのではないのですか?」
その質問に、講堂内がさらに騒がしくなった。これまで哲也は「宇宙からの特別な使命を持つ魂」として、自らを他の人間より上位に位置づけてきた。しかし今、彼も全く同じ姿になっている。
「私が皆さんと同じ姿になったのは、この変化の過程を共に体験し、新たな真理を見出すためです」哲也は必死に答えた。「宇宙意思は、私に『皆と共に歩め』と指示したのです」
説明を続けながらも、哲也は信者たちの目に疑念が芽生え始めているのを感じていた。自分の権威が揺らぎ始めている。何かをしなければならない。
「しかし、この変化は多くの混乱をもたらしています」彼は話題を変えた。「世間は恐怖に震えていますが、私たちには準備があります。『特別救済プログラム』をさらに強化し、より多くの魂を救う必要があります」
そして彼は、この危機に乗じて新たな「浄財」を募り始めた。「宇宙船建造計画」を加速させ、「次元上昇のためのエネルギー」をより多く集める必要があると説明した。
幹部たちは講堂の隅で、不安そうに様子を見ていた。彼らも全員女子高生の姿になっており、これまでの威厳も信頼性も大きく損なわれていた。
「なんとか持ちこたえている…」財務担当の西山が小声で言った。「でも、これが長引くと厳しいな」
「教祖の権威が崩れれば、私たちの立場も…」広報の鈴木も不安そうだった。
説法の後、哲也は疲れ切った様子で「指導者の間」に戻った。幹部たちも続いた。
「最悪だ…」扉が閉まるなり、哲也は椅子に崩れ落ちた。「あんな女子高生の姿では、誰も本気で信じないだろう」
「でも教祖、今日も3,000万円以上の浄財が集まりました」西山が報告した。「危機に乗じた作戦は成功しています」
「そうだな…」哲也は少し安心した。「だが、これはいつまで続くのだ?」
「科学者たちの発表によれば、原因も元に戻る方法も全く分かっていないそうです」村上が言った。「長期戦を覚悟する必要があります」
「くそっ…」哲也は拳を握りしめた。「見ろ、こんな体では何もできない!」
「教祖」鈴木が慎重に言葉を選んだ。「教団のシンボルや儀式も、男性性に基づいたものが多いですが…これをどうするか」
確かに、宇宙真理教団の教義は「宇宙の父なる意志」「神聖なる男性エネルギー」などの概念に依存していた。女性は「受容する器」とされ、男性優位の構造が築かれていた。その中で、指導者を含め全員が女性の姿になるというのは、教義の根本から崩れることを意味していた。
「教義を書き換えなければならないな…」哲也は渋々認めた。「『両性具有の宇宙意思』とでも言おうか…」
「しかし、それでは以前の教えと矛盾します」
「黙れ!」哲也は再び怒鳴った。「信者どもは何でも信じる。こちらの言うことさえそれらしければな!」
議論の最中、ドアをノックする音がした。信者の一人が、緊急のニュースを伝えに来たのだ。
「教祖様、大変です!テレビで元信者の椎名さんがインタビューに答えています!」
哲也の顔から血の気が引いた。椎名は半年前まで熱心な信者だったが、哲也の性的搾取に気づき、教団を脱退した女性だった。彼女が何を話しているのか、想像するだけで恐ろしかった。
「テレビをつけろ!」
画面には、女子高生になった椎名が映っていた。
「久遠寺教祖は、私を含む多くの女性信者に対して性的関係を強要していました。『宇宙エネルギーの交換』と呼んでいましたが、単なる性的搾取です。さらに、信者からの献金は全て彼個人の贅沢のために使われています」
「くそっ!あの女!」哲也は画面に向かって叫んだ。
「今回の変化で、彼の権威は失われるでしょう」椎名は続けた。「彼が『選ばれた男性』という特権に基づいて教団を支配していたからです。今、彼も単なる女子高生の姿です。信者の皆さん、目を覚ましてください」
画面が切り替わると、スタジオの解説者が教団について説明していた。「宇宙真理教団は、男性優位の救済論を説く新興宗教団体で、これまでに多くの批判を受けてきました。今回の『全球女子高生化現象』は、こうしたカルト組織の権威構造を根底から揺るがす可能性があります」
哲也はリモコンを投げつけ、テレビの電源を切った。
「全てが崩れ始めている…」村上が絶望的な声で言った。
「まだだ!」哲也は立ち上がった。「まだ終わっていない。新たな物語を作るのだ。『これは試練であり、乗り越えた者だけが真の救済を得る』と。信者を集め、すぐに新たな儀式を行う!」
だが、その声にはかつての力強さはなかった。女子高生の姿になったことで、彼の権威は根底から揺らいでいた。そして、教団の未来も。
## 第3章:崩壊の足音
変化から一週間が経過した。久遠寺哲也の「宇宙真理教団」は深刻な危機に直面していた。多くの信者が脱退し、メディアからの批判も高まっていた。
「指導者の間」に集まった幹部たちは、疲れ切った表情で報告を続けた。
「今週だけで約300人の信者が教団を離れました」村上は震える声で報告した。「資金面でも深刻な打撃です」
「くそっ…」哲也は握りしめた拳を机に叩きつけた。「あの椎名の告発以来、全てが崩れ始めている」
テレビでの椎名の告発をきっかけに、他の元信者たちも次々と声を上げ始めていた。教団の内部告発、哲也の権力乱用と性的搾取の証言、資金の不正流用の証拠。これまで宗教法人の壁に守られていた教団の闇が、一気に表に出始めていた。
「これは報道機関の陰謀だ」哲也は言い訳をした。「私たちの教えを恐れているからだ」
しかし内心では、状況の深刻さを理解していた。女子高生の姿になったことで、彼の「神秘的な力」やカリスマ性は大きく損なわれていた。また、他の男性たちと同様に「選ばれた男性」としての特権的地位も完全に失われていた。
「教祖様」鈴木が慎重に言った。「警察の動きも活発になっています。横浜支部では、詐欺の疑いで任意の事情聴取が始まっています」
「なんだと!?」哲也は顔面蒼白になった。「あいつらと通じているはずの警察官は何をしている!?」
「申し訳ありません…」西山が答えた。「彼らも私たちを守ることが難しくなったと言っています。特に、今回の変化で社会全体の権力構造が変わりつつあり…」
「言い訳するな!」哲也は叫んだ。「私たちにはまだ資金がある。全てを使ってでも、この危機を乗り切らねばならない」
しかし、幹部たちの表情からは、もはや彼を信じる気持ちが薄れていることが伝わってきた。彼らも自分の身を守ることを考え始めていた。
「西山」哲也は財務担当に向かって言った。「海外の口座にいくら移せる?」
「え?」西山は驚いた様子だった。「その…約30億円は移動可能ですが…」
「全て準備しろ。いつでも動けるようにな」
「しかし教祖、それは教団の資金であり…」
「黙れ!」哲也は怒鳴った。「その金は私が集めたものだ。私のものだ!」
その言葉に、幹部たちは顔を見合わせた。これまで哲也は「全ては宇宙意思のために」と言い続けてきた。しかし今、本音が出てしまったのだ。
会議の後、哲也は一人自室に戻った。かつての豪華な部屋は、今や彼女には大きすぎるように感じられた。鏡に映る女子高生の姿は、自分の権威の崩壊を象徴しているようだった。
「こんな姿では…」哲也は呟いた。「誰も畏怖しない。誰も従わない」
彼は洋服ダンスを開け、そこに隠された金庫から偽造パスポートといくつかの高級時計を取り出した。これは常に用意していた「脱出計画」の一部だった。教団が崩壊し、法の追及が厳しくなった時のための保険だ。
「まだ全てを失ったわけではない…」彼は自分に言い聞かせた。「海外に逃げれば、新しい人生を始められる。30億あれば十分だ」
次の日、教団の朝の儀式が始まった。残った信者たちが大講堂に集まり、哲也の入場を待っていた。しかし、彼の姿はなかった。
「教祖様はどこですか?」一人の信者が村上に尋ねた。
「今、瞑想中です」村上は焦った様子で答えた。「宇宙意思からの新たなメッセージを受け取っているのです」
しかし、これは嘘だった。村上はすでに哲也の部屋が空になっていることを知っていた。いくつかの貴重品と現金が消え、荷物も一部なくなっていた。哲也は逃げたのだ。
ちょうどその時、教団の正門に複数の警察車両が到着した。詐欺と背任の容疑で、久遠寺哲也の逮捕状が出されたのだ。
「久遠寺哲也容疑者はどこにいますか?」刑事が村上に尋ねた。
「それは…わかりません」村上は震える声で答えた。
調べによると、哲也は前日の深夜、教団を離れ、準備していた車で逃走したことが分かった。しかし、女子高生の姿になった彼の逃走計画には、致命的な欠陥があった。
かつての中年男性の外見と身分証明書は全く役に立たず、新たな身分証明システムが整備されるまでの混乱期に、彼は空港で足止めを食らってしまったのだ。
「久遠寺哲也容疑者ですね?」成田空港の検問で、女子高生の姿になった哲也は尋問された。
「私は真理子です。留学生です」哲也は偽名を使ったが、生体認証システムがすぐに彼の声紋を分析し、本人と特定した。
「久遠寺容疑者、あなたは詐欺、横領、その他の容疑で逮捕します」
哲也は抵抗したが、女子高生の体では力もなく、あっという間に取り押さえられた。彼の持っていた偽造パスポートと巨額の現金、そして宝石類は全て押収された。
教団に残された幹部たちもまた、次々と逮捕された。彼らは哲也の共犯として、詐欺や資金洗浄に関わっていた証拠が次々と発見されたのだ。
メディアは連日、「宇宙真理教団」の崩壊と指導者の逮捕を大々的に報じた。
「カルト教団『宇宙真理教団』の指導者、久遠寺哲也容疑者(47)が本日逮捕されました。容疑者は『全球女子高生化現象』の混乱に乗じて海外逃亡を図ろうとしていましたが、空港で身柄を拘束されました」
ニュース映像には、女子高生の姿で手錠をかけられ、頭を下げた哲也の姿が映し出された。かつての威厳も権力も、全て失われていた。
## 第4章:鉄格子の向こう
2025年4月1日、変化から一ヶ月後。東京拘置所の独房で、久遠寺哲也は黙々と壁を見つめていた。女子高生の姿になった彼は、かつての堂々とした態度とは打って変わって、萎縮し、震えていた。
「久遠寺、面会だ」
看守の声で我に返った。拘置所の面会室に連れていかれると、女子高生の姿をした弁護士が待っていた。
「厳しい状況です」弁護士は淡々と言った。「被害総額は約45億円。被害者は1,500人以上に上ります。さらに、あなたの逃亡未遂は情状酌量の余地を大きく損ねました」
「何とかならないのか…」哲也は弱々しく言った。「私には…まだ隠し資産が…」
「贈賄を提案しているのですか?」弁護士は冷たく言った。「それはさらなる罪状を追加するだけです。今の社会情勢では、かつてのような裏取引は通用しません」
「何故だ?」哲也は理解できない様子だった。
「『全球女子高生化現象』で全員が同じ姿になったことで、社会の透明性が高まっているのです」弁護士は説明した。「権力や見た目による差別や特権が減少し、実力や行動そのものが評価される社会になりつつあります。あなたのような者が影響力を持つ余地はもう…」
「くそっ…」哲也は唇を噛んだ。「私は選ばれた者だったのに…」
「もう一つ知らせがあります」弁護士は冷静に続けた。「教団の被害者たちが集団訴訟を起こしました。民事訴訟でさらに賠償を求められることになります」
面会の後、哲也は独房に戻された。かつては何百人もの信者を自在に操り、億単位の資金を動かしていた彼が、今は誰の敬意も受けず、自由も失っていた。
「なぜこんなことに…」
彼は小さくなった手を見つめた。かつて「宇宙エネルギーを操る手」と称していたその手は、今や何の力も持たない少女の手だった。
同じ拘置所には、教団の幹部たちも収監されていた。しかし、彼らは次々と哲也を裏切り、検察との司法取引に応じていた。彼らの証言は、哲也の罪状をさらに重くするものだった。
「久遠寺容疑者は常々、『信者は金を搾り取るための愚か者』と言っていました」村上の証言が書面で提出された。「性的関係を強要された女性信者は少なくとも30人以上います」
「教団の資金は、ほとんどが久遠寺容疑者の個人的贅沢に使われていました」西山の証言も追加された。「『宇宙船建造』などは全て嘘で、実際には高級車や別荘、海外旅行に費やされていました」
これらの証言に加え、教団施設から発見された会計資料や秘密録音なども、哲也の犯罪を明確に証明するものだった。
週に一度の入浴時間、哲也は他の被収容者たちと共に浴場に向かった。全員が女子高生の姿になっているため、男女別の施設運用は意味をなさなくなっていた。
「おい、あんたが例の教祖か?」
振り返ると、いかつい表情の女子高生が立っていた。その話し方からして、元はヤクザか暴力団員だったのだろう。
「な、何だ…」哲也は萎縮した。
「うちの母ちゃんは、あんたの教団にハマって家も財産も全部失ったんだよ」その人物は低い声で言った。「挙句の果てに自殺までした…覚悟しとけよ」
かつて哲也は、自分の権力と地位で守られていた。しかし今、彼は単なる詐欺師として、他の囚人たちからも軽蔑と憎悪の対象となっていた。
さらに追い打ちをかけるように、テレビでは連日、「宇宙真理教団」の実態が暴かれていた。信者たちへの虐待や洗脳の手法、資金の流れ、そして哲也の裏の顔。全てが明るみに出ていった。
「久遠寺容疑者は『救済』と称して多くの女性信者に性的関係を強要していた」
「『宇宙船建造』のための献金は、実際には高級外車の購入に」
「信者は一日12時間以上の無償労働を強いられていた」
ある日、哲也は弁護士から新たな知らせを受けた。
「起訴内容が確定しました。詐欺罪、準強制性交等罪、組織的犯罪処罰法違反など複数の罪状です」弁護士は淡々と説明した。「求刑は懲役25年になる可能性が高いです」
「25年…?」哲也は絶望的な声で言った。「私はもう47歳だぞ!それじゃ出所するときは…」
「72歳ですね」弁護士は冷淡に答えた。「まあ、今の姿のままなら、外見はまだ女子高生でしょうが」
その言葉に、哲也は完全に打ちのめされた。彼の人生は終わったも同然だった。
夜、独房で横になりながら、哲也は自分の人生を振り返った。元々はIT企業の落ちこぼれ社員だった彼が、人の弱みにつけ込む才能と、カリスマ性を武器に宗教団体を設立。そして多くの人々を騙し、利用し、搾取してきた。
「全て…失った…」
そして彼は、自分が築き上げた帝国が、自分自身の身体的変化によって崩壊したという皮肉を噛みしめていた。男性としての権威と神秘性を利用した詐欺的宗教は、全員が女子高生という均質な姿になったことで成立しなくなった。
夜の静けさの中、哲也は小さく泣き始めた。それは詐欺師の涙ではなく、自らの行いの結末に直面した人間の、真実の後悔の涙だったかもしれない。
## 第5章:審判の日
2025年9月15日、変化から半年が経った日。東京地方裁判所の法廷に、久遠寺哲也は被告人として出廷していた。
法廷には多くの被害者や元信者たちが詰めかけていた。全員が女子高生の姿だが、年齢層は様々だった。老若男女問わず、哲也に騙され、搾取された人々が、今この瞬間を見届けるために集まっていたのだ。
「被告人、久遠寺哲也。あなたは詐欺罪、準強制性交等罪、組織的犯罪処罰法違反などの罪で起訴されています」
裁判長の声が厳かに響いた。哲也は被告人席で小さく縮こまっていた。かつての威厳も自信も、全て失われていた。
「検察側の冒頭陳述を始めてください」
検察官が立ち上がり、哲也の犯罪を詳細に説明し始めた。教団設立の経緯、信者からの資金搾取の手法、洗脳と虐待の実態、性的搾取の証言、そして教団資金の不正流用の証拠。次々と明らかにされる犯罪の数々に、法廷内はどよめきに包まれた。
「被告人は約10年間にわたり、『宇宙真理教団』を利用して組織的に詐欺行為を行い、総額約45億円を騙し取りました。その被害者は1,500人以上に上ります」
検察官の声は冷静だが厳しかった。
「さらに、被告人は『宇宙エネルギーの交換』と称して、少なくとも30人の女性信者に性的関係を強要。その中には未成年も含まれています」
法廷内のざわめきが大きくなった。哲也はただ俯いたまま、動かなかった。
証人尋問では、元幹部たちや被害者たちが次々と証言台に立った。村上、西山、鈴木ら元幹部たちは、哲也の指示で行った犯罪行為や、彼の本音について詳細に証言した。
「久遠寺被告は信者のことを『羊』『ATM』などと呼び、『彼らの財産は全て搾り取るべきだ』と常々言っていました」村上は震える声で証言した。
次に証言台に立ったのは、かつて告発をした椎名だった。
「私は19歳のとき、この教団に入りました。親が離婚し、居場所を求めていた私に、久遠寺被告は『あなたは特別な魂を持っている』と言って近づいてきました」
椎名は涙ながらに証言を続けた。
「やがて彼は『宇宙エネルギーの交換』と称して、性的関係を強要するようになりました。拒否すると『あなたの魂は救われない』と脅されました。そして…」
彼女の証言に、法廷内は静まり返った。詳細な証言は、哲也の罪の重さを浮き彫りにするものだった。
弁護側の反対尋問も効果なく、検察側の証拠と証言は圧倒的だった。被告人質問の場面で、哲也は初めて口を開いた。
「私は…」彼は小さな声で言った。「教団を作ったときは、純粋な気持ちもあったのです」
しかし、その言葉は誰の心にも届かなかった。
「被告人は現在も自分の行為を正当化しようとしています」検察官は論告の中で指摘した。「反省の色はなく、むしろ自分が被害者であるかのような態度さえ見せています」
最終弁論で、検察は懲役25年を求刑した。
「被告人の犯した罪は、単なる金銭的な詐欺にとどまりません。多くの人々の人生、尊厳、そして心を破壊したのです。特に弱い立場にある人々を標的にした卑劣な犯罪であり、厳罰に処するべきです」
判決の日、法廷は再び多くの被害者で埋め尽くされていた。裁判長が静かに言葉を紡ぎ始めた。
「被告人、久遠寺哲也。あなたの行為は、人々の善意と信仰心を踏みにじり、自己の欲望のために多くの人々を傷つけました。その罪は極めて重大です」
裁判長は一息ついてから、厳かに言い渡した。
「よって、被告人を懲役23年に処す」
法廷内に安堵のため息が広がった。哲也は崩れるように座り込み、両手で顔を覆った。彼の「宇宙真理教団」は既に解散命令が出され、資産も凍結されていた。全ては終わったのだ。
法廷から出た被害者たちの表情には、様々な感情が浮かんでいた。安堵、悲しみ、怒り、そして解放感。
椎名は他の被害者たちに囲まれ、互いに励まし合っていた。
「まだ終わりじゃないわ」彼女は他の被害者たちに言った。「これからが本当の回復の始まり。私たちは一人じゃない」
彼女たちは、被害者支援グループを立ち上げ、互いの傷を癒し合う活動を始めていた。カルト被害者のための相談窓口や回復プログラムの運営、そして次の被害者を生み出さないための教育活動。
哲也を含め、教団幹部たちの犯罪によって教団の資産は没収され、被害者への賠償に充てられることになった。完全な賠償は不可能だったが、少しでも被害者たちの回復の助けになると期待された。
## 最終章:鉄格子の向こうの世界
2030年3月1日、全球女子高生化現象から5年が経過した日。東京拘置所の独房で、久遠寺哲也は静かに座っていた。女子高生の姿のままの彼は、服役から5年を経て、すっかり変わっていた。
かつての傲慢さや虚勢は消え、代わりに静かな諦めの表情を浮かべていた。拘置所の生活は厳しく、特に他の囚人たちからの軽蔑と孤立は、彼の精神を徐々に削っていった。
「久遠寺、面会だ」
看守の声に、哲也は驚いた。彼を訪ねる人間はもういないはずだった。面会室に行くと、そこには椎名の姿があった。5年経っても、彼女も含め全ての人間は女子高生の姿のままだった。
「久しぶり」椎名は静かに言った。
「なぜ…来た?」哲也は困惑した様子で尋ねた。
「教団の被害者支援活動の一環よ」椎名は落ち着いた声で説明した。「私たち被害者が立ち上げた『新生の会』では、加害者との対話も重要だと考えているの」
哲也は黙ってうつむいた。
「世界はずいぶん変わったわ」椎名は窓の外を見ながら言った。「全球女子高生化現象から5年。社会はより公平で透明になった。外見による差別や偏見が減り、実力や内面で評価される社会になりつつある」
「そうか…」哲也は小さく答えた。
「あなたのような人が騙せる余地が、どんどん少なくなっているのよ」椎名の声に非難はなかった。「人々は批判的思考を身につけ、カリスマ性や外見に惑わされにくくなった」
「私は…間違っていた」哲也は突然言った。「全てが…間違いだった」
椎名は驚いて彼を見た。これまでの裁判や面会で、哲也は一度も本心から謝罪したことはなかった。
「本当に?」
「閉じ込められて…5年」哲也の声は弱々しかった。「考える時間はたっぷりあった。私は…多くの人を傷つけた。あなたも…」
椎名は彼の表情を注意深く観察した。その言葉が本物の悔悟なのか、それとも単なる演技なのか見極めようとしていた。
「悔やんでも取り返せないことは分かっている」哲也は続けた。「でも…申し訳なかった」
「あなたが本当に変わったのなら…」椎名はゆっくりと言った。「それは被害者たちにとって少しの慰めになるかもしれない。でも、言葉だけでは足りないわ」
「分かっている」哲也は頷いた。「残りの18年、償いの時間だ」
面会の時間が終わりに近づき、椎名は立ち上がった。
「私たち被害者は、互いに支え合いながら、新しい人生を歩み始めています」彼女は言った。「もはやあなたに縛られてはいないの」
哲也は何も言わずに頷いた。
「もしあなたが本当に変わったのなら」椎名は最後に言った。「被害者たちの回復のために、真実を証言してほしい。あなたの手法、洗脳の技術、全てを」
「分かった…協力する」
椎名が去った後、哲也は独房に戻された。小さな窓から見える空は、以前と変わらず青かった。
彼は壁に貼られた新聞の切り抜きを見つめた。そこには「新生の会」の活動が報じられていた。元「宇宙真理教団」の被害者たちが立ち上げた支援グループは、今や全国的なネットワークに成長し、カルト被害者の救済と社会啓発に大きな役割を果たしていた。
皮肉にも、哲也が作り上げた組織は崩壊したが、その被害者たちが団結して新たな価値あるものを創り出していたのだ。
「私が作ったものは消え…被害者たちが作ったものは育っている…」
哲也はベッドに横たわり、天井を見つめた。彼の人生はほぼ終わったも同然だったが、わずかな希望があるとすれば、それは自分の過ちを認め、少しでも被害者の回復に貢献することだった。
刑務所の窓から見える夕暮れの空に、一つの星が輝き始めていた。5年前のあの夜、異常な輝きを放っていた星々は、今では普通の輝きを取り戻していた。しかし、世界と人々は二度と元には戻らないだろう。
哲也もまた、元には戻れない。かつてのカリスマ的カルト指導者から、単なる詐欺師として刑務所に収監された女子高生の姿の囚人へ。彼の物語は、権力と金のために人々を欺いてきた者が、自らの欺瞞の重みで崩れ落ちる、一つの教訓となった。
全球女子高生化現象は、様々な形で社会を変えたが、特にカルトや搾取的組織にとっては致命的だった。外見や性別による権力構造が崩れ、より透明で平等な社会が生まれつつあったのだ。
哲也は小さくため息をつき、目を閉じた。
「人は変われるのだろうか…」
それは、残された長い服役生活の中で、彼が向き合わなければならない問いだった。
(おわり)
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