取引

 送られた地図に示されていたのは、地域の文化センターだった。

 近くの駐車場へ停めて、二人は、文化センターの横にある噴水へと向かう。

 その噴水が、向こうから指定された待ち合わせ場所だった。


 噴水といっても、今は冬だから、水は止まっている。

 夏には、水で遊ぶ子ども達で賑わう場所ではあるが、今は冬だ。

 入り口とは少し離れたこの場所は、サラリーマンが昼食や休憩に使う以外は、ほとんど人は来ない。


「まだ、開館前ですものね。人はまばらですね」

「えっと……十時でしたっけ?」


 紗栄子は、スマホでこの文化センターの情報を確認する。

 まだ、朝の七時だ。開館するまでには三時間ほどある。


「ここのベンチでしたっけ?」


 石造りのベンチに高崎は座る。

 連日雨は降っていないから、乾いたベンチは、ただひんやりと冷たい。


「本当に来るんでしょうかね?」

「さあ……」


 さあ……とは言ったが、ここに来ることは、間違いないだろう。

 向こうが取引を指定して来たのだ。


「時計を……どうしてそんなに欲しがっていいたんでしょうか」

「一連の事件の……特に、あの殺人事件の証拠となるから……でしょうかね」


 高崎を陥れて、妹島を殺そうとしていた首謀者は、星崎佳菜江に間違いないだろう。そして、仁子を誘拐したのも。

 だが、あの教会に火を付けたのは、違う。


「木下課長が星崎佳菜江を殺したんですね?」


 姿を現したのは、顔を隠すこともしない、木下だった。


「俺が? まさか」


 にこやかに木下が笑った。


「木下さん……」

「木下課長は、最初から、星崎佳菜江の下で動いていたんですよね?」


 木下は、黙ってジッと立っている。


「変だと思ったんです。どうして、こう都合よく居酒屋で介抱するように仕向けられたのか、見舞いに行くように勧められたのか。全ては、星崎佳菜江の指示で、妹島先輩を俺に殺させようと木下課長が動いていたからですね」

「最初の実行犯は、俺だった。酔った妹島を、道路に置き去りにしようとしたのだが、失敗したよ」

「大嘘ですね。元々俺を実行犯にしようと、わざと失敗したんですよね?」


 大げさに木下が両手を挙げて首をすくめる。


「俺を実行犯にして、紗栄子さんを依頼人に仕立て上げようとした。そのために、星崎佳菜江は、仁子ちゃんまで誘拐したんです。木下課長と一緒に」

「で、俺を疑ったお前達は、俺をグルグル巻きにして教会へと拉致したと」

「それが、どうして生きているんですか?」

「決まっているだろう。逃げ出したからだよ」


  木下がおかしそうに笑う。


「酷いもんだよな。感謝しろよ? 俺が警察に訴えなかったから、こうやってお前達は捕まらずにいられるんだ」

「いや……だって、木下課長も、俺達のこと言えませんよね? 誘拐にも加担していますし、結局、星崎佳菜江を殺したのは、木下課長ですし」

「いや、だから、そんな証拠はないだろう? それに、教会にあったというのが、どうして星崎佳菜江の遺体になるんだ。他の女かもしれないじゃないか」

「どうして、教会の火災で見つかった遺体が、星崎佳菜江だと思ったんですか? 俺は、教会で遺体が見つかったなんて言ってませんよ? それに、テレビでもラジオでも、ネットニュースでも、教会で火災があって遺体が見つかったとは言っていても、それが女だったと判明したなんて言っていないし、むしろ、男性の不審者の目撃情報があったから、男かもしれないって目撃情報を流していたでしょ?」

「そりゃ……だって……」


 木下が言いよどむ。

 

「まだ見ていないんでしょ? 木下さん、ニュースを。だから、まだ、遺体の身元どころか性別すら発表されていないことを知らなかった」

「いや……」

「木下課長が、あの事件の犯人だから時計を回収しようとしたんですね」

「え……」

 

 高崎が時計のことを口にすれば、明らかに木下の顔色が変わる。


「時計……証拠になりますものね……」


 高崎の言葉に、木下は明らかに動揺していた。

 

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